023 上位龍アストラル
次で二章終了ですかね。エピローグと一緒に投稿します。
「いやぁ、間一髪ってところかな? 危なかったね、アハシュ君」
戦場に似つかわしくない、穏やかな声が聞こえてくる。
その声が聞こえてきた途端、アルクは即座にその場から離れて、アハシュと自身の攻撃を阻んだ何かから距離を取った。
「いやはや、本当に間に合ってよかっげほっえほっ!? ちょっ、ちょっと煙凄くないかな!? えっほぉえっ!! ちょっ、本当に煙が凄い!! 目が痛いしお昼に食べた美味しいパスタを吐いてしまいそうなんだが!?」
穏やかというよりは、なんだか間抜けな声が響く。しかし、それと対峙しているアルクはいざ知らず、少し離れたところにいるノインや、ナホやオプス、『クルドの一矢』のような一定の強さを持った者達は言葉通りに受け止める事が出来ない。
「まったく! 年寄りは労いたまえよ。肺が真っ黒になってしまうかと思ったよ」
言いながら、ぱちんと乾いた音が鳴る。それだけで風が巻き起こり、視界を遮っていた黒煙を吹き飛ばす。
そうして晒されたのは、大きな白い手だった。白く艶やかな、けれど水気をまったく感じられないその手を表現するに適した言葉を、アルクは一つしか知らない。
「骨……?」
巨大な骨の手。それが、アルクの渾身の一撃を防いだのだ。
炎天昇り龍。アルクが繰り出せる技の中で、今一番の威力を誇る技を、あの骨の腕は止めたのだ。
新技だった。だからこそ、技の精度が甘かった。それは認める。けれど、それでも自身の繰り出せる技の中でも最上に位置する技だ。それを止められたという衝撃は大きく、また押し寄せる絶望も大きい。
なにせ、現状ではあの骨の腕に傷を付ける事が出来ないということなのだから。つまり、アルクではあの骨に勝てないという事に他ならない。
「けほっけほっ……アハシュ君、私大丈夫かな? 顔黒くなってないかい?」
『あ、いや……大丈夫です』
「そうかい? なら良いのだけ――ああっ!? 私の一張羅が煤けてる!? なんて事だ!! これではパーティーに出られないじゃないか!! いや、御呼ばれした事は無いけれどね!!」
一人でわーわー騒ぐのは、アハシュの隣に浮いている一人の男。
浮いているだけなら、それはあまり異様な光景ではない。けれど、その男には明らかに異様な部分があった。
アルクの一撃を遮った骨の手。それは、騒ぐ男の背中から伸びていたのだ。つまり、一人で騒いでいるあの男こそが、アルクの一撃を防いだ張本人ということになる。
「あぁ……私の一張羅……」
しかし、アルクの一撃を難なく防いでみせた張本人は、自身の一張羅が煤けてしまった事にショックを受けていた。
なんとも間抜けな姿ではあるけれど、誰もがまったく和めないし油断も出来ない。
「何、あれ……」
男を遠くから見ていたナホは思わずオプスの服をぎゅっと握ってしまう。
ナホの眼には、アルク、ノイン、アハシュ、ギバラの四人の強者の強い光が写っているけれど、それを合わせてもまだ届かない程強く眩い光をその男は持っていた。
圧倒的な力の差に、ナホは思わず震えあがってしまう。
誰が現れても冷静沈着であったオプスも、今はその顔を強張らせている。
「ふぅ……仕方ない。新しい服は獄炎ノ龍王に請求するとしよう」
『アストラル様。あまり、我が陛下を困らせないでいただきたい』
アハシュが苦言を呈すも、ふざけた男――アストラルははははと楽し気に笑う。
「馬鹿を言っちゃいけないよ。それくらいであの男が困るもんか」
『いえ、陛下はいつもアストラル様の奇行に頭を悩ませております』
「え、本当に?」
『はい』
「はははっ! それなら私はあの男を唯一悩ませる存在という事だね! こいつは良い事を聞いたなぁ!」
はははと喜ばしい事のように笑うアストラルを見て、アハシュは余計な事を言ったと思わず苦い顔をする。
「さて、それはそうとだ。撤退しようか、アハシュ君」
『は?』
いつもと変わらない声音でさらりと言ったアストラルに、思わずアハシュは呆けた声を上げてしまう。
「聞こえなかったかい? 撤退だよ、撤退。さ、きりきり戻ろうか!」
巨大な骨の腕を引っ込めて、アストラルはぱんぱんと手を鳴らす。
『いや、それは聞こえていました!』
「おや、なら話は早いね。じゃあ帰ろうか。彼が待っている」
『そうでなく! 何故撤退などするのですか?! 今まさに我々が優勢だと言うのに!』
