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枯れゆく時に思ふこととは  作者: 靉靆
桜の眼差し
13/13

桜の眼差し、変わらぬ人々

まさかの二ヶ月直前です……。

「……という感じなんだけど。弥生にはまだ少しだけ早かったかな?」


 桜の木が自分の記憶をたどり終えると、伸吾も大まかに掻い摘んだ楓との出会いを話し終えていた。


「ううん。なんか少しだけ嬉しかったよ」


 伸吾の話を聞いた弥生はほんの少しだけ頬を染めながら隣に座る伸吾を見上げており、その様子を見て満足した伸吾は暖かな父親の眼差しで弥生を見ていた。


 ふと、弥生は伸びをしてから遠くの空を見つめるように視線を上げた。


「私もお父さん達みたいな恋をしたいなぁ……」


 少しだけ上気した顔で零れるように漏らしたその言葉に、伸吾が一瞬固まった。


 伸吾は錆びた蝶番のような動きで首を回し、弥生から視線を逸らした。次の瞬間、伸吾の瞳はどこか物悲しそうな物になった。


 桜の木はこの伸吾の瞳を過去にも見たことがあった。


 いつの時代でも父親という生き物は同じらしい。


 父親にとって娘とは特別な存在であり、成長を感じた嬉しさと娘が離れて行ってしまう寂しさ。これらの物が綯い交ぜになった感情は常に頭を渦巻いていることだろう。


 桜の木は伸吾の瞳が示すものが父親としての複雑さのように思えた。


 桜の木は伸吾たち親子を見てきているが、何の変哲も無い家族でしかなかった。およそ四百年の間に見てきた様々な家族と何ら変わらない家族なのである。


 だからこそ桜の木は伸吾の気持ちを何となく理解できる気がした。弥生もこれからさらに成長し、いつかは独り立ちして親元を離れる。遅かれ早かれ子は親の元から飛び立つ日がやってくるのである。それは成長と共に少しずつ近づいてくる日常の一ページでしかないだろう。


 人生と言う名前の物語を綴る本は“今”と“過去”しか読むことができない。未来に起こる出来事はどんなものかわからないし、いつ訪れるかもわからない。


 そんな未来の中に必ずしも起こってしまう出来事。子の巣立ち。


 これが近づいていると認識できる一つの鍵が子の成長である。


 それを感じ取った伸吾はいつしか来るであろう弥生の巣立ちを思い浮かべてもおかしくはないし、実際に思い浮かべてしまったのだろう。


「伸吾さん。弥生?」


 遠くを見て呆けていた二人に声をかける優しげな女性の言葉が響いた。


「え? あっ、楓……」

「ん? あっ、お母さん?」


 伸吾も弥生も楓が近づいてきていたことに全然気が付かなかったのだろう。些か間抜けな反応をしていた。


「もう、二人そろってこんなところで何を呆けていたの?」


 声色と言葉には少しだけ呆れが籠もっているが、楓は穏やかな表情で二人を見つめていた。


「いや、ちょっと思うところがあっただけだよ」


 伸吾はそう言って立ち上がって埃をほろった。


「さて、時間も丁度いいしお母さんもいるから帰ろうか」

「うん」


 そう言って伸吾が差し伸べた手に掴まって弥生が立ち上がった。


「あ、お父さん」


 家族そろって帰路へ着こうとした時に弥生が何かを思い出したように伸吾を呼び止めた。


「あのね……」


 そう言って弥生は伸吾にそっと耳打ちをしていた。


「あら、弥生。なーに? お母さんには聞かれたらだめなことなの?」


 その様子を見ていた楓はくすくすと笑いながら弥生にそう問いかけていた。


「えっと、そんなことはないんだけどお父さんから直接聞いてみたいことがあったから……」

「そうなの? それじゃあ私は先に帰っちゃうわね」


 そう言って面白い物を見つけた子どものような顔をした楓は伸吾と弥生に背を向けて歩き出してしまった。


「あーっ! お母さーん。待ってよー」


 弥生は慌てて楓の元に走り寄り、楓に並んで歩き出した。


「……答えなくてよかったのかな?」


 一人出遅れた伸吾は苦笑しながらゆっくりと歩き出した。



===================



 伸吾たち一家が桜の木の元から去った後、桜の木は弥生が最後に聞こうとしていたことを思い出していた。


 弥生の質問は桜の木にも微かに聞こえていたのである。


「お父さんはどうして一年もお母さんを待たせたの?」


 これは当時の桜の木も気になったことであった。


 桜の木でさえも気になるのだから当時の楓も気になったいたのだろう。事実、楓はその場で伸吾に理由を問うていた。


「伸吾さん。伸吾さんはどうして私に一年待ってくれと言ったのですか?」

「僕が楓さんに釣り合わないと思ってた理由だね……。すごく下らないことなんだけどさ……」

「ん?」

「当時の僕は楓さんがあまりにも眩しくて……。自分を保っていられる自信がなかったんだ……」


 伸吾は恥ずかしげに俯いてしまった。


「それにさ、ずっと絵を描いてきてたのになかなか芽が出なくて……」

「そんな……」

「何より楓さんに上手と言ってもらえたことだったから……さ、せめて誇れる物にしてから思いを告げたかったんだ」


 そう言った伸吾の顔からは火が出んばかりに赤くなっているが、はにかんだ笑顔は楓にとっても桜の木にとっても眩しいものであった。


 事実、伸吾は一年間でコンクールでもちゃんと入賞していたらしい。


 そのことを思い出した桜の木は改めて思いなおした。


 伸吾と楓は結ばれるべくして結ばれ、弥生は生まれるべくして生まれてきたのだろう……と。

またまた間が空きすぎました。。。

桜の眼差し編は次回が最終回になると思います。


そして、更新を楽しみにしてくださっていた方もそうではない方もいつもありがとうございます^^


感想や意見等いつでもお待ちしております。

もしももらえたりなんかしたら泣いて喜びます。

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