022 クレナイ流槍術、七の技
「お、らぁっ!!」
『はぁっ!!』
炎槍と炎爪がぶつかり合う。
アルクの槍を防ぎながら、アハシュは炎の鉤爪で反撃をする。
本当であればいったん引き剥がして、得意の遠距離攻撃で攻めたいところだけれど、炎の生成をする時間が無い。目まぐるしく動き回り、縦横無尽に繰り出される連撃を防ぎ、爪で反撃をするので精一杯だ。
これが紅蓮の龍であれば防御だけで反撃は出来なかったので、反撃が出来るアハシュはそれだけ卓越した戦闘能力を有しているという事になる。
大技で蹴散らしたい衝動を抑えつつ、堅実に防いで隙を伺う。武道では当たり前の事だけれど、龍に武道は無い。そのため、紅蓮の龍のように大技や範囲攻撃で対処しようと考える者が多いのだけれど、アハシュは冷静にアルクの実力を分析して対応をする。
だが、それはそれとして――
『ちょこまかと鬱陶しい!!』
――縦横無尽に動き回るアルクを鬱陶しいとは思うけれど。
「てめぇもでかい図体してるくせに素早く動いてんじゃねぇ!!」
――クレナイ流槍術、二の技、薙ぎの炎刃。
アルクの振るった槍を、アハシュは炎の剣を作り上げた尻尾で受け止める。
『こうすれば両手が空くな』
「なっ!? ずりぃぞ!!」
『尻尾が無い自分を恨むのだな!! 劣等種!!』
「っそ……!!」
炎を纏って振られる鉤爪。
アルクは咄嗟に後ろに跳び、鉤爪を回避する。
糸を足場に、アハシュをかく乱するように動き回る。
激しい攻防が続き、どちらの実力も拮抗していると思われるけれど、実際のところ追い詰められているのはアルクの方だ。
やべぇ……もうそろ足場無くなんぞ……!!
ノインの作り出した足場がもうそろそろで無くなりそうになっている。
紅蓮の龍の時のように地上から攻撃をしても良いのだけれど、紅蓮の龍よりも強いアハシュは紅蓮の龍よりも手数が多い可能性もあるし、紅蓮の龍よりも高威力である可能性もある。
どちらにしろ、紅蓮の龍よりも上手であるアハシュの領域での戦闘は極力避けたい。遠距離攻撃を延々放たれたらさすがのアルクも体力の限界で負ける。
それに、流れ弾がナホや街の方に行かないという保証も無い。オプスならばなんとでも出来るとは思うけれど、オプスには街ではなくナホの護衛に集中してもらいたい。
だから極力空中でけり付けてぇんだけど……!!
それを許してくれる程アハシュは甘くは無い。
自身の少し上の方から殺気を感じ、思わず跳び退る。
先程までアルクがいたところを、炎の槍が空気を焼き払いながら通り過ぎる。
「くっそ!!」
一瞬。ほんの一瞬だ。手近な糸が無く、少しだけ離れた位置に配置されている糸を足場にしている間に、アハシュは炎の槍を用意して発射したのだ。
アルクが飛び退っている間に、アハシュは更に上空へと距離を空ける。その背後には、炎の槍が両手で数えきれないほど生成されている。
完全に、遠距離攻撃の構えだ。
『今度は私の番だ、人間』
直後、数十の炎の槍が迫る。
足場の数はもう残り数本。一か八か、アハシュに届く距離だ。
しかし、届いたとしてもアハシュに届く一撃を与えられるかどうかはまた別だ。アルクの一撃はことごとく防がれてしまっている。
ナホの咆哮を打ち消したあの一撃であれば、通用すると確信している。けれど、あの一撃を出せる気がしないのだ。
まだ技量が足りない。熟練度が足りない。多分、足りないもの尽くしだ。あの一瞬、自分の中で何かがあの一撃を放つに足りえただけだ。そんな都合の良い展開、そうある訳ではない。
だから、求められるのは今放てる最大火力。あの炎の爪を砕き、堅い鱗を貫く最強の技だ。
不安定な足場での、出せるか出せないかの大技。それは、一か八かの賭けに他ならない。
「はっ! 上等だ!」
深く、踏み込む。
次の瞬間、アルクはアハシュに向かって飛び上がる。
炎の槍を残り少ない足場をふんだんに使って掻い潜り、高く高く跳躍する。
全ての足場が無くなった。その上、アルクの身体は足場のない空中だ。
わざわざ相手の得意なステージで戦ってやる必要は無い。この一撃に全てをかけて倒す。
『むっ!!』
槍の全てを掻い潜り突っ込んでくるアルクに驚愕するも、それも一瞬の事。この者ならそんな事くらいできて当然だと思考を切り替え、アハシュは即座に最大火力の咆哮を放つ。
