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024 カタリナ・アーゲンの願い

 烈火龍(アハシュ)炎桜龍(ギバラ)の襲撃から早くも二日が経過した。


 ナホとオプスが龍である事が多くの人間に目撃されてしまったため、早々にこの町を去ろうとしていた一行であったけれど、滅龍十二使徒(アポストル)であるノインが友好的に接している事や、町を守ってくれた恩人である事も含めて、この町の領主が一行の滞在を許可してくれた。


「貴公らの働き、私も拝見させてもらった。一時(いっとき)、不安に思う場面もあったが、町を守ってくれたことに変わりはない。改めて、礼を言わせてもらおう。本当に、感謝する」


 領主の屋敷に招かれ、領主直々にお礼を言われた。


「だが、聞けばあの龍の大群は君を狙ってきたそうだね」


「あ、はい……」


 領主に言われ、しょんぼりと肩を落とすナホ。


 目を覚ました時に、ナホはオプスから今回の中位龍及び、下位龍の襲撃はナホを探しての事だという事を聞かされていた。だから、あの大群やアハシュとギバラがナホを目当てに襲撃したという事実は知っている。


「申し訳無いが、私はこの町の領主だ。この町に危険因子をずっと置いておく訳にはいかない。滅龍教会の膝元や滅龍者(ドラゴンスレイヤー)を配下に置いている王都であれば、君の身の安全も保障されるだろうけれど……生憎と、この町には手練れが少ない」


 『クルドの一矢』も今はこの町に滞在しているけれど、彼らは元々根城を持たずに町を転々としながら依頼をこなしているので、この町の戦力とは呼べない。


 だから、次に領主が何を言いたいのかは、なんとなく三人とも分かっていた。


「五日だ。五日で、申し訳無いがこの町から出て行ってもらう。それが私が出来る最大限の譲歩だ」


「分かりました。寛大なお心配り、ありがとうございます」


 領主の言葉に、ナホは異を唱えるでもなく、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。


 薄々、こう言われる事は分かっていた。オプスから龍の襲撃の理由を聞かされて、その上領主に呼ばれたとあれば、そう言った話をされる事は分かっていた。


 そして、出て行けと言われたら大人しく出て行こうと、事前に二人には言っていた。だから、二人は領主の言葉に反論をしない。ナホが決めた事であれば、それを尊重する。


 それに、彼らの活躍を見ていた冒険者はともあれ、それを見ていない一般人は、龍であるナホとオプスを気味悪がる者も多くはなかった。


 町の平穏のためにも、領主の言葉が無くとも早々に立ち去るべきだとは思っていた。それに、元々追われている身なので、同じ町にそう長居は出来ない。元より、早々にこの町を去るつもりではいたのだ。


