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パーティは喧騒の中で (3)

「あの挨拶行列が終わるには、まだしばらくかかると思っていたわ」

「あまりにも長くて眠ってしまいそうだったから早めに切り上げてもらったの」


 そう言ってシェリーゼは私とヴィードの間に割って入り、私の腕を取りながら休憩席へと腰を下ろした。


「ケーキがすごく美味しそうだったから、お姉様にも分けてあげようと思って」


 リゼの言葉を合図とするように給仕係がテーブルに置いたのは、生クリームをふんだんに使ったイチゴのホールケーキだった。甘いものが好きなリゼのために有名なパティシエに頼んだと聞いていたそれは、きっと極上の味がするのだろう。──けれども。


「……ごめんなさい、今は食欲がないの」


 普段なら喜んで食べられただろうが、この場では無理だ。美味しそうな見た目のケーキなのに、どうしても吐き気の方が先に来てしまう。


「ねえ、リゼ。明日別のケーキを一緒に食べましょう。あなたの好きなチョコレート味のものを用意してもらうわ」

「嫌よ。今このケーキを食べてほしいの。これ、今日しか食べられない特別なものなのよ。お姉様、イチゴのケーキは好きでしょう?」

「ええ、そうね。でも──」


 なおも食い下がるリゼに、どうにか穏便に断ろうとするも、彼女の顔は目に見えて曇りつつある。どうしたものかと口を閉ざしたタイミングで、「ねえ、シェリーゼ嬢」と隣のヴィードが代わりに口を開いた。


「君が姉君に食べさせたいのは“美味しいケーキ”なんでしょう? それならベルが一番美味しいって思える時に食べてもらった方がいいんじゃない」

「……でも、せっかく、用意したのに。お姉様が好きって言ったやつなのに」


 今にも涙を流してしまいそうなリゼの頭をそっと撫でる。こんなめでたい日に彼女を泣かせては、いよいよ私の悪評が手に負えなくなりそうだ──と、目の前に置いてあるフォークにおそるおそる手を伸ばした。


 ──たった一口だけなら、最悪吐ける場所に行くまでは我慢できるだろう。


 そんな無駄な悟りの境地に達してしまい、フォークを持ち上げたところで、ヴィードの手が私に伸ばされたのと、「シェリーゼ様!」と大勢の人影が現れたのはほぼ同時であった。


「……何かしら。あなた方の挨拶は先ほど終わったはずだけど」

「ええ、ですがシェリーゼ様ともっとお近づきになりたくて」


 三人で座っていたテーブル席に、七脚の椅子が追加される。リゼと同年代に見える令嬢や令息たちは、我先にと彼女の近くへ座りたそうにしていたため、私とヴィードは少し離れた席へと移動した。


「本当に今日のシェリーゼ様はお美しすぎて。そのドレス、噂のエスポワーネ夫人が手掛けたものだとか」

「羨ましいですわ。皇家さえも認めるほどの美貌ということですね」

「あら、外見だけではなくやはり中身も伴ってこそですわ。ドレスだけ立派でも…ねぇ?」


 見知らぬ令嬢の視線がちらりとこちらに向けられるが、何も見なかったことにして紅茶を一口飲み込んだ。


「フィアトラール家の末姫は大層美しいとお聞きしていましたが噂以上ですね。これでは世の女性方が嫉妬したくなる気持ちも正直理解できますよ」


 話の流れが怪しくなりつつあるが、直接名前を出してこないだけまだマシな方だ。

……むしろ隣にいるヴィードの真顔の方が、何かとんでもないことを言い出しそうで見ていて怖くなる。


(私がいない方が良い感じに盛り上がれそうね)


 彼らの場合は私への悪意というより、単純にシェリーゼに好かれたくて私を落としているだけだろう。であれば、邪魔者はこの場を去った方が健全な話題になりやすいはずだ。


「リゼ、私はもう行くわ。お友達とゆっくり話せた方があなたも楽しいでしょうし」


 そう言って、立ち上がる際にさりげなくヴィードの腕に触れる。すると彼は一瞬だけ口をへの字に曲げて私のことを見たが、ぽんぽんと軽く彼の腕を叩けば素直に黙ってその場から立ち上がってくれた。


「え、待って、お姉様──」

「まあ、“リゼ”とは可愛らしい愛称ですね。ぜひ私たちもそう呼ばせていただき──」


 ぱんっ──と。突然乾いた音が響き、歩きかけていた足を止めてすぐに振り返る。


「気安く呼ばないで。私をそう呼んでいいのは家族だけよ」


 しん、と静まり返った中で私の視界に入ったのは、まるでお兄様のように鋭く冷ややかな眼差しを向ける妹と、呆けたような顔で頬を押さえている令嬢の姿であった。


「……っ、シェリーゼ、何してるの!」


 慌てて叩かれた方の令嬢の元へ駆け寄り、「口の中、血は出てない?」と尋ねると、彼女はそろりと頷く。そのことにホッとしつつ、近くの使用人に内密に濡れタオルの準備をお願いして、その令嬢を支えながら立ち上がらせた。


「今見たことは出来れば内密に。謝罪は後日、正式にフィアトラール家から伺わせていただきますので。──私が言っていること、理解できるわね?」


 まだ動揺している残りの令嬢や令息たちに、半ば強制する形で約束を取り付ければ、彼らはぎこちないながらも全員が首を縦に振った。


「リュシー、ベイル、クラフ。この子たちを第三客室に案内してから詫び品を渡して。その後の送り迎えも丁重にね」


 各使用人にそれぞれ指示を出してから、ようやくまともにシェリーゼの顔を見る。

 怯えたような瞳でこちらを見上げる彼女に「……あなたは私と一緒に来なさい」と静かに伝えれば、リゼはそろりと私のドレスの裾を握った。


「ベル、急に全員いなくなったら不自然だろうし、公爵夫妻には軽く僕から伝えておくよ」

「……ええ、助かるわ。ダンスが始まる時間までには戻るから」


 ヴィードの言葉に、張り詰めてたものが少し緩み多少の笑みを見せるほどの余裕が戻る。


 そうして令嬢とリゼを伴い、私たちは侍医が待機している部屋へと歩き出したのだった。

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