桜の思ひ、人の強さ
今日も人々は僕の近くに来てくれる。彼女もきっと来てくれて、僕の根元に寄り添うように座りながら本を読むだろう。
でも、僕はもうすぐ全ての花を散らすことになる。
僕は……。僕の花は必ず毎年散る。毎年花が散ること。それは僕がどんなに頑張ったとしても避けられない。
人々は僕の花が散ることを、毎年のそれと同じなのだろうと思うかもしれない。
けれども僕は、今年で死んでしまう。
だからこそ強く。だからこそ美しく。人々の中でも咲き続けられるように精一杯花を咲かせようと思う。
春の終わりが近づく時期。僕がほんの少しだけ寂しさを感じる時期。一年の短い間。その賑やかな時が終わりを見せる時期。そんな時期を大嫌いに感じていたこともあった。
でも今はそんなことはない。
僕が咲き誇り。ほんの少しの暖かさと力を心の中に溜めた人々が頑張り始める時期。僕の散り際の時期はそんな時期だから。僕は人々が好きだから。だからこそ今が春が終わってしまう時期でも好きだ。
寂しくないと言えば嘘になってしまう。でも、活力に漲る人々の背中を眺めるのは僕の楽しみの一つになった。季節の終わりに寂しそうな顔をする人もいるけれど、それはほんの一瞬のことである。これから先を頑張るため。人々の背中からは強い生命の力を感じることができる。
そんな強い力を背中から見せてくれる人々は言う。僕の花の散り際に美しさを見出すのだと。それならば僕は、盛大に咲き誇る。そして、優しいかぜに花びらを乗せようと思う。これから先も頑張れるように。僕のささやかながらの応援を伝えることができるように。
そして何より――人々の記憶に長く残れるように。
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桜の木が初めて『弥生』と名づけられた子と出会ってから一年が経った春。今年も桜の木は盛大に咲き誇る。
母親の楓と一緒に散歩に来たのであろう弥生は立ち上がり、歩くまでになっていた。その様子を見て桜の木は人の成長は早いものだと感じていた。
桜の木は樹齢にして四百年近くになっているため、人とは比べ物にならないほど長くこの場所に根を張り続けている。そんな桜の木から見ると人の成長を早く感じるのは当然であった。また、同時に人の生涯を短いとも感じる。
しかし、桜の木は人のことを可哀想だとは思わなかった。むしろそう思うのは人に対して失礼であると考えていた。
桜の木は人にできないことができる。しかし、同時に桜の木にはできないことが人にはできる。さらに、人が短い生涯を力強く懸命に生きる姿は一人一人が個性的であった。それは桜の木には考えられないことであった。
彼らは一人一人違う顔を持ち、好きなことや得意なことも違う。それは人と同じであったが、その生き方は大きく違うものではなかった。また、変えることもできなかった。
だからこそ桜の木が人に対して持つべき礼節として、人の短い生涯を可哀想だと感じるのは失礼に当たるのである。
弥生は桜の木の近くへ連れられてからしばらくは、よたよたと桜の木の辺りを歩き周って遊んでいた。その様子を楓は微笑みながら見守っていた。桜の木もまたその様子を見て心が温かくなっていくのを感じていた。
弥生は歩くということを覚え、自分の力で好きな場所へ向かうことができるということが楽しいと感じているのだろうか。そんなことを桜の木がぼんやりと考えていた。次の瞬間、弥生が盛大に転んでしまった。
原因は桜の木だった。弥生は桜の木の根が地面から顔を出している場所で足をひっかけてしまったのだ。
桜の木は慌てた。過去にも桜の木に足をひっかけてしまったが為に転んでしまった子は多かった。しかし、それは弥生のような歩き始めたばかりであろう子どもではなかった。子どもながらにも成長し、子どもながらにも体が丈夫になってきた子ばかりだったのである。さらに、その子達は例外なく転んだ時に泣いてしまっていた。
痛みに耐えかねてなのか、驚いてなのかは桜の木にはわからない。しかし、例外なく泣いてしまっていたのだ。
次の瞬間には桜の木は驚くことになった。
弥生は泣かなかった。
弥生は泣きじゃくることはせず、自身の力で再度立ち上がったのだ。
力強く地面を押し、拙いながらも桜の木に掴まりながら立ち上がっていた。弥生の表情は今にも泣きそうにも見え、微かな笑顔が浮かんでいるようにも見える。弥生の表情はそんな曖昧ともとれる表情だが、そんな表情からも弥生の力強さは滲み出ているように桜の木は感じた。
次の瞬間には弥生の表情は楽しげなものに戻っていた。転んでしまった弥生を楓が抱き上げていたのである。その楓の顔には驚きの色が僅かながらに浮かんでいたが、次の瞬間にはやさしく包み込むような笑顔になっていた。
「あらあら、弥生ちゃんは強いですね~♪」
楓は弥生の体を軽く上下に振るようにあやしながらそんな言葉を弥生に与えていた。弥生は言葉の意味を理解しているのだろうか、きゃっきゃと笑ってそれに答えているように見えた。