 ともあれ、旅をするには準備が必要。ナホの服はぼろぼろになってしまったし、槍も無くなってしまった。そのため、再度買い物をしているのだけれど……。


「うぅ……体中が痛い……」


 領主の配慮でこの町に留まってから早二日。ナホは龍化を使った影響で悲鳴を上げる身体の痛みに耐えながら、いつもの目隠しスタイルで町を歩いていた。


 龍である事がバレてしまっているとは言え、龍の目を気味悪がる人もいるために隠している。まぁ、理由はそれだけでは無いけれど。


「姫様、やはり今からでも宿に戻られますか? 話であれば、頼みごとをする側であるあちらが宿へ出向けば良い事ですし」


「ううん。宿に閉じこもってても気が滅入るだけだし。それに、外にも出たかったから大丈夫だよ」


「そうですか。ですが、ご無理はなさりませぬよう。いざとなれば私がお運びいたしますので」


「うん、ありがとう」


 頷くけれど、いい年して背負われたりお姫様抱っこされたりは恥ずかしい。そして、それが人目に付くのであればなおさらだ。


「しっかし、なんだってんだ話って?」


「それを今から聞きに行くのだ。と、着きました。この店ですね」


 前半はアルクに、後半はナホに言うオプス。


 その店は食堂であり、今がお昼時という事もあって中からは喧騒が漏れ出て聞こえる。


「チッ! 姫様をお招きしておきながら高級料亭ではないとは……!! 姫様、今すぐに場所を変えましょう。領主の伝手で高級料亭を貸し切りにするのです」


「いや、僕はここで良いよ。高級料亭なんて行ったら、緊張で味が分からなくなっちゃうから。それに、テーブルマナーとかまだ分からないし……」


「む、言われてみれば確かに……。姫様がテーブルマナーを習得するまでは、いったんはお預けか……」


「いーから入ろうぜ。俺ぁ腹減って仕方ねぇんだよ」


 気だるげにアルクが店内に入り、それにナホも続く。


「あっ、貴様! しっかりとドアを持っていろ! 姫様が通るのだぞ!」


「大丈夫だよ、オプス。そんなに気を遣わなくても」


「お前あれだな。小姑(こじゅうと)みてぇだな」


「貴様私が口煩いとでも言うのか!?」


「正しく伝わったようで何よりだわ」


 わいのわいのといつも通り騒ぎながら入店すれば、三人に視線が集まる。今やこの町で時の人となっている事もあるけれど、顔が良い三人が集まっていれば、自然と眼が行くのも当然の事だ。


「あ、御三方、こちらです」


 ビビが手を上げて存在を示す。そう、今回話があると言って三人を呼び出したのは、『クルドの一矢』であった。


 ビビの座るテーブルにはすでに『クルドの一矢』のメンバーが全員そろっており、そして何故かそこにはノインの姿もあった。


「なんであんたが此処に居んだ?」


「私も御呼ばれしてしまってね。それに、彼女や君達に言いたい事もあったしね」


 言って、ノインはナホを見る。


「いちゃもんを付けるつもりか? それとも、やはり滅龍対象にでもなったか?」


「いや、それはまだ分からない。個人的な意見としては、人間に友好的である君達と事を構えたくはないがね。後、いちゃもんを付けるつもりは無いよ」


 食って掛かるオプスを、ノインは爽やかに笑って流す。


「まぁま、立ち話もなんですから座ってください。此処のお代は私が持ちますので」


 言って、ビビは三人に空いた椅子を示す。


「いえ、お代は出します。申し訳ないですし」


 オプスが椅子を引いてナホを座らせている間に、ナホはビビにお代は自分達で出すと伝える。


 ナホが椅子に座るとき、オプスが必ず椅子を引いて座りやすいようにしてくれる。最初は慣れなかったけれど、今は自然と座る事が出来ている。オプスは姫の風格が出てきたと喜んでいるけれど、ナホとしては甘やかされている感じがして申し訳なかった。


「いいえ、出させてください。初めて会った時の償いを、まだできていませんから」


 ビビが言っているのは、初めて会った時にナホを防魔の結界で吹き飛ばしてしまった時の事だろう。確かにあの時、ビビはスイーツを驕る、服を買う、などと言った事を言っていた。


「いーんじゃねーの、驕ってもらえば。あ、すんません、このステーキ定食ってのとりあえず三人前で」


「はい、かしこまりましたー」


 アルクが給仕を捕まえて早速注文をする。が、それにオプスが噛み付く。


「貴様! 姫様のメニューまで勝手に決めるな!」


「あ? 決めてねぇよ。今頼んだの全部俺んだよ」


「なおの事悪いわ! 姫様よりも先に頼むとはどういう了見だ! それに、貴様は遠慮というものを知らんのか!?」


 メニューを見やれば、ステーキ定食はこの食堂で一番高いメニューであった。それを一人で三人前である。しかも、とりあえずと言っていたので、まだまだ食べる気満々である。


「だ、大丈夫ですよ。遠慮なく食べてください」


「だとよ」


「社交辞令も分からんのか貴様は!!」


 アルクに突っ込むオプスを見て、ノインと『クルドの一矢』のメンバーは苦笑を浮かべる。まぁ、カタリナだけは仮面を付けているのでどんな表情をしているのかは分からないけれど。


 まったくと一つ不満げに言ってから、オプスは居住まいを正す。


「それで、話ってのは……」


「待て馬鹿。姫様がまだ頼んでおられないだろうが」


 言われて、メニューをじーっと眺めているナホに気付くアルク。目隠し越しに見ていて本当に見えているのかどうかはたから見れば分からないけれど、ナホの()にはしっかりとメニューとその文字が見えている。


