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第二十一話:魔法使いの弟子

少年が地図を右手に、コンパスを左手に持ちながら草原地帯を全速力で走っている。

南東方面へと位置調整を念入りに行いながら。


「ヨナタン…そう言えばゲラマドさんに言われとった、レマナ?だっけ、に会った方がええよな」


ふと、思い出すようにホスロは言った。

余り記憶力が良くないホスロでも、何故かゲラマドの言葉がアッディーン公国領内に近づくにつれて反芻して来たのである。


「あぁ…そんな事も言っていた……気もするな」


「ヨナタンはその子を知っとるん?」


あまり期待はしてなさそうにホスロは聞く。


「うむぅ、聞いたことくらいは」


すると、意外な反応があって驚いた。自国の国際状況すら知らなかったヨナタンでさえも(使者として出ていたからと言う理由も有るが)存じて居るほどとはな、とその名の大きさに多少身構えもする。


「へぇぇ…お前も知ってるくらいの有名人か……」


「公国でも数名しか居ない魔術研究者の内の一人だからな」


何やら、未知の普遍魔法を開発する役職で、余程魔法に精通した者しか務まらないらしい。


「正直、あんな怪しい片目老人の戯言など……まぁ、良いか……レマナに会うのであれば、公国領国境付近の都市『コンスノープル』に行こう、このまま真っ直ぐ行けば着く」


「何故その都市にレマナが居ると思うん?」


「公国の魔術研究者の大半がそこに住んでいるから、だな、なにせ研究資源が豊富な街でね」


ヨナタンは誇らしげに言う。

領国には取り敢えず入れる上に、言伝を頼まれた相手であるレマナにまで会えるとなれば、決まりだ。


二人はコンスノープルを本日の到達地点とした。


そして、ヨナタンは足に目一杯力を入れ、地面を大きく蹴ってゆく。全身に生えた獣毛がバサッと揺れ、背負う大剣をグラつかせながらの疾走。

ホスロもソレは変わらない。

今は一刻も早く、公国に行かねばならなかった。


____________


コンスノープルは雪国である。

大小さまざまな家は、全てがとんがり帽子の形を模した風の屋根で作られており、降り積もった雪が下へ下へと流れてゆく構造となっている。

アッディーン公国王都『カーヒラ』と違い、山に囲まれた盆地であるため、とりわけその傾向が強いとも言える。

到着するや否や、ホスロはガタガタと全身を震わせる。


「え、メッチャ寒いがな……急に温度変わり過ぎじゃろ……」


「…公国は全域を結界で保護しているからな、外界からの熱すら遮断する」


「軍事国家らしいな……」


ヨナタンの説明を聞きながら、ホスロは張り巡らされた結界の奥へ奥へと、街中へと入ってゆこうとする。

ドロエラムから使者のお付きとしての名目もあるので、すんなり行けるとおもったのだが、そう上手く行かないのが人生と言う物だ。

街の中心へつながる、左右に多少の雪が積もっている大道路を二人並びながら歩いている途中で、女性に呼び止められた。

頭から真っ黒なローブを着て、胴から下は魔力を増幅させる魔道士の装備を着込み、すらっと細長い体付き。

魔法使いかな。

チラッと奥の方に髪が垂れているのが分かる。少し短めの長髪くらいの長さだろう。そこから左右に二本、束ねた髪を更に垂らしていた。

顔は暗くて一切見えない。


「待ちなさい…そこの頭鹿族の男とちっちゃい子!」


凛とした声で、ジャクジャク、と雪に足跡を付けながら立ち塞がる。


「ちっちゃい子て……十七なんじゃけど……」


即座にヨナタンは、ホスロの前に手を出して下がらせながら


「お迎えご苦労、私達はドロエラムから帰還してきた使者だ、通してくれないかね」


すると、女性は少し怯えた様な声となり


「これは……失礼致しました、使者樣でしたか」


と、ローブを取る。

二人の雰囲気がどう見てもただの旅人に見えなかったが故に話し掛けたのかも知れない。誤解が解けて何より。


そして、今まで影に隠れ、見えていなかった髪色や目が顕となった。

彼女は美しい銀髪に、深緑色の目を持っていた。

