桜の不安、人の生き方
僕が花を咲かせる時期は終わり、次第に日差しは強くなる。この季節は僕にとっても、人々にとっても些か厳しいと思えることがある。
そんな季節でも人々は一生懸命に生きる。
大粒の汗を流しながらも強烈な日差しに負けず、活気を漲らせて生きる人々は輝いて見える。その姿は400年近く経った今でも僕にとっては眩しい。常に佇むことしかできない僕にとってその姿は、その輝きは、まるで太陽そのものだ。
でも、元気がある人ばかりじゃない。
強烈な日差し、熱気によって苦しそうにする人も多い。そんな人々を助けてあげたいと思うけれど、僕は木陰を作ることしかできない。もうすぐ死んでしまう僕でもまだ木陰は作れる。
しかし、もうすぐ死んでしまうからなのか僕は十分な葉をつけることができなくなっている。僕には十分な木陰を作ることはできない。
そんな僕の木陰でも涼みに来てくれる人はいる。
大粒の汗を流していながらも活力が漲っている人、強い日差しと熱気に少し疲れてしまっている人。
僕は、僕の木陰を求めてくれる人がいるのならば十分とは言えなくても木陰を作ろう。僕の近くに来てもらえるように。僕が死ぬその時まで人々に接することができるように。
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弥生が生まれてから五年が経った春。弥生は赤いランドセルを背負って桜の下を歩いていた。今年から小学生になった弥生はこれから長くて短い学生生活を始めることになる。
真新しい赤いランドセルは春の暖かな日差しを跳ね返し、鮮やかな彩を小道に映えさせる。
弥生が通うことになる小学校とは、学生生活の始まりの第一段階とも言える。そこでは必然的に、今までにはない新たな環境が待ち構えているのである。
今までにも桜の木は、新たな環境の中に歩き出す人を多く見てきた。そのような人々の中には、新しい環境を楽しみにしている人もいれば、不安に押しつぶされてしまいそうな人もいた。そのため、桜の木は弥生が不安そうにしていないだろうかと心配をしていた。
しかし、ひと吹きの風と共に心配は散っていった。学生生活が始まる弥生の顔は好奇心に満ち溢れているようであった。新しい友達や勉強、それらのことを不安に思わず、楽しみにしているのだろう。
――本当に強い子だなぁ……。
桜の木は、そんな弥生の姿に強さを感じていた。
それからは毎日のように弥生は姿を見せていた。理由は至って簡単であり、桜の木の近くは弥生が小学校に行くための通学路になっていた。
桜の木にとって学生や社会人が朝や夕方に近くを通りかかるのは、長年の自分のあり方のように変わらない風景だった。そのため、弥生がここを学生として通ることになる可能性は5年前から存在しており、大げさに言えば桜の木はそうなることを望んでいた。
結果としては桜の木の望みは現実となり、朝と夕方において弥生の日々の成長を見守ることができるようになった。
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桜の木が見る限りでは、弥生の小学生としての生活には大きな問題は出ていないようであった。母である楓の子育ての影響からか、毎日ほぼ同じ時間に弥生は通学している。基本的には元気で明るく学校に向かっていた。
学校帰りも元気いっぱいで、学校から帰ったと思ったら友達と一緒に遊びまわったりもしているようであった。
浮かない表情の時もあったが、だいたいは二、三日もすれば元気になっていた。
端的に言ってしまえば弥生の生活は一般的であり、特に変わったところもなかった。また、弥生自身も特に人と違った部分が目立つ子ではなかった。
それでも桜の木は弥生の事を見ていたのである。だからこそ、弥生が元気な時は安心もしたし、朝になっても近くを通らない時は心配もした。暗い顔や、泣きそうな顔をしていたときには不安にもなった。
朝に近くを通らない理由が風邪だった分かったとき、桜の木は通らない理由を知ることもできず、何もできなかったことに苛立ちを覚えた。暗い顔をしていた時には、話ができないことや聞きに行ってあげられないことに無力感を覚えた。泣きそうな顔をしていた時には、慰めてあげられない自分自身に嫌気が挿した。
桜の木は、自分が桜の木であることを自覚はしているが、それでも何もできないことの悔しさはこみ上げる。
そうして1年が経ったある日、桜の木はある光景を目の当たりにした。
弥生が桜の木に話しかけてきたのである。
「木って、お話を聞くことができるのかなぁ?」
そんな可愛らしい疑問から弥生の言葉は始まった。
四百年近く生きてきた桜の木には、弥生のように気にかけてみた人や、桜の木に向かって話しかけてくる人は確かに存在した。しかし、それらの人々は常に別の人であり、桜の木が気にかけていた人から話しかけられるのは弥生が始めてであった。
――ちゃんと聞くことはできるよ。
桜の木は弥生には聞こえないのがわかっていた。しかし、つい返事をしていた。
「あのね、お父さんとお母さんはあなたのことが大好きなんだって」
弥生は聞こえていると確信できている訳ではないのに話し続けた。
桜の木は、それがたまらなく嬉しかった。まるで、心地よい風を運んできてくれているかのようで、何もできないことの悔しさも散っていくかのように感じた。弥生が話しかけてくれることが嬉しかった。
暗い感情が消えてしまうわけではない。それでも弥生の話を聞くことで、自分が自分として在れば良いと感じさせられるようであった。
弥生の話は伸吾と楓が桜の木のことを好きだということ。弥生自身も桜の木が好きだということ。学校であった嬉しかったことや悲しかったことを話していた。
それらの話は弥生の一年を振り返ったものであり、桜の木は1年を通した弥生の顔を思い出しながら聞いていた。
話した理由は、弥生自身も父の伸吾も母の楓も大好きな桜の木に知ってもらいたいからということだった。
二年生の初め、桜の花が満開に咲くこの場所で弥生は話し続けてくれた。それからは度々、桜の木を訪れては他愛もない話をしてくれる。
さらに一年が経ち、弥生が三年生になってからも桜の木に話しかけてくれていた。桜の花が満開の頃には一年を振り返った内容を嬉々として話してくれた。
今年もきっと良い年になるようにと、桜の木は願った。
そんな年の夏のある日、それは起こった。
2話まで公開していましたが・・・なんと・・・100PVと70ユニークを超えていました!!
本当にありがとうございます!!
このアクセス数が良いのか悪いのかわからないですが、私としてはすごく嬉しいです。
今回は小学生編的な感じですが、ストーリー構成が思ったより長くなってしまったこと、私のお仕事の都合などにより、何部かの小分けにさせていただきました。
さっさと書けばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、まだ初心者の私は想像以上の遅筆なのでお許しください。。。
また、次回は来週の日曜日には更新できるようにしたいですが、もしかしたら再来週になってしまうかもしれないです。
待ってくださっている方がいましたら本当に申し訳なく思います。
あとは・・・日曜日に更新するとか言っておきながら日曜日にぎりぎり間に合いませんでした・・・本当に申し訳ないです。
より一層精進します。。。