工業都市編Ⅳ ローゼン採掘場
緊急事態であることを受付の女性から聞いた一同。調査対象の空洞へ続く坑道へ何者かが侵入した形跡がある事を知らされる。詳細は警備員から聞いて欲しいとの事だったが、現時点では賊よりジッタが侵入した可能性の方が高いらしい。
状況を知ったホウルは引き続き情報の収集や各方面への指示の為ギルドに残り、現場に行けず歯がゆい思いをしているホウルから頼むと一言告げられた三人は調査対象の坑道へと急ぐことになった。
採掘場へ向かう道――
勢いよく飛び出した三人だったがギルドの入り口を出て程なくレニが声を上げる。
「待って!……そんなに早く、走れないっ!」
その声が随分と後ろの方で聞こえたことにはっとして振り返る二人。
肩で息をして立ち止まるレニを見て、急いで先に進みたい気持ちと速度差のある現状との中でどうしようかと顔を見合わせる。
「すみません。」
足を引っ張っていることを察しレニは短く謝る。
「謝る必要はないけど、案内してもらわないとだしどうしようか。」
三人が最短で坑道まで向かう方法を考え始めるがルーは中々まとまらず、あぁでもないこうでもないと考えているとレグナが少し離れた所で通りにいる青年に話しかける。
「緊急事態だしこいつを借りてくぞ。詳しいことはホウルのおっさんに聞いてくれ。」
路上に停めてあった鉱石などを運んでいるであろう荷車をぽんぽんと叩きながらレグナは笑い、隣にいた持ち主であろう青年は訳も分からずぽかんとしている。持ち主であろう青年の返事も聞かず荷車を動かし二人の元へ駆け出す。
その行動にいち早くルーが反応し荷台に飛び乗り、行動が遅れたレニを荷台に乗せるため手を差し伸べる。
「滅茶苦茶な人達ですねっ!」
そう言いながら、状況を把握しルーの手を取り荷台に転がりこむ。
二人が乗ったことを確認すると採掘場の方へ向きを変え、脚に力をためてから地面を蹴り上げレグナは一気に荷車を押していく。
「とりあえず、二人は一番危険そうなエリアへの最短経路の確認をしておいてくれ。」
「判りました!」
ルーも頷き、二人は揺れる荷台の中で経路の確認や坑道の状況の共有を始める。
レグナはもう一段階速度を上げ人をかき分けながら採掘場へと向かっていく。
工業区の中心へ進んでいくと、急に視界が開ける。
開けた視界の奥は緩やかな下り坂となり、土煙を巻き起こす風と共に採掘場が露わになる。
滑車やトロッコ、坑道の入り口などが至る所にあり、地下深くまで縦穴が続いている。
レグナたちが進んでいる道はその縦穴に対して螺旋状に下っていて、底まで通じていた。
採掘場の入り口に差し掛かり話を聞く為に速度を落としたレグナ達の元へ脇の建物から警備員らしき人物が近寄ってきた。
「工業ギルドより依頼があって坑道調査に来た。今日起きた問題も含め対応するつもりだ。状況の詳細を聞いていいか?」
レグナがそういうと警備員は一安心したのか、警戒を解き返事をする。
「あぁ、例の23番坑道の調査だね。朝方作業員が入り口の扉に侵入の形跡を発見してその時点では賊じゃないかといった話だったんだが」
そこまでは真面目な顔で説明をしていたが、やや呆れたような様子で話を続ける。
「最近毎日のように顔を出し問題を起こしてたジッタって子供がいてね、今日は見かけてないってことで、母親に確認とったら昨日の夜から見てないと言われたみたいでなぁ」
子供が命の危険に晒されているにも拘わらずこのような態度になっているのは、普段から問題を起こしていた子どもに対して呆れている側面もあるが、何よりもローゼンでは採掘場で立ち入るという事は、命がけであり自己責任であるというのが共通の認識である事が大きい。
その背景を知っているレグナとレニは、仕方がない事とは言え複雑な表情で話を聞いていた。
「どちらにしても急がないとならないようですね。賊なら捕縛、ジッタ君なら保護といった感じかな。」
「そうしてもらえると助かるよ。そこにある昇降機を使ってくれ。坂道を下るより早く下に降りれるようになっている。」
荷車から降り三人は警備員に一礼し、縦穴に設置されている昇降機へと乗り込む。
作動ボタンを押すと、ガコンッという音とともに、各所の仕組みが動き出す。様子をうかがっているとすぐガタンと身体に衝撃が伝わり昇降機が下り始める。
「この街の機械はホント凄いなぁ。それにこの穴も。人が掘っていったんだろ。」