その上少しタレ目気味であり、何となく柔らかい雰囲気を感じられる。

まるで__


「ラヴェンナ……」


「ラヴェンナ?、私の名前はレマナですよ、大魔道士ゲラマド先生の一番弟子兼公国の魔術研究者です」


「レマナ…レマナ……!?、え…なんというか、運が良いのやら………」


パチパチ、と目を真ん丸に見開きながら手にする杖と自分とを交互に見ている少年を横目に、レマナはえへん、と胸を張って答えた。


「ヨナタンから聞いとったけど…こんな、俺と年齢が変わらなそうな少女がなぁ……信じられんわ」


見た目はどうみても十六前後である


「な、な、……私はこれでも六十超えだよ、小娘って馬鹿にしないでよ!!」


どうやら若く見られる事を気にしているらしく、顔をすぐさま真っ赤にして焦りだした。

そして証明と言わんばかりに、体中にフヌヌヌ…と力を込めたかと思うと

耳が魚のヒレの様に変化し、両腕に大量の鱗が付き、下半身が龍の半身へと変貌した。

加えてキラーンと決めポーズをしながら


「どうだね、私は龍竜人族ドラドラと人魚族の混血でね……、君の様な純粋な人間とは生物的な格が……ごぼぼぼぼ……」


だが、突如として泡を吹き出す。


「だ、大丈夫か占い師さん!?」


ホスロが心配そうに近寄る前に、急いでレマナは待ったのポーズをしながら変身を解いた。


「ごぼ……ゴホッ……と、まぁ……こんな……風に……変身……する、と…肺呼吸…から、エラ呼吸……になるから、地上では生活出来なくなるのだよ…」


「だから龍竜人族の特徴である『人化』を常時発動させてないと、こんな風に…」


「下半身が竜で、上半身が人魚か……なんというか、悪いとこ取りというか………」


「気にしてるから止めてよ!!」


レマナは、また赤面しながらホスロの言葉を遮る。

そして、丁度良かったと、今度はホスロが思い出した様にポンッと手を叩くと。


「あ、そうだ、アンタの先生から言伝を預かっとったんじゃ」


「え、先生から!?」


早く教えて欲しいと、目を輝かせて聞いてくる。


「アンタが一方的に喋り続けるからじゃろ……」


それをまぁまぁ、と押し留め、そしてオホンッと咳き込むと。


「え〜気を取り直して……ゲラマドさん曰く「王が、お前の眼の前に居る、助けてやってくれ」、だそうじゃで」


「…!」


彼女の師の名とともに内容を言うと、何故か不思議そうな顔をされた。思わず後ろで腕を組み続けているヨナタンに助け舟を求める。


「……え、ヨナタン…確かにゲラマドさんこう言っとったよな……」


「…知らんぞ」


が、彼は迷惑そうにぶっきらぼうに返した。


「そか……まぁええわ、で、占い師さん……どういう意味なん?」


単刀直入、だが、レマナは真顔になって。


「全く…分からない…!」


ポカーンとして返した。本当に分からないらしく、うーん、と解けない問題に向き合い続ける子供の様な声で唸り続けている。

ホスロはそんな彼女を見つつ、目的は達せられたとばかりに


「よしっ、ヨナタン、さっさとこの街出るか」


「うむっ、用も済んだしな」


一方のレマナは二人を見て、アワアワと慌てて


「ま、待ってよ、もう聞きたい事とか無いの!?」


特に使者様、とレマナは叫び、敬語になって


「それに……アッディーン公国は今戦争準備…というか聖地防衛戦の真っ只中です、うかつに行動しない方が良いですよ」


戦時中は、攻め切られた時に侵攻を遅らせる為、都市間を繋ぐ商業用のポータルは全て機能しなくなる。

一応情報伝達用のポータルはあるが、規制が激しいので、今のところ出自不明としているホスロなど到底入れる道理は無い。

つまり連れ立ってカーヒラまで行けないのだ。決断する他あるまい、とヨナタンは小声で言って


苦渋の提案をした。


「うむ…殿下…では、報告の為に私だけ先に王都『カーヒラ』に行こうか」


そして使者としての報告任務を果たし、ホスロがマラレルのアッディーン家であると言うことを伝え、正式に保護される対象であると言う立場を貰った上で迎えに来る、と言う風な事を約束する。