咆哮でどれほどの被害が及んでも構いやしない。どうせナホはオプスが守るだろうと分かっているから。だから、アハシュはまったくの手加減も無しに咆哮を放つ。
即座に繰り出される灼熱の奔流。
アルクは空中で構え、技を放つ。
自分の出せる最大火力。裏技でも、派生技でもない、新しい技。
――クレナイ流槍術、七の技、炎天昇り龍。
かつてオウカが言った。自分の故郷にある龍の伝承では、蛇のような体躯に四本の小さな手足を持った存在が龍であったと。
それでどうやって歩くんだと思ったけれど、その龍は歩かず、空を飛び続けると言う。
オウカが下手糞な絵を描いて見せてきた時はオウカの冗句かなんかかと思っていた。
それに加え、鯉と言う魚が滝を登った末の姿なんて言うものだから、にわかには信じがたかった。
『昇り龍っつって、絵になるくらいだったんだよ? こんな感じ!』
そこそこ貴重な紙を無駄遣いして描かれた絵はやっぱり下手糞だった。けれど、もしそんな龍がいて、天を昇って行くのだとしたら、確かに綺麗かもしれないとは思った。そして、それを見てみたいとも思った。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
吠え、天を昇るアルク。
アルクの昇った軌跡はまるで龍がうねりながら天を駆けるようであった。
『空は我らの領域だ。墜ちろ人間ッ!!』
アハシュの灼熱の奔流が迫る。
「てめぇこそ墜ちろ!! 邪魔なんだよ糞蜥蜴!!」
アハシュの咆哮にアルクは真っ向からぶつかる。
衝突は衝撃波を生み、容赦なく物や人を吹き飛ばす。
「うわっ」
「姫様、私の後ろに」
それは離れた場所で戦いの行方を見守っていた者達にも被害を及ぼす。
「うぎゃあ!?」
「何かに掴まれ!! 飛ばされるぞ!!」
「何かってなんだ!?」
「あぁ!? 適当に掴まれや!!」
「あー! わたしの杖がー!!」
「俺の貯金叩いて買った剣がぁぁぁあああああ!!」
わりと余裕そうな悲鳴が聞こえてくるけれど、現場は混迷を極めている。
「皆さん! 私の傍に! 防壁を張ります!」
ビビが魔術で防壁を張り、『クルドの一矢』のメンバーはその壁の後ろに隠れて耐える。
ナホは、オプスが背後に庇って守る。オプスの後ろは、何故か暴風が無く、ナホは髪型一つ乱す事無く平然と立っていられる。これほどの暴風であれば、龍の力に目覚めたナホであっても身体を持っていかれそうなものなのに。
当の暴風にさらされているオプスも、ナホと同様に髪型一つ崩れない。
「おい! あの黒いあんちゃんの後ろは平気みたいだぞ!!」
「あのあんちゃんの後ろに移動しろ!! あそこなら安全だぞ!!」
「移動ったってどうすんだよ!?」
「這って移動しろ! 一番動きやすい!!」
「魔術使える奴は魔術で防御しながら進め!!」
冒険者達はオプスの後ろが安全だと分かるや否や、もぞもぞと地面を這って移動を始める。その光景は中々に異様であり、真剣な戦闘の最中にも関わらずに少しだけ笑ってしまいそうになってしまったナホ。
いけない。飛ばされたら大変なんだから、笑っちゃ駄目だ。
「なるほど。皆さん、私達もオプスさんの後ろに行きましょう」
「そうだな」
「無駄に魔力消費しなくて済むしね!」
『クルドの一矢』のメンバーも、防壁ごと移動しながらオプスの背後に入る。
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
「ええい! 貴様等図々しいぞ!! 私の背後に隠れて良いのは姫様だけだ!!」
くわっと凄んで見せるオプスだけれど、その背後にはわらわらと人が集まっており、凄んで見せたところで喜劇の一幕のようでしかない。
それに加え――
「オプス、駄目?」
――駄目押しのナホの小首を傾げてのお願いである。
「いえ、駄目ではありません。貴様等! 居ても良いが大人しくしていろ!!」
「「「「「「「はーーーーい」」」」」」」
オプスの言葉にオプスの背後に隠れた全員が返事をする。
「姫様ありがとー!」
「姫様感謝ー!」
「愛してるぞー!」
返事の中に、ナホを称える声まで上がる。
「貴様等調子に乗るなよ! 姫様を称える言葉までは良しとするが、求愛をした奴は今すぐこの暴風の中に身を晒せ!!」
