工業都市編Ⅱ-Ⅰ もっと強く
ルーは目覚めた直後、自分の無力さを痛感し一人泣け叫んだ後、その思いを胸の中にしまい込み周囲にその弱さを見せないようにと気丈に振舞っていた。
目覚めてから数日、宿屋客室――
ルーの朝は昨日からの続きのような、まどろんだ状態から始まっていた。坑道の件以来、浅い眠りで目を覚ましてしまい熟睡が出来ないのが癖付いてきている。
「……、朝、か」
日が昇る前にまどろんだ目を覚まし、ぼーっと眺めていた外への視線を暗い部屋の奥へと移しながらのそりとベッドから降りる。
掛け布団の上にそのまま寝転んでいた為ベッドに皺だけ残し、冷たい床に足をつけた。その感触を気にもかけず足に力を入れ、そのまま奥の椅子に雑にかけられた服を取りに踏み出す。
器用にそれでいて少し乱暴に着替えると、ぼさぼさの髪の毛をそのままに部屋のドアを開け外へでる。
向かいのレグナの部屋へと視線を流し、今一度気を引き締めドアをノックする。
「……今日も、鍛錬に付き合ってもらえるか?」
ルーはノックの返事も確認せず自分の意思を伝え、程なくするとドアが開きレグナが顔を出す。来る事を察していたのか身支度を済ませ部屋から出てくる。
「毎日熱心だな」
「強く、なりたいからっ」
「……」
先日の件から、ルーはレグナを誘い鍛錬をするようになっていた。
ルーが自分からレグナに頼み事をしてきた事は彼の記憶には無い事で、初めて言われた時は彼自身、内心では随分と驚いていた。その日から実戦に近い鍛錬の相手を続けている。
レグナはルーの強くなりたいという思いへの焦りや現状の苦しみが見え隠れする返答に、言葉を飲み込んでしまう。
灯りもなくまだ薄暗い宿屋を出ると、慣れ始めた工業油の匂いがかすかに混じる朝の冷たい空気を纏いながら、鍛錬をする為近くの空き地へと歩いて行く。
到着してから身体をほぐす様に伸ばしたりと準備運動を軽くこなし、置いていた片手剣を持ち上げ何度か握り直しながらなじむ場所を探し握りしめ、目の前のレグナを見据え確認を取る。
「準備はいいかっ?」
「いつでも良いぞ」
レグナは剣を下ろし直立の姿勢のまま返答する。そのレグナの声を合図に実戦さながらの鍛錬が始まった。
お互いに身体の調子を確認しながら、徐々に身体を温めていき、レグナはルーの攻撃を受け止め、ルーはレグナの攻撃をかわしていく。
そんな剣劇を繰り広げながら、ルーがぽつりと言葉を吐き出す。
「あたしは、一人では倒せなかったし、助けられなかった」
「……」
「どうしたら良かったんだろうって」
手を休める事なく、剣筋に言葉を乗せるようにしながら続ける。
鍔迫り合いのような形になり、ルーの顔を見ると押し返せず険しい顔をしていたが、レグナには泣く事を我慢しているようにも見えていた。弾き飛ばし、レグナはルーに問いかける。
「答えは出たのか?」
ルーは後ろに弾き飛ばされ、着地しながら答える。
衝撃を殺す様に下向きになっていた為、表情は読み取りづらかったが、その瞳は力強くレグナを見据えていた。
「まだ分かんない。……でも、今のあたしの強さじゃ全然足りない。それははっきり分かったんだっ」
言い終わると、再度とびかかる様にしてレグナに向かっていく。
「そうか。まぁ、しっかりと世界を見て悩み考えろ」
向かってくるルーに諭すように声をかけると、互いの剣が再度交差し、
「あぁ。そうするっ」
その隙間から見たルーの表情は力強く前を見据えたものだった。
日が昇り始めてからも暫く打ち合いを続けた後、ルーはその場に座り込み呼吸を落ち着かせ、レグナは日差しを避けるように建物の物陰へ寄りかかり休憩を始める。
一息つきながらルーは日差しを受けながら空を眺め、少しすっきりしたような表情で質問する。
「なぁ、この前みたいな硬い魔獣って多いのか?」
「強い魔獣は硬い事も多いな」
「そっかぁ」
想像通りの返答といった様子でルーは自分の手のひらを空にかざし隙間からこぼれる陽の光を見つめながら答える。
「軽い……よね」
ルーが自身の課題を見つめ至った結論。ここまでの旅の中で薄々気付いていた問題点だった。
旅立ちの日にレグナから渡された片手剣をこれまで使い続け、いくら筋力が人並み以上にあったとて自身の成長しきっていない体格や、片腕である事等から重い一撃を与えづらい事を感じていた。
ましてや今後より格上相手を想定した時に、速度で上回ったとしても破壊力が無いのでは致命傷は与えられない。
それを物語る様に、先程まで鍛錬をしていた相手は後半は割と本気を出していたにも関わらずピンピンしている。
ルーはそんな現状を考察し少し膨れた表情になっていると、レグナも同じことを考えていたのか提案をしてくる。
「お前にあった武器……が必要かもしれないな」
「ホウルの専門が鍛冶だ。あいつに相談してみたらどうだ?」
自身の武器という言葉に、多少の興奮を覚えつつ、
「お前、教え方も戦い方も雑だもんなっ」
先程の鍛錬の腹いせのようにレグナをからかう。
「うるせぇよ」
実際レグナは、自身の力のままに攻撃をしたり周りにあるものを利用し感覚的に戦う事が多かった為、思い当たる節も多く半笑いになりながら悪態をつく。ルーはそんな様子を笑いながら立ち上がり、
「それじゃ、ちょっと聞きに行ってくるっ」
声をかけて立ち去ろうとすると、レグナの少し張った声で足が止まる。
「それから、もう一つ」
立ち止まったルーの背中に、更に圧を強めた口調でくぎを刺すかのように伝える。
「お前は勇者。勇者は世界を救う存在だ。それを忘れるなよ」
その言葉をかみしめる様に一度頷き、振り向きもせず元気に応える。
「わかってるっ!」
ルーはそのままひらひらと手を振って宿屋へ戻っていく。
それを眺めながらレグナは誰に聞こえるでもなく、
「そう。お前が人を救う必要はないんだ……」
そう呟き、拳を握りしめていた。