「おやおや? 今まさに止めを刺されそうな勢いだったけど……はて、私の見間違いかな?」
『そ、それは……あの程度喰らったところで、戦闘に支障は――』
「無いとは言わせないよアハシュ君。あれは致命の一撃だ。喰らっていれば君は戦闘不能間違いなしだった。当たり所が悪ければ死んでいたかもしれないね」
その致命の一撃をどうして片手で止められるんだと思わなくも無いけれど、下手に突っかかってこちらに襲い掛かられても勝てる見込みが無いので、アルクは黙っておく。
あれには、少なくとも今は勝つ事が出来ない。そう冷静に分析する。撤退してくれるのであれば、それに越したことは無い。
「アハシュ君が頑張る理由も分かるけどね。君が頑張る事を彼は求めるが、君が死んでしまう事は求めていない。彼女の匂いはもう憶えただろう? 容姿も、しかとその目で見ているはずだ。なら、今日のところは一度撤退しよう」
『し、しかし!』
「急いては事を仕損じると言うからね。まぁ、報告さえすれば彼も喜ぶだろうさ。彼が怒れば、私に責任を全部なすり付ければ良い。何せ、本当に私の責任なんだからね」
はははと快活に笑うアストラル。
しかし、アハシュの表情は険しいままだ。
『アハシュ、彼の言う通り、此処はいったん撤退しましょう』
いつの間にか二人の傍に来ていたギバラが、アストラルの言葉を肯定する。
『ギバラまで!! 何故今退く必要がある!?』
『私の力不足もあるけどぉ、あの滅龍十二使徒と赤毛の彼、それに後ろにはお姫様と得体のしれない奴が控えているのよぉ? 流石に、滅龍十二使徒クラスの敵と連戦は避けたいわぁ』
例えアルクとノインを倒したところで、その背後には得体の知れない、実力がまったくの未知数である存在、オプスが待ち構えている。
アハシュが龍形態の時に超々遠距離の咆哮を放ったけれど、それと同じ威力の咆哮をオプスは人型の時に放っているのだ。その事実だけでも、オプスが自分よりも格上である事を表している。
『引きましょう。此処で帰れなかったら、陛下の戦力が削がれるばかりか、情報までも失う事になるわよぉ?』
『くっ……!』
ギバラの正論に、アハシュは苦々し気に歯を食いしばる。
「分かったかな? このまま戦ってもこちらの陣営が損をする可能性が高い。それに、赤毛の彼はともかくとして、滅龍十二使徒は不確定要素過ぎたね。強引に行くには、あまり敵に回したくない相手だよ」
そうは言うけれど、誰もが此処にいる最強はアストラルだと分かっている。彼がいるだけで戦況は大きく変わるのだけれど、彼が手を出さない事をアハシュもギバラも知っている。そういう約束なのだ。
『……分かりました』
アハシュもこれ以上無理に戦う事の危険性を理解したのだろう。少しだけ頭を項垂れながらも、アストラルの言葉に頷いた。
「理解を得られて私は嬉しいよ。さて、じゃあ帰ろうか。ああ、済まなかったね君達。このお詫びはいつか必ずするよ」
最後にナホ達に向けて言って、アストラルはアハシュの背中に乗る。
『なぜ私の背中に!?』
「年寄りをこれ以上飛ばせるものじゃないよ。それじゃあ、獄炎城までよろしく」
あ~、楽ちんだと言ってのんびりするアストラルに、しかしアハシュはそれ以上何を言う事も出来ずに、くるりとその場で方向転換をする。
『……次は殺す、人間』
アルクに振り向き、最後にそう言い残してアハシュはゆっくりと飛んで行った。
『じゃあねぇ。また会いましょ~』
ギバラがノインに手を振り、アハシュの後を追う。
その姿が遠く見えなくなるまで油断は出来ず、二人はじっと龍の背中を視界に捉えていた。
ほどなくして二人が視界に捉えられなくなると、アルクははぁと深い溜息を吐いてその場に座り込んだ。
「だぁぁぁぁ……疲れた……」
「はぁ……それには私も同感だよ」
ノインもその場に座り込み、疲れたような笑みを浮かべる。
アルクにしてもノインにしても、強敵に次ぐ強敵との戦いだったので、その消耗は激しかった。
二人とも至る所に傷を負っており、見るからにボロボロだ。
「アルク――――――!」
そんなアルクにナホがばたばたと走り寄る。
「おう、姫さん。今日も何とか生き残……とぉわ!?」
「アルク!」
ばっと少し離れた位置からジャンプをし、アルクに飛びかかるナホ。
アルクは突然の事に面食らいながらも、流石の身体能力でナホを見ごとにキャッチして見せる。