本当に優しい、母親の愛が込められている言葉。そんな言葉が自然と出てくる。その様子から楓は母親として強く、優しいのだと、この家族は幸せなのだと感じることができた。
そんなことを感じると同時一方では、桜の木は自身への憤りを少なからず感じていた。桜の木にはどうすることもできないのは分かっている。どうすることもできないのも分かっていた。
だからこそ憤りを感じた。
自分のせいで弥生にケガを負わせてしまうかもしれなかったこと。弥生を泣かせてしまっていたかもしれないこと。転びそうになった所を受け止めてあげることもできないこと。
その場に立ち尽くし、見守るしかできない自分が情けなくて悔しいのだ。
さらに、もしもケガを負っていた場合には弥生自身だけではなく楓やその夫であり、弥生の父親である伸吾にとって辛い思いをさせていたかもしれないのだ。幸せが一つ。なくなってしまっていたかもしれないのだ。
それが、桜の木にはとても怖かった。見守っていきたいと思えた一つの家族。その家族を壊してしまうかもしれなかったから。
今回はそうならなかったが、それは運がよかったとしか言えないと桜の木は感じていた。
しかし、人は決して弱くない。この程度のトラブルで幸せが、家族が崩れて消える事はそう簡単にない。
桜の木は四百年近く生きてきた、だからこそその程度のことは十分理解しているはずだった。それでもそんなことを感じてしまったのは、桜の木がこの家族のことを強く気にかけているからかもしれない。
そんなことが桜の木の頭に過ぎっている内に、弥生は楓によってベビーカーに乗せられていた。
その直後には、先ほどまで元気に遊んでいたはずの弥生がすやすやと寝息を立てていた。
――あぁ、この子はきっと幸せになれる。
そんな様子を再度認めた桜の木は弥生が強い子であるとなんとなく確信した。そして、その両親も優しくて強い。さらに、弥生は家族によって幸せに包まれている。
だからこそ弥生が幸せになれると感じたのだろう。
「あらあら、もうおねんねしちゃったのね」
クスッと笑った楓はベビーカーをゆっくりと走らせて帰っていった。
桜の木はその様子を静かに見守った。
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あれから何度も母親である楓と弥生は桜の木の元を訪れていた。夏が来て葉桜になってからも来てくれていた。
そうしている内に秋が来て、やがて冬が来る。そして再度春が訪れる。
この時には弥生は幼い子独特の、たどたどしい言葉を使った会話もできるようになっていた。歩き方においても去年までのよたよたとした歩き方から幼いながらもしっかりとした足取りに変わり、去年とは比べ物にならないほど活発になっていた。
その成長は桜の木にとってもうれしかった。
さらに一年が過ぎ、弥生は三歳になっていた。
生まれて来た頃から比べるとずいぶんと立派に成長している。
人の成長は本当に早いのだと桜の木は思った。ぽやぽやだった髪の毛は左右で三つ編みになっていた。目はぱっちりと大きく開き、はたから見ても弥生の姿は可愛らしいだろう。そして、小柄な体を一生懸命使って走り回っている。
「まま、あれなぁに?」
走り周っていた弥生はふと足を止めて楓に何かを尋ねている。
「あら、弥生ちゃんはなんだと思う?」
楓は弥生に聞き返していた。
その様子を桜の木は興味深げに見守った。
「ん~。おはな?」
少し考え込んだ弥生は首をかしげながらそう答えた。
「よくわかりましたね~、弥生ちゃんは偉いですね~♪」
楓は弥生の頭を優しく撫でながら褒めている。 弥生は褒められて嬉しいと感じているのだろうか、それとも頭を撫でられて気持ちよかったのだろうか。目を細めて喜んでいる。
楓さらに一言付け加えた。
「あれはね、『サクラ』って言う名前のお花よ」
「さくら? きれーだね♪」
弥生は一瞬だけ小首を傾げたが、すぐに明るい笑顔で桜の木を見上げて楓にそう話している。楓はそれに同意しているようだった。
――綺麗……か。
桜の木はほんの少しだけ、弥生が自分に興味を持ってくれたこと。綺麗と言ってくれた事が嬉しかった。
今年はきっと、いや、これからもきっと何度も足を運んでくれるだろう。
少しずつだけど早い、そんな弥生の成長をこれからも見守っていきたい。
桜の木はそんなことを思うのだった。
何とか中1日で投稿することができました。
そして、初投稿なのに50PVと30ユニーク。良いのか悪いのかわかりませんが私としてはすごく嬉しいです。
次回の更新はおそらく1週間後になるかと思います。
待っていてくれる方がいるのかどうかはわかりませんが・・・。
引き続きお付き合い頂ければと思います。
また、指摘等もございましたら遠慮なく突きつけてやってください。
まだまだ未熟ですがよろしくお願いいたします。




