第二十六話 中身
「浴場って…風呂のことか? 」
「たぶんそうだと思いますけど~…」
鐵昌と美香子は看板を見ながら会話する。
美香子は、最初は温泉に入れると思って嬉しい気持ちでいたが、よくよく考えてみると気づかぬうちに浴場が出来ていることなんてありえない。
段々罠のようにに見えてきて、美香子はどうするか鐵昌に聞こうとした。
その時には、既に鐵昌は扉に手を付けていた。
「ちょ、ちょっと鐵昌さん~!? 万が一罠だったら~…」
鐵昌は扉を開けた。
目の前に広がっていた光景に、美香子は驚きを隠せなかった。
ごく普通の温泉屋の敷地だ。
入口の近くには牛乳などの自動販売機。扇風機。休むための椅子。
その奥に二つの通路があった。暖簾が垂れ下がっており、それぞれ『女』『男』と書かれていた。
「…普通に温泉屋ですね~」
「そうだな」
鐵昌は周りをキョロキョロと見渡している。
「じゃあ私は~、あの暖簾の奥をちょっと見てくるわね~」
「分かった…。くれぐれも死ぬなよ」
「あ、あはは~…」
この先何があるか分からない。この暖簾をくぐったら死ぬ可能性だって、今となったらあり得ない話ではないのかも。と思いながら、美香子は『女』と書いてある方の暖簾を一人くぐった。
鐵昌は一人で入り口付近を見渡した。入ってすぐ右の壁のところに紙が貼ってあった。紙には直筆で文字が書かれていた。少し不格好な字ではあったが、鐵昌はギリギリ読むことが出来た。
『ハロー!!
どうどう? この温泉! この前綺ちゃんたちがお風呂に入りたい的なこと言ってたじゃん?
僕ってばその言葉聞いて良心が働いちゃって、お風呂作っちゃいました!!
嬉しい? 嬉しいでしょ? 実はね、この温泉の出入り口の扉って、知能のない【バキュロ】くんたちには開けられないようになってるんだよ~!
これで安心して汗を流せるね!
それじゃ、良き地下鉄ライフを!
管理人・Sより』
「…は? 」
無意識に声が漏れた。
風呂を作った? バキュロ? 管理人? いろいろな疑問もあったが、一番鐵昌が気になったところがあった。
なぜ風呂の話をしていたのを知っているんだ?
あそこの部屋は出入り口が一つしかない、いわばほぼ密室のような部屋。綺、晃、美香子、鐵昌の他には、人っ子一人いなかったはずだ。
仮にあの部屋に知らない人がいたとしても、隠れるスペースなんて無かったはずだった。
だとすると、このメンバーの中の誰かがこの管理人に連絡を…?
しかし、それはない。と思う鐵昌。
部屋のメンバーが一人きりで何かをするのはほとんどない。むしろ、鐵昌以外の人がこの紙を見て同じ推理をしたら、よく一人で煙草を吸いに部屋を出ている鐵昌が怪しまれるだろう。
「鐵昌さ~ん~! 」
美香子が戻ってきた。
「温泉凄かったわよ~! シャンプーやリンスが揃っていたし~、かけ湯もバッチリ~! 桑拿まであったのよ~!? 」
美香子が楽しそうな口調で喋る。
「ただ…入りたいのは山々なのだけど~、何だかなにかの罠にしか見えないのよね~」
美香子が腕を組んで考える。
やっぱり普通はそう思うよな。と鐵昌は美香子を見ながら考えていた。
そんな時だった。
「気にする必要はないよお二人さん!! その温泉は罠でもなんでもないよ!! 」
出入り口の扉の向こうから、大きな声が聞こえた。