「じゃあ、僕も、その……ステーキ定食、で……」


 オプスが遠慮をしろと言った後なので恥ずかしそうにステーキ定食が良いと言うナホ。


 そんなナホを見てビビが一瞬だらしなく表情を緩めるも、直ぐにいつもの頼りがいのあるお姉さんと言った表情に戻す。


 メニューで口元を隠しながら言っているためかなりあざとい。店内の男どももだらしなく頬を緩めている。


「大丈夫ですか、姫様? お粥などの方がよろしいのでは……」


 ナホは大きな怪我こそしていないものの、龍化の影響で身体に痛みがある。それに、龍化による疲労も抜けきっていない。そう言うときにあまり(あぶら)っこいものを食べるのはどうなのだろうとオプスは心配になる。


 因みに、アルクの心配は一切していない。この馬鹿がステーキの(あぶら)ごときで身体を壊すわけが無いと謎の確信を持っている。


「ううん、大丈夫。僕もお腹ぺこぺこだし」


 言って、ぽんぽんとお腹を叩くナホ。あざとい。実にあざとい。


「そうですか。まぁ、食べきれなかった分は隣の残飯処理係が処理するでしょう」


「おお、自分の事をそんな風に思ってたのかお前」


「貴様の事だ阿呆が」


 じゃれ合う二人を見ながら、ビビは言う。


「それでは、お話はご飯を食べた後にしましょうか」


「ああ。俺達も、まだ飯食ってないしな」


「そうだね。カタリナも、それで平気?」


 クレトが尋ねればカタリナはこくりと頷いた。


「大丈夫……」


 オプスは大体の察しがついていたけれど、この話はカタリナ関連の事なのだろう。


 あの時言っていた、獣王国サリファに来てほしいという事と何か関係があるのだろう。それと、カタリナの言っていた『世界視』。その言葉に、不覚にもオプスは反応を示してしまったけれど、それもやはり関係しているのだろう。


 できれば、『世界視』の事は内緒にしておきたい。アルクにも、ナホにも。そして、この場に居る滅龍十二使徒(アポストル)、ノイン・キリシュ・ハーマインにも。


 いや、ノインに話す必要は無い。この場で聞かれれば誤魔化せばいい。ともかく、滅龍十二使徒(アポストル)に知られるのが一番いけない。


 さて……どんな話が飛び出してくるのやら。


 ノインは平静を装いながら、カタリナの口から語られる話を待った。


 因みに、待つ間はナホにテーブルマナーを教えながら食事をしてもらったりした。ナホはぎくしゃくと関節の脆くなったゴーレムのような動きでナイフとフォークを扱って食事をしていて、その姿を見てまたビビの頬がだらしなく緩んだりもしたけれど、それは今は置いておくとしよう。


 皆の食事が終わり――なお、アルクの食事は継続中。現在、十二回目のお代わりをしている――ようやっと聞く姿勢が整った。


「それで、お話って?」


 口元をオプスに拭われた後、ナホはしれっとした顔でビビに尋ねる。しかし、頬の紅潮(こうちょう)は隠せないので、ナホが子供のように口元を拭われて照れている事は誰の眼で見ても明らかである。


 しかし、それを指摘するのも野暮な事。ビビは気付かぬふりで、緩みそうになる口元を押さえて言う。


「お話があるのは、私達『クルドの一矢』ではなく、カタリナ個人からなのです」


 言って、ビビはカタリナを見る。ナホ達もつられてカタリナを見る。


「……」


 カタリナは、皆に見守られる中、おもむろにフードと仮面を外した。


 飛び出してきたのは、猫のような黒色をした耳と艶やかなよく手入れの行き届いた髪。そして、可愛らしい十代半ばの少女の顔である。


「私は、獣王国サリファの王家が一女(いちじょ)、カタリナ・アーゲン。美麗なる白龍ナホ様、世界視を持つ貴女様の御力をどうかお貸しください」


 簡潔に言って、カタリナは深々と頭を下げた。


 世界視という言葉に皆が首を傾げ、カタリナの美貌に男どもは思わず見とれ――ノインとオプスは常の顔で、アルクはご飯に夢中であるが――、カタリナが獣王国サリファの王家の息女である事に驚く。


 簡潔に、けれど情報量が多すぎる事態に、皆がカタリナの言葉を飲み込むのに苦労しているけれど、ナホだけは違った。


 ナホはカタリナを見て――


「そ、そんな、美麗だなんて……! それに、僕は様を付けられるような人じゃ――」

 ――滅茶苦茶照れていた。


 まったくもって話しの重大性を理解していないナホに、一同は思わず苦笑を浮かべてしまったのは言うまでもない事だろう。


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[一言] ナホ、君はそのままでいいよ
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