第四章 新設美術館 ― 怪盗は日常の顔で歩く
大陸西部フランヴァル連合都市圏、その中心に位置する首都フランヴァル。
大陸西部最大の都市として栄えるこの街は、開拓時代から数えて千数百年もの歴史を積み重ねてきた。大陸全体の歴史から見れば決して古い都市ではないが、長い年月の中で独自の文化を育み、とりわけ芸術の分野では大陸西部を代表する都市として知られている。
そんな首都フランヴァルの中央区には、大陸でも名の知れた美術館がある。絵画や彫刻、工芸品から古代文明の遺物まで、大陸各地から集められた貴重な品々が並び、芸術を愛する者なら一度は訪れたい場所として、多くの観光客を集めていた。
だが、今回の魔導遺品が運び込まれるのは、そこではない。中央区の一角に新たに建設された、まだ開館して間もない美術館だった。今回の展示は、その開館を記念した特別展示でもある。大陸中央から運ばれてくる大戦時代の魔導遺品等を目玉に据え、新たな美術館の存在を広く知らしめる――いわば、華々しい門出を飾るための展示だった。
それらが来週到着する。大陸中央から運ばれる、かつての大戦を知る魔導遺品。
首都フランヴァルの新たな美術館で初めて一般公開されることになっていた。
◇
満月を迎えるまで、あと一週間。
その間にクロエルは、何食わぬ顔で中央区へ足を運んでいた。
東区と中央区を隔てるフランヴァル東境大橋には検問所が設けられており、東区から中央区へ向かう者は、身分証や許可証を提示して通行の手続きを受ける必要がある。東区の住民が中央区へ出入りすること自体は珍しくない。ただし、誰もが気軽に通れるわけではなかった。
クロエルは、その検問所を何度も利用している。中央区へ買い物に出ることもあるし、魔導士として必要な触媒や薬品を仕入れることもある。長く通っているうちに、担当する騎士たちともすっかり顔馴染みになっていた。
この日も、いつものように検問所へ近づく。
「ご苦労様」
クロエルが声を掛けると、詰めていた騎士が顔を上げた。
「あ、クロエル殿!」
それまで気の抜けていた姿勢が、途端にぴんと伸びる。
「今日も中央区へ?」
「そう。触媒が切れかけていてね」
「なるほど。占い師ともなると、色々と必要になるんですな」
「ええ。意外と物入りなのよ」
クロエルは穏やかに笑い、いつもの許可証を差し出した。
騎士はそれを受け取ると、慣れた手つきで内容を確認する。
「問題ありません。どうぞ」
「ありがとう」
許可証を受け取ったクロエルが歩き出そうとすると、騎士が声を掛けた。
「クロエル殿!」
「なに?」
「あの……もし、その……今度お時間があるのでしたら……」
騎士の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
クロエルは、その先に続く言葉を待つように首を傾げた。
だが、騎士はなかなか言い出せない。
「……」
「……」
「その……中央区には、良い店が……」
「そうね」
「…………」
「時間があるときに、案内お願いしようかしら」
クロエルは柔らかな笑みを残してその場を離れた。
「は、はいっ!」
背後から妙に元気な返事が飛んでくる。
これもいつものやり取りだった。
◇
橋を渡って中央区へ入ると、街の景色は目に見えて変わった。
建物はどれも大きく、通りには十分な幅がある。傷ひとつ目立たない石畳の両脇には街灯が整然と並び、行き交う人々の服装にも、東区では滅多に見ない余裕があった。
クロエルにとっては何度も歩いた見慣れた景色だ。それでも東区から橋を渡ってくると同じ首都の中とは思えないほど、その差がはっきりと浮かび上がる。東区では建物の隙間を縫うように人が行き交い、古びた石畳には修繕の跡が残る。こちらでは道そのものが広く、歩く人間まで急ぐ必要がない。
中央区は、昔から変わらない。
クロエルはそんな街並みを横目に、目的の魔導品店へ向かって歩いていく。触媒が切れかけているというのは嘘ではない。必要なものを買いに来たのだから、誰かに理由を尋ねられても困ることはなかった。
ただし、それだけのために中央区まで来たわけでもない。
魔導品店へ向かう道の先には、今回の目的である新設の美術館がある。来週、大陸中央から運び込まれる大陸大戦時代の魔導遺品を目玉として開館する、あの美術館だ。
外から見える範囲だけでも、造りは分かる。正面玄関の位置。建物の高さ。周囲の道幅。そして、人の出入りを管理するには都合のよさそうな構造。
クロエルはそれらを眺めながら、そのまま歩き続けた。誰が見ても、買い物の途中で新しい建物に目を向けただけにしか見えない。
今はまだ誰も彼女を怪盗として見ていない。
ただの魔導士が中央区へ買い物に来ているだけなのだから。
◇
新設された美術館は、クロエルが想像していたよりもずっと大きかった。
建物そのものはすでに完成しており、白い石材を基調とした外壁にはまだ新しい艶が残っている。正面には広々とした階段が設けられ、その先に立つ大扉も、展示品を迎える準備は整っているようだった。
ただ、開館はまだ先だ。
来週、大陸中央から大陸大戦時代の魔導遺留品が運び込まれ、それらを目玉展示として正式に開館する予定らしい。新しい美術館そのものを知らしめるにはこれ以上ない目玉なのだろう。
クロエルは急ぐことなく建物の周囲を歩いた。
正面から見上げ、側面へ回り、裏手まで確認する。同じく窓の配置、出入口の数、建物同士の距離、周囲の通りの形――それは魔導士が美術館を見ているというより、別の何かを測るような視線だった。
ひと通り見終えると、クロエルは再び正面へ戻った。
「さて……」
最後に、入口を見上げる。
そこには、この美術館の建設や運営に関わった商会や有力者たちの名を記した銘板が掲げられていた。
その中に見覚えのある名前がある。クロエルの青い瞳がそこで止まった。
――アルフレッド商会。
「……やっぱり、関わっているのね」
小さく呟いたクロエルは、それ以上その場に留まらなかった。
買い出しを終えた魔導士を装い、来た道を戻っていく。
けれど、その胸の内にはもう一つの目的がはっきりと形を持ち始めていた。




