桜の眼差し、人の宣告
かなり間が空いてしまいました。
代わりに絵を挿入してみました。。。
伸吾と楓が桜の木の下で初めて出会ってから四日が経った夕方。学校帰りの伸吾は再び桜の木を見上げていた。
四日前の伸吾は桜の木を見上げて驚いていたが、今回は違った。
伸吾は桜の木から少し離れた所に座ると、鞄の中からスケッチブックと色とりどりの鉛筆を取り出していた。どうやらスケッチをするつもりらしい。
伸吾の座った場所と向いている方向を考えるとスケッチの対象は桜の木であろうことが考えられる。そして、夕方の光を受ける桜の木を学生服のまま伸吾はスケッチブックに何かを描き始めた。
――どんな絵を描いているのかな?
桜の木はつい先日興味を持つ対象になった人物の行動が少しだけ気になっていた。
桜の木が伸吾の様子を眺め続け、伸吾が視線を桜の木とスケッチブックに行ったり来たりさせてからしばらくが経つが、伸吾の腕は止まることなくひたすら描き続けていた。
そろそろ日の傾きも深くなり、辺りがうっすらの暗くなってきたことで伸吾はようやく手を止めた。
「あ……また夢中になりすぎちゃったかな」
暗くなってきていた事に気がつかなかったのか、周囲を見回した伸吾は一人で苦笑をしていた。そんな伸吾の表情は次の瞬間には表情が凍りついた。
「お疲れ様。季渡守くん♪」
「えっ?」
伸吾は急に話しかけられて固まった。
それから錆びた蝶番のようにゆっくりと体を捻り、声の主を見つけて顔がさらに引き攣るのだった。
「えっと……日野山さん、いつからそこに?」
「ん~……。四十分くらい前かな?」
「え?」
伸吾は素っ頓狂な声を上げた。どうやら伸吾は楓がすぐ後ろから眺めていたことにまったく気がついていなかったらしい。
その様子を見た楓は伸吾がおかしかったのか笑いを堪えるのに必死になっている。
一方の伸吾はばつが悪そうに顔を赤く染めていた。
「ところで何を描いてたの?」
込み上げる笑いが少しだけ収まったのか、伸吾に問いかけた。
「あぁ、これ? あの桜の木を描いてたんだ」
桜の木は伸吾の答えが予想した通りの結果だったため、特に反応しなかったが、伸吾の回答を興味津々に待っていた楓は少し関心をしていた。
「この大桜を描いてたんだ……。あの、ちょっとだけ見せてもらえませんか?」
楓はそのお願いを悪いと思っているのか姿勢が少し俯き加減になり、言葉も少しばかり丁寧になっていた。
しかし、伸吾は自分の描いた絵を見せるのが恥ずかしいのか顔を赤く染めてブンブンと音が鳴るのではないかと思うほど首を振っている。
その様子を見た楓は少しだけ考え込むような様子になった。
「あ……その、やっぱり僕は下手だから見せられるようなものじゃ……」
楓の態度を見た伸吾は慌てて取り繕おうとしたが、楓にとっては無意味な行動だったらしい。楓の表情が何かを閃いたように明るくなったと思ったら、次の瞬間には少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
――何を思いついたんだろう……。
桜の木は楓の様子に少しばかり良からぬ物を感じたが、実際はそこまで大した思い付きではなかった。
「季渡守君って確かこの大桜の樹齢を知りたがってたよね? 私が教えてあげるから代わりに絵を見せてもらえないかな?」
しかし、伸吾には十分すぎる破壊力を持っていたらしい。顔を赤くして俯いたままスケッチブックをおずおずと差し出していた。
楓は長く綺麗に伸びた黒い髪の毛を風になびかせながら両手を合わせて小首をかしげるようにお願いしていた。こんなわざとらしい行動になびくということは伸吾は女性に免疫がないのかもしれない。
桜の木は漠然とそんなことを考えながらその様子を見守っていた。
そうしているうちに楓は伸吾からスケッチブックを受け取った。そしてそのスケッチブックを開くと、感嘆の声を上げた。
「うわぁ!! すごく綺麗な絵だね♪ ねぇ、この絵があなたの姿なんだよ!!」
楓ははしゃいで桜の木に絵を向けて掲げた。
――え? あれが……僕?
桜の木は二つの意味で驚いた。
一つは楓が桜の木に向かって絵を掲げ見せたこと。もう一つは、純粋に絵が綺麗だと思ったからだった。
そんな桜の木の驚き等知る由も無い伸吾は楓のまさかの行動に、慌ててスケッチブックを取り返そうとしている。その様子は相当恥ずかしそうだった。
しばらくしてなんとかスケッチブックを取り返した伸吾は少し疲れ果てているようだった。
「もう、そんなに恥ずかしがる必要ないよ?」
楓は悪びれた風もなく絵を褒めようとしていた。
「約束だったからこの大桜の樹齢を教えてあげるね。 正確な樹齢はわかっていないけれど約四百年程になるらしいよ?」
楓が話す間に気力を回復していた伸吾は楓の言葉を聞いて目を見開いた。
「え? 四百年?」
「うん。でも本当に正確な年数は判明してないよ?」
楓は伸吾が何に驚いているのかが分からず、首を傾げている。
「うん……でもおよそ四百年も生きているなら数十年以内……下手をすれば数年以内に枯れてしまうかもしれないと思って……」
楓は伸吾の言葉に驚いた。
伸吾曰く、この大桜の種類を考えると四百年も生きれば枯れてしまう可能性も大いにあるとのことだった。もちろんこの言葉には憶測が含まれている。事実として、千年以上生きている桜の木も存在している。逆に、街路樹として見かける染井吉野に関しては六十年ほどで枯れてしまう。
そんなことは伸吾はともかく桜の木や弥生は知らない。
「そっかぁ……。うん。でもきっと大丈夫じゃないかな? それよりもう暗くなっちゃったよ。帰ろう?」
少し暗い雰囲気になりつつあった空気を楓は払うように明るく振舞った。その楓の言葉に賛同して伸吾と楓は帰路へとついた。
――そっか。僕は近いうちに死んじゃうのか……
桜の木は自分の運命の一端を垣間見たような気分になり、星の輝く夜空を見上げた。
2週間とちょっと振りに更新しました。
そしてこのお話を投稿した日がなんと小説を書き始めてからちょうど2ヶ月らしいです。
そんな私のお話にお付き合い下さいまして本当にありがとうございます。
挿絵は私の桜の木のイメージで、伸吾のスケッチという体で入れてみました。
※桜の木の寿命には諸説あります。ここに書かれている内容は作者が調べた上で可能性がある物の中から都合がつけやすい物を選んだものです。