「良かった、無事で……」
アルクの首元に顔を埋めて安堵するナホに対し、どうすれば良いのか分からず珍しく視線を右往左往させる。
視線を右往左往させる中で、鬼の形相でオプスがアルクを見据えるも、ナホからしたことなので手を出せずにいる。それはそれとして、近くの石を拾ってアルクの頭に石を投げつける。端的に言って、ナホに抱き着かれているアルクが羨ましいから。
「おい黒蜥蜴。石投げんな」
「黙れ赤毛馬鹿。姫様を心配させた罰だ。これくらい甘んじて受け入れろ」
「姫さんに怒られるいわれはあってもお前に石投げられるいわれはねぇよ」
額に青筋を浮かべながらオプスが投げる石を槍で打ち返すけれど、オプスはそれを簡単に避ける。
そうやって二人がじゃれ合っている間も、ナホは自身の不安な気持ちを落ち着けるために強くアルクを抱きしめる。
「はは。お姫様の抱擁とは、羨ましい限りだね」
からかうような口調で言いながら、ノインは苦笑をする。
そう言えば滅龍十二使徒が居たんだったと、ノインに警戒を向けるアルクとオプス。
共闘をしてくれたとは言え、それはそれ、これはこれである。共通の敵がいなくなったところで、またナホの命を狙ってくるかもしれない。
そんな警戒を見せるアルクとオプスに、ノインは苦笑しながら言う。
「いやぁ、流石に共に戦った人を手にかける程、私も落ちぶれてはいないよ。だから、そう睨まないでいてくれると嬉しいな」
「正直信用できねぇ。姫さんを問答無用で殺そうとした相手の言う事なんてな」
「それについては申し開きも出来ない。ただ、私も滅龍が職務だからね。済まなかったと思っているけれど、間違えた事をしたとは思っていないよ」
邪悪な龍を葬り去るのが滅龍教会の教義だ。だからこそ、ナホに襲い掛かった行動自体を悔いてはいない。
「邪悪な龍の鏖殺が貴様等滅龍教会の教義だろう? 姫様は人々のために戦う事を選んだのだぞ? 貴様が襲う理由など無いだろう」
「私としては、その教義に従っているし、その教義こそ正しいものだと思っているのだがね……いかんせん、滅龍教会も一枚岩ではないんだ。その教義を是とする者もいれば、龍とあれば見境なく殺そうとする者もいる」
「なるほど、貴様は後者か」
「いや、私は教義に従ってるって言ったよね?」
「しかし、見境なく攻撃してきただろう」
「そう言われるとやはり申し開き出来ないが、君達にとっても必要な事だったと、一つ諦めてほしいところだよ」
「必要な事だぁ?」
「ああ」
ナホを襲うのが必要な事だと言うのは、いったいどういう事なのだろうかとアルクは首をひねる。因みに、当の本人のナホはと言えば、泣き疲れたのか、それとも緊張の糸が切れたのか、アルクの腕の中ですーすーと寝息を立てて眠っている。
前回よりも、より強力な龍の力を使ったし、更に長時間の使用だったため疲れが溜まっているのだろう。
ナホを起こさないように座りなおしつつ、アルクはノインの言葉に耳を傾ける。
「彼女が教会の滅龍対象から外れるためには、私が彼女が無害である、人類にとって有益である事を上層部に報告しなければいけない。そのためには、私は彼女を、ひいては君達を試す必要があったのさ」
「姫さんに襲い掛かって、俺達の反応を見たって事か?」
「そう言う事だね」
「その割にはかなり本気で殺しに来ていたように思うが?」
「それはそうさ。本気でぶつからなくては相手の本気の想いは見えないからね。それに、もし君達が害意ある存在だった場合、私は君達を殺さなくてはいけないからね。相手を試すつもりが、自分が殺されてしまったでは笑い話にもならないからね」
なんて、笑いながら言うノイン。
「それで? 俺達はあんたのお眼鏡に叶ったのか?」
アルクがそう尋ねれば、ノインは穏やかに笑みを浮かべて言った。
「上には良い報告が出来そうだ。私としても、無益な殺生は望むところではないからね」
という事はつまり、ノインは上にナホは人類の敵ではないという事を伝えてくれるという事だ。
それを聞き、少しだけ安堵するアルク。
……いや、なんで安堵してんだ? 滅龍十二使徒と戦う機会が減るってのに……。……まぁ、姫さんを守るのが俺の役目だから、危機が減るのは良い事か。
安堵した自分に少しだけ首を傾げながらも、アルクは深く考えずに疑問を頭の片隅に押しやった。




