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第二十話:目玉を動かすエンジン


色んな者が手のひらからポロポロと溢れて、落ちてゆく。そして、一度落ちた液体は完全には戻らない。床に広がり、そして染み込んで行く。

否、とっくのとうに分かりきっていた事ではある。

だが、ネロとの邂逅は、そんな現実を更にエグリ取り、ハシゴを外された様な感覚にホスロを陥りさせたのだ。


少年は鹿頭の亜人と共に宿で起床をした。

二人はそれぞれ騎士の鎧、魔道士の服と装備を着て


「殿下、昨日は、その…大丈夫か、何かあったのか?」


「いや……ただ、思い出し泣きをしたんじゃ」


何でも、大した事は無い、と震えた声でホスロは喋った。


「………そうか…ならば深く詮索するまい…ただな、殿下」


「過去を振り返るのも良いが、今、君は生きて呼吸をしている」


「昨日泣きじゃくる君を見て、心中は十分に察せられた、辛かったろう、生きる意味を失いかけているのかも知れない」


「しかし、しかしな……ここで立ち止まるな、前を向いて進め、君は……リュクリークを殺す男になるのだろう?」


「どんな困難が降りかかろうとも、手を振れ、足を動かせ、孤独になろうとも、希望を抱き続けろ……王殺し……その冷めぬ希望をゆめ忘れるなよ……ホスロ」


「あぁ、言われるまでも……無いわ」


ヨナタンは縦に伸びた一つ目を瞬きさせて、少年を目に焼き付けている。

それにドンッと応える様にホスロも目で訴え掛ける。


「…さっさと出ようや、ヨナタン」


「うむ」


今は一刻も早くアッディーン公国へと向かわねばなるまい。それに…こんな忌まわしい宿屋にいつまでも居たくは無かった。


ただ、ただリュクリークが憎い。

自らの手で彼の首を刎ねない限りは、怒りは収まらないであろう。身を焦がす程に殺したい。

形容し難い怒りがホスロの全身を包み込む。


その上、勿論ネロも憎くはあるが、それでも……少し彼女に対する感情は収まったようで


(古代の英雄、レイリドは親友に裏切られたものの、最後には赦した……俺も、全てが終われば、アイツを許そう)


故事を想いつつ、そう硬く決意する。

ネロの真意を、彼女の感情を理解出来て居なかった自分にも非が有ると、少年は本気で思っているらしい。

それに、本心からホスロにとって彼女は友達であった。その事実がキレイさっぱり無くなる訳では無い。


「ネロ、俺はお前を許す、絶対にだ」


「……殿下、急にどうした?」


荷物の確認をしながら、ヨナタンが思春期の我が子を見守る如き目で、少年の面を可哀想に見る。


「あ、いや……ごめん、忘れてや」


ちょっぴりと恥ずかしげに顔を赤くしたホスロは、取り繕うようにラヴェンナを握ると、


「……じゃあ、出ようか」


「うむ……では、先程のネロがどうたらこうたら、についてだが」


「いや忘れろよッッ!!」


すぐさま荷物を持つと、ドンドンドンと木製の階段を踏み鳴らしながらホスロは降りてゆく。

余程癪に障ったようである。

困った子供だなぁとヨナタンは頬に手を当てながら、彼の後を追おうとした。

そして、ヤレヤレと昨日購入した、乾いたパンや腐ったチーズ(アヴェルナの伝統食)を入れた革袋と大剣を背負うと、少年についてゆく。


そして、階下に降り、宿屋の店主に支払いをしようとしたのだが……野暮用だろうか、居なかった。

カウンターの向こう側に昨夜までは確かに居たのだが、今日は姿が一切見当たらない。


「まぁ…金だけ置いて行きゃあええじゃろ」


「…少し申し訳無いがなぁ……」


チャリン、と銀貨を二枚、取られない様にコップを被せてカウンター机の上に置き、ようやく二人は外へと歩みだした。


「しっかり休めたし、再び走って……今日こそ公国に到着だな」


「アッディーン公国王都『カーヒラ』に向かうんよな?」


ホスロが見上げながら尋ねる。が、ヨナタンは首を振って


「いや、それは最終目的だ、今は公国領内に入れれば良い」


「行くぞ殿下、我が…祖国へと」


「…おう!」


少年は大きく叫ぶと、威勢よく歩みだす。

二人は並びながら、なんとも晴れやかな顔で進み始めた。新たな未来へと、自らの希望へと。


____________



「ネロよ……何故、ホスロを取り逃がした?」


無限に暗く、無機質な空間。

ポッ、ポッ、ポッと小ぢんまりとした、天井に吊り下げられた蝋燭群が尚更この部屋の雰囲気を暗くしている。

王が王たる証の椅子、玉座が置かれている部屋。


そんな部屋の中で王がいつもの様に頬杖をついて、鉄仮面越しに若い声で膝まづいた少女に聞いていた。


「……恐れながら陛下、ホスロはまだ、不死鳥の目玉の前に立つ資格を有しておりません、時期尚早かと」


「…アッディーンの血が、目玉の素材になる事を……何故、何故貴様が…ソレを知っておるのだ……」


リュクリークは多少目を見開いて、驚いて娘を睨んだ。二人以外、この部屋に人は居ない。五老杖も、臣下たちも、皆戦争準備で出ている。


リュクリーク自身が信用出来る家臣しか侍らせたがらない、との理由もあるが。


「陛下、お忘れですか、私の家名がラドリアである事を」


薄暗闇の中、ネロは穏やかな声音で言った。


「ヤツの……予言書か」


「はい、故に陛下の心中は既に察しておりました」


「ふむぅ……懐かしいのぅ………前の予言書の適合者は、百五十年程前であったわい……」


「分かった、良い良い、むしろ良くぞ判断してくれた」


「それにしてものぅ……つまるところ、ホスロは新たに希望を得たのだな……」


リュクリークは至極残念…というか、苦しそうな声を上げて、嘆息した。


「陛下、ご安心を……私が必ずや彼の野望を打ち砕いて、目玉の前に立たせましょう………」


ネロは安心させるように、優しく言う。

するとリュクリークは重い頭を前後に揺らして


「期待しておるぞ……」


付け加えて


「もしソレが出来るのであれば、"抜け殻"は貴様にやろう」


と、褒美を与える事を宣言した。


「おぉ……なんと………有難う御座います……!!」


ネロは王の言葉を聞くと、狂喜し更に深く平服する。

そして、もう用は済んだとばかりに彼女を引き下がらせると、リュクリークは一人に成った部屋で、片手に注がれた酒をクルクルと回し、飲む。


回し、飲む。赤色の葡萄酒で、最近好んで飲んでいるらしい。


「これで……公国のアッディーン家は皆殺しにしても……問題はあるまい………」


安心した様に、悲しそうに言うと、男は最後にグィィッと酒を飲み干した。


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