5.第二種接近遭遇
公園は丘の麓にあるので、学食に向かう上り道は林の中の遊歩道になっている。その途中に小さな社がある。もともとあった社を、遊歩道を作る際に残した感じで、遊歩道や公園に比べて時代を感じさせる作りだ。何度も通っている道なので特に気にもとめていなかったのだが。
今日はなぜか。白い水干を着た獣っ娘が見えた。
というより。今までは見えなかったものが、今になって見えるようになった。と、確信した。絶対に魔力感知訓練の成果だ。
興味と訓練を兼ねて。魔力感知を意識的に集中する。邪悪さは感じない。狐耳に見えるし、しっぽもあるので、間違いなく神使って奴だ。たしか、宇迦之御魂神様にお使えしている。とかいう設定だったよね。こっちの世界にも不思議現象ってあったんだ。と、ちょっと感動。
遊歩道から念話を試みるが失敗。まあ、なんちゃって魔法訓練を受けただけだもんね。しかたない。というわけで、道を外れて社に向かう。滅多に人が通らないらしく、参道の脇には草が生えてるし、道の上には枯れ葉が残り、カサカサと音がする。
音に気づいたらしく、狐っ娘がこちらを見た。"やあ”という感じで右手を上げて挨拶する。
いぶかしげにこちらを見る狐っ娘。人に見られている確信がないのだろう。さらに接近。子供と話す時は目線の高さを合わせるんだったよね。と、漫画の知識を活用して、しゃがんで話しかけようと思ったが。小さな女の子に何って言えばよいのだろう。コミュ障が憎い。
というより。うちのキャンパス、女子が圧倒的に少ないので。女子との会話スキルが育たないのだ。男子校から期待して共学に来たのにがっかりだよ。
困っていたら。向こうも困ったらしく。首をかしげた。しっぽもちょっと揺れた。可愛い。
そのまま双方見つめ合ったまま時間が過ぎる。コミュ障同士で会話が成立しない。
そのとき、あの、接近遭遇映画のテーマが脳内を流れた、これを天啓として右手の人差指を差し出す。しかし、脳内にテーマ曲が流れてるのは自分だけらしく。狐っ娘は警戒態勢。接近遭遇テーマ曲は脳内をガンガン流れるが、相手の理解は得られなかったようで。ファーストコンタクトは失敗に終わった。
狐っ娘の姿が消え。虚しく指を差し出した自分だけが残った。間抜けである。
山道を登りながらこう考えた。そもそも、接近遭遇映画と指を差し出す映画は別作品じゃないか。当然、曲も違っているから効果が流された。わきゃないか。
とかくに人の世は住みにくい。
元ネタは、夏目漱石の草枕。未知との遭遇。ET