わちゃわちゃし始めるオプスの背後で、ナホはあははと乾いた笑いを漏らす。
「おい『クルドの一矢』!! 姫様に誰一人として近付けさせるな!! でなければ貴様等も此処から出て行ってもらうからな!!」
オプスのそんな言葉に、『クルドの一矢』も思わず苦笑を浮かべる。
「分かりました。野郎どもは一切寄せ付けさせません。という事で、リディアス、クレト、壁役を頼みます」
「え、俺達だけ!?」
「当り前です。貴方達も野郎なんですから」
「うわ、ひっでぇ……」
「まぁまぁ、安地に居られるんだから文句言わない。はいはーい、男どもは下がってー」
リディアスとクレトはナホから離れて、むさくるしい冒険者達をナホから離れさせる。
ブーブー言いながらも、冒険者達は二人に従って少し間を空ける。
申し訳ないけれど、後ろは二人に任せて、ナホはオプスの背後からちらっと顔を覗かせてアルクの方を見る。
アルクは炎に飲まれていてその姿を確認する事は出来ない。それが、より一層ナホに不安を与える。
「アルク、大丈夫かな?」
自然に口を突いて出た弱気な言葉。
「ええ、大丈夫です。あの馬鹿が、あんな弱火で死ぬはずありません」
ナホの言葉に、オプスは即座に答える。
言葉に迷いは無く、アルクが死ぬことが無いと言う事を確信しているようであった。
「時々思うけど」
「なんでしょう?」
「オプスってアルクととっても仲良しだよね」
「はぁ!? あ、いえ、すいません」
思わず素が出てしまったオプスを物珍し気に見た後、ナホはくすりと笑った。
「いえ、姫様。私とあの馬鹿は決して仲良しなどでは……」
「仲良しじゃなかったら悪口言われて怒らないなんて事無いでしょ? 二人ともとっても仲良しだよ」
「そ、そんな事は……」
「仲良しなオプスが言うんだから、間違いないよね。うん、アルクは勝つ。絶対に負けない」
うんうんと頷きながら、アルクの様子を見つめるナホ。
大丈夫だと自分に言い聞かせながらも、オプスの服を掴むその手は不安に震えていてた。
冗句を言って気丈に振舞ってはいるけれど、アルクが戦っているのが強者だと分かっているから、恐ろしいのだろう。
死んでしまうのではないか? もう二度と話が出来ないのではないか? そんな不安が尽きる事無く頭の中を駆け巡っているのだろう。
ひとまず、アルクと仲良しかそうでないかは置いておいてだ。オプスは、平然と言ってのける。
「あの馬鹿は、馬鹿ではありますが他人の気持ちを踏みにじるような馬鹿ではありません。姫様の気持ちも踏みにじったりはしないでしょう。ですから、姫様」
「なに?」
「思うのであれば、あいつが帰ってくる事を思ってやって下さい。そうすれば、あの馬鹿は帰ってきます」
淡々と、まるでそれが事実であるかのように言うオプス。
オプスでも感情論的な事を言うのだなと一瞬面食らったような顔をするも、ナホは嬉しそうにはにかんでから頷いた。
「うん、そうする。やっぱり、二人は仲良しさんだ」
「いくら姫様の御言葉でもそれだけには首を横に振らざるをえませんね」
「ふふ、照れてるー」
「違います」
少しだけ機嫌悪そうに言うオプスに、やっぱりナホはくすりと笑う。
ともあれ、オプスの言葉でナホの暗澹たる気持ちも少しは晴れた。
そうだ。守ってもらっている自分が信じなくてどうする。アルクは勝って帰ってくる。絶対に、帰ってくる。
ナホは心中でその思いを強くする。
「頑張れ、アルク」
小さく、けれど、しっかりとそう言葉にする。
それが聞こえていた訳では無いだろう。しかし、その直後にアルクの炎が強い輝きを見せて燃え上がる。
昇り龍は灼熱の奔流を喰らいながら、天を昇る。
『なにっ!?』
拮抗していた衝突が突如劣勢に変わり、アハシュは驚愕を露にする。その分、対応が遅れた。
自身の咆哮を喰らいながら昇ってくるのは、一体の炎龍。
殺られる。
即座に、そう思った。
「終わりだッ!!」
炎龍の顎がアハシュに迫る。
自身の死を予感したアハシュは心中で臍を噛む。
目の前が自分のものではない灼熱に染まる。
貫かれた、そう思った。しかし、痛みは無かった。
「いやぁ、間一髪ってところかな? 危なかったね、アハシュ君」
困惑しているアハシュの耳に、戦場に似つかわしくない呑気な声が聞こえてきた。




