↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武装法人二階堂商会 ― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!サイドストーリー 首都フランヴァルの大怪盗  作者: InnocentBlue


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

第七章 静かな工房 ― 黒翼を守る者


 新設美術館から目玉の魔導遺品が消えて、数日が経った。


 ガルドの工房では、朝から紙面をめくる音だけが響いている。

 ソファに腰掛けたクロエルは、新聞を広げたまま眉を寄せた。


「……思ったより、大事になっていないわね」


 記事には、美術館の展示品について簡単な経緯が記されていた。魔導遺品は現在、公開を停止している。盗難されたとは、どこにも書かれていない。


 クロエルが新聞から顔を上げると、作業台に向かっていたガルドが口を開いた。


「そりゃあ、ばつが悪いだろうからな」

「何が?」

「盗まれたと発表すれば、管理していた連中の責任になる。ましてや、あれは大陸中央から運び込んだ品だ」


 ガルドは手元の工具を置き、新聞へ目を向けた。


「大事にしたくない理由くらい、いくらでもある」


 クロエルはもう一度、紙面へ視線を落とした。確かに妙だった。黒翼の魔女が美術館へ侵入し、警備を抜いて展示品を持ち去った。それだけの事件なら、首都中がもっと騒いでいてもおかしくない。


「……そこまで重要でもないんだろう」


 ガルドが何気なく言うと、クロエルの視線も自然にその先を追った。工房の隅に置かれているのは、数日前に美術館から持ち出した魔導遺品の包みだ。


 ガルドは包みを開き、古びた魔導具を作業台へ置いた。表面の傷、刻まれた紋様、内部に残る魔力の痕跡――老人は一つずつ確かめるように目を走らせる。


「レプリカ……かもな」


 その言葉にクロエルの目が細くなった。


「……そうなのね」


 しばらくソファに寝転がっていたクロエルが、ゆっくりと身体を起こした。


 ◇


「やっぱり、直接大陸中央へ……」


 クロエルが言いかけたところで、ガルドの手が止まった。


 工具を作業台へ置き、ゆっくりとクロエルへ歩いてくる。その顔には、いつものような軽口を挟む余地がなかった。


「クロエル!」

「……っ」


 思わず肩を跳ねさせたクロエルへ、ガルドは真正面から視線を向ける。


「約束したはずだ。大陸中央には乗り込むなとな」


 低く響く声に、クロエルは視線を逸らした。


「……分かったわよ」


 小さく返して、ソファへ座り直す。

 その様子を見たガルドは、深いため息を吐いた。


「この首都で盗みを続けて、大陸中央の人間をこちらへ引きずり出す。そこまでは協力してやる」


 ガルドはそこで言葉を切り、クロエルを見る。


「だが、大陸中央へ乗り込むのは駄目だ」


 クロエルは返事をしなかった。


ガルドは知っている。クロエルの両親が姿を消したことも、その手掛かりが大陸中央へ繋がっていることも。そして、大陸中央がこの世界でも最大級の力を持つ存在だということも。だからこそ、クロエルには同じ道を歩ませたくなかった。


 あの二人と同じように、帰ってこられなくなるような場所へ向かわせるわけにはいかない。


 それが、ガルドが今も胸の奥に抱えている決意だった。


◇


「まぁ、情報を待て」


 ガルドはそう言って、再び作業台へ向き直った。


「評議会の中にも、話を聞ける奴はいる」

「……そうね」


 クロエルにも、その人物の顔が浮かんだ。


ガルドの一人息子。幼い頃に母親を亡くし、男手一つで育てられた。父親とは少し違って、気の弱いところがある。それでも根は真面目で、ガルドが細かく口を出さなくても自分の道を歩いてきた。

 今ではフランヴァル評議会の職員として働き、忙しい仕事の合間を縫って、この工房にも時々顔を出している。


「忙しいみたいだけど、まだ評議会にいるの?」

「辞めたなんて話は聞いてない。今も毎日こき使われてるだろうよ」


 ガルドは工具を手に取り、慣れた手つきで作業を再開する。


「それにあいつは案外よく見ている。評議会の内側で何か動けば、俺にも話が回ってくる」

「それなら、今回も何か分かるかもしれないわね」

「ああ。だから焦るな」


 クロエルはソファへ身体を預けた。


「……分かった」


 ガルドは横目でクロエルを見る。


 息子が幼かった頃から、お互いに懐いていた。少し年上の少年が、何かにつけてこの工房へ来たがった理由を、ガルドが知らないはずもない。人の話を黙って聞いて、困っている相手には自然に手を差し出す。そういうところは、昔から変わらない。

母親を早くに亡くした少年にとって、クロエルの存在がどんな意味を持っていたのか――ガルドは今でも、あえて聞かずにいる。


 ガルドは、それ以上のことに口を出したことはなかった。息子の気持ちも、クロエルとの距離も、二人が自分で決めればいい。ただ、二人とも自分にとって大切な存在だ。だからこそ、クロエルを大陸中央へ向かわせるつもりはなかった。


「情報が入ったら、すぐに知らせる」

「うん」


 クロエルは短く返し、ソファに深く身を沈めた。


 ガルドは作業を続けながら、胸の内では決めている。大陸中央関係の両親失踪へ繋がる手掛かりは、自分たちのいる場所まで引き寄せればいい。


 クロエルを危険な場所へ送り出す必要はない。


◇


「じゃあ今日も、仕事するわよ」


 クロエルはソファから立ち上がった。

 大陸中央のことは気になる。それでも、今の彼女にはやるべき仕事がある。

 《黒猫の天幕》も、そろそろ開店の時間だった。


「それがいい。お前は占いの腕を磨け」


 ガルドが作業台へ向かったまま言う。

 クロエルは頬を膨らませるように口をとがらせた。


「ガル爺に私の占いの腕について言われたくないわ」

「客は毎日来てるんだ。腕が悪くても商売にはなるらしいな」

「失礼ね。私はちゃんと相談に乗ってるのよ」

「占い師が相談に乗ってどうする」

「いいのよ。みんな、それを聞きに来てるんだから」


 クロエルはそう言い返すと、扉へ向かった。


「じゃあ、行ってくるわね」

「おう」


 扉が開き、朝の東区へクロエルが出ていく。

 しばらくして足音が遠ざかると、ガルドは手を止めた。

 誰もいなくなった工房で、老人は小さく息を吐く。


「……両親の手掛かりは、必ず見つけてやる」


 低く呟き、再び作業台へ向き直った。


 工房の外では、商人たちが店を開け、通りを行き交う人々の声が少しずつ増えている。


 首都フランヴァル東区。今日もまた、何事もなかったかのように朝が訪れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。