「そうですね。道具などは使っていますが元々ここは平地だった所を掘っていますね。」
吹き上げる風を感じながら驚きを隠せないルーの感想に説明をするようにレニが答える。
「加護が無くても逞しく生きてるんだな。」
「まだ、周りに助けられながらですけどね。」
まだと言うレニを見て、ここにいる人たちが加護が無くても生きていく方法を模索している事を感じていた。
加護を取り戻すために旅に出たルーにとっては、加護のない場所での生活は考えられないものであったし、加護のない中生活をする人々を凄いと思いつつどこか不安を感じ俯いているとレグナがそんな二人に声をかける。
「二人とも感心しているのもいいが、今は坑道の問題の対処に専念してくれよ?そろそろ着くぞ。」
「判ったっ」
到着の衝撃が身体に伝わると同時に、入り口に向かい歩き出す三人。
少し奥まったところに通路一面に設置されている大きな扉が見えてくる。調査が終わるまで施錠されているはずのその扉の鍵は壊され扉も口を開けていた。
慎重に中へ入っていくと崩落を防ぐ為に補強された木組みがあちこちに見える広い通路に出る。中は暗く最近はあまり使用されていなかったのか照明も無く見通しの悪い空間が三人を迎える。
「これだけ暗いと進み辛いですね。松明を使いましょう。」
「それならあたしが火をつけるよ。」
そういうとルーはレニが取り出した松明に左手をかざし魔法を行使する。
ぼわっと火が灯り周辺を照らす。
「魔法が使えるのですね。」
これまであまり表情を変えていなかったレニが驚きの表情を見せる。
「それじゃ松明を貰おうか、俺とレニで先頭を進もう。後ろは任せるぞ。」
「あぁ。判ったっ」
慎重に様子を伺いながら空洞に繋がっている道を最短ルートで進む三人。
幾つかのわき道を超え、異変も感じられないまますんなりと奥へと到着する。空洞へと繋がる通路は入り口でみた扉より丈夫な金属でできた扉で塞がっていた。レニは松明で照らしながら扉を調べる。
「この奥まで入った形跡は無い……ですね。」
「魔獣がいるのもこの奥なんだよね?」
ルーが扉を調べているレニに質問をする。
「えぇ。報告にあった大きさだと扉が開いていたとしても、ここは通ってこれないはずです。」
「それなら、奥へは行かず入った人がいるか探そう。呼びかけながらわき道を探していく感じかな。」
「あぁ。では、すれ違いでここに来られても面倒だし俺が残ろう。何かあってもある程度対処できるだろうしな。」
レニの説明から、状況を確認し方針を決めていく二人。レグナは喋り終える前に、周囲を確認し壁掛けの松明に灯りを灯し視界の確保を始める。
「それじゃ、レニ一緒に行こう。灯りはあたしが持つよ。」
「よろしくお願いします。」
レグナが空洞手前の扉を背にして陣取り辺りを警戒し始め、ルーとレニは近くのわき道を曲がり探索を再開する。複雑に横道が掘られている通路を迷わないよう確認しながら進んでいき、時折ルーが声をかけていく。
「誰かいないのか?」
数回声をかけ探索を続けていると、奥の曲がり角に照らされた細い影が動いたのが見えた。
「今、何かっ。……ジッタ君?!」
ルーは急いでその影が消えていった奥へと向かう。
直線を勢いよく進み、影が消えていった角を曲がった所で急に殺気を感じ条件反射的に後ろへ跳ぶ。
ブオンッ
ルーがいた場所で風を切る音が聞こえる。
体制を整え松明を向けると、そこに照らし出されたのは前脚を振り下ろした巨大な蜘蛛型の魔獣だった。
とっさに後ろに跳んでいた事でルーは魔獣との距離を確保出来たため、互いに間合いの外でにらみ合うように対峙しており、その状態の中冷静に奥を確認すると奥へと続く道の側面が広く崩れていた。穴の奥は暗闇が広がっていてどうなっているのかは確認できないが、大きさからここから入ってきた可能性を考える。
視線をさらに通路の奥へ向けると暗闇の中小さい灯りに照らされ倒れている少年らしき人影が確認できた。
「ジッタ君?!」
大声で呼びかけてみるものの人影からの反応はなく、反応したのは手前にいる魔獣だった。
「ギギギ……ギギ……。」
「こいつをどうにかしないと埒が明かないかっ!」
ルーは松明を少し手前に投げ捨て、腰に下げた長剣を抜き戦闘態勢を整えた。
ドタバタしており定期更新遅れてしまいました!楽しみにしていただいていた方すみません。お待たせいたしました!