「君はコンスノープルに残り、まぁ、小娘の話し相手をしてやれ、案ずるな、二日程で戻るさ」


「……分かったわ、気を付けろよ、ヨナタン」


「あぁ…」


「勝手に小娘認定されて、勝手に世話を頼まれるのは釈然としないけど……まぁ、良いだろう」


そのまま軽く手を振り、ゴトンと落としていた大剣を背負って、彼はその特徴的なネジ曲がった二本の頭部に生えた角を撫でつつ


「レマナ、殿下を頼んだぞ」


と行って、勝手にその辺をムォーと鳴きながら歩いていた魔獣に跨り、かけてゆく。

そんな鹿男の行動を見ながら、レマナは顔を真っ青にして


「ちょっと待てぇぇええ!!それ私の獣ちゃんなんですけど!!!」


「悪い、借りてゆく」


パカラッ、パカラッと全速力で走り去って行った。

案外あっさりとしたお別れである。

言っても二日間だけだが


後には肩をブルブルと震わせながら、右手を残念そうに伸ばしたまま固まるレマナが残された。


「ま、まぁ占い師さん、そう気に止まんでもええがな」


「くそぅ……さっきから占い師って言うの止めなよ、私は魔道士だよ、そんな安っぽい感じの呼び方は__」


自分の乗り物を取られて悔しそうに、透き通る銀髪をぷるぷると震わしながら、今度は顔を赤くして怒る。


「分かったわぁ、占い師さん」


「もう、止めてよ!!」


からかい甲斐があるなぁとホスロは顎を撫でる。

すると、今度はレマナがホスロについて


「…じゃあ聞くけど、君は使者樣から殿下って呼ばれてたよね、何でなんだ?」


不思議そうにレマナはプクーと頬をふくらませる。


「そりゃ、俺の家名がアッディーンだから…って言えば分かるじゃろうか」


「ふーん……ん………え、ホントに!?」


レマナは、わー、と飛び跳ねて驚き


「こんな……品の無さそうなちびっ子君がねぇ……」


心底感心した様に少年の顔を見る。


「…」


「まぁ、仕方無い、仮にも王族ってなら、丁重に扱ってあげるよ、では早速我が家に来たまえ殿下君」


そう言うと、レマナは詠唱し、簡易のポータルを地面に設置した。何とも得意げな顔で


「ふふーん、どうだい、この国で即席のポータルを敷けるレベルの魔法使いは私を含めて六十人くらいしか居ないんだぞ」


「結構居るんじゃなぁ」


「……さっさと入るよ」


いい気分で自慢した筈なのに、予想と違うホスロの返事をスルーして、真っ先に穴へと身を委ねるレマナ。ヌルヌル、と気が抜ける音を立てながら体が飲みこまれてゆく。

だが、体の半分が地面に埋まった所で、彼女の体の落下運動は止まってしまった。

ズボッと変な音を付属させて


「……大丈夫か、占い師さん」


「………」


「その、もしかして……」


「……ごめん、殿下君、ちょっとだけ頭を押してくれないかい?」


悔しくも懇願するように上目遣いで訴えてくる。

ちょっと恥ずかしさで泣いてもいた。

それを見てホスロも、仕方が無いと呟きながらまぁまぁな強さでグググ……と抑え込んでゆく。


「イタいイタいイタい!もっと、もっとゆぅぅっくり押しなよ!!!……おぉ」


グググ…、スポッと十数秒間押し続けると、彼女の体は完全にポータルの中に入り切り、声が聞こえなくなる。


(……最先が不安じゃなぁ……)


こんなお転婆な占い師と一緒に数日過ごし切れるのか、些かホスロは不安になるのであった。

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