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『神との対話』との対話  作者: いのうげんてん
2章 『神との対話』-私なりの説明
60/245

  (6)価値

記述ルール

────────────

①原著の引用文は、┌---で囲み、引用ページは、《神との対話1- P22》(1~3巻-ページ)と表します。(続編『神との友情』、『新しき啓示』も同じ)

②原著の対話形式は、神:、ニール: のように発言者名を文頭に記し、表します。

────────────


〔5 生 活 (6)価値〕


┏━あらすじ━━


 人間は、神性を体験しているという意味で、神にとって絶対的な価値を持っている。


 神は人間の行為に対して、善し悪しの価値判断はしない。もし価値判断をしたら、人間が自由意志で神性を体験するという、神の本来の創造目的を損なってしまう。


┗━━━━━━━



[5-(6)-1]《ひとには生きていく基本的な権利がある。たとえ、何もしなくても、生きる権利がある》


┌----------

 ひとには生きていく基本的な権利がある。たとえ、何もしなくても、生きる権利がある。尊厳をもって生きることは、ひとの基本的な権利である。


 何が人生の浪費かを判断するのは、あなたがたではない。70年間、何もせずに詩を考えていたあげく、何千人もの人びとの理解と洞察の扉を開くようなソネットを、たったひとつだけ生み出したとしたら、その人生は浪費だろうか?


 あなたは、自分が何者であるかを決めるべきであって、他の誰かが何者であるか、あるいは何者でないかを判定する必要はない。


《神との対話2-P265》(一部略)

└----------


 辞典・大辞林によれば、「価値とは、物が持っている、何らかの目的実現に役立つ性質や程度をいう」とあります。すなわちある物が、主体である人間などの意図する目的実現に役立つときに、その物に価値があるというのです。


 主体の意図に対して、対象がどれだけ有用性を持つかという相対性によって対象の価値は決まり、対象そのものにもともと価値があるわけではないのです。


 水を例に上げてみましょう。


 水の価値は水自体にあるのではなく、水を必要とする人間(主体)の欲求に、水がどれだけ応え得たかによって決まるのです。その証拠に、水のない砂漠では水の価値はきんに等しいといわれるのに対して、水の豊富な日本では、トイレなどで水を安易に使用しています。


 人間の価値について考えてみましょう。


 価値を考えるときには、必ずその主体が何かを、明確にする必要があります。人間にとっての主体を考える視点には、大きくいって2つの視点があります。


 1つはマクロ的、宇宙的な視点で、神(主体)にとって人間の価値はいかなるものかというものです。


 神は神自身(神性)を体験するために人間を創造し、神性を体験するために人間は人生を歩んでいます。全ての人間は、神にとってかけがえのない存在であり、それゆえに、神という主体にとって、人間は絶対的な価値を持っているのです。


 もう1つの視点はミクロ的なもので、社会に生活する人間(社会人)としての価値は何かというものです。


 社会人としての価値は、その人にとっての主体が何かによって異なります。例えば、会社に勤めている人であれば、会社や上司がその人にとっての主体にあたります。会社や上司の目的実現にどれほど役立っているかによって、その人の価値が決まるのです。そしてその価値の対価として、報酬(給料)が支払われるのです。


 人間の価値観は、各自の生まれ持つ個性、生育歴、教育歴などによって形成されます。人生で出会うさまざまな出来事に対して、どう判断し対応するかは、各人の価値観が大きく係わってきます。


 したがって、人生において何を体験するかは、個人個人のもつ価値観や人生観によって変わってくるのです。お金に価値を置く人は、お金中心の人生を歩むことでしょうし、真理に価値を置く人は、真理探究に時間を費やすことでしょう。


 さらに『神との対話』では、神性を体験するという役目を担った人間の価値は、はたの目からは判断できないといっています。


 人間は人生を歩むこと自体で、神性を体験するという神の創造目的を実現しているのですから、全ての人間は、神にとって大切かつ絶対的な価値があるのです。


 人間が人生で何をしたかという事柄自体は、神にとって意味(価値)がありません。神にとっての人生の意味(価値)は、神性のどの側面を人間が体験したかにあるといっているのです。



[5-(6)-2]《わたしは、どちらにしたほうがいいとは言わない。ただ、観察しているだけだ》


┌----------

 わたしは、どちらにしたほうがいいとは言わない。ただ、観察しているだけだ。


 あなたは観察を「批判」だと、事実の指摘を「こっちのほうがいいという好み」だと言いたがる。だが、同時に正確にものごとを伝え、考えたがっているのがわかっているから、そのたびに、注意してあげているんだよ。


 シアトルに行きたいと言いながら、サンノゼに向かっているあなたが、通りがかりのひとに方角を聞いたとき、相手があなたは「間違っている」と言ったら、それはいけないことかな?


《神との対話3-P382》(一部略)

└----------


 神は人間の行う行為に対して、善し悪しの価値判断はしないといっています。もし価値判断をしたら、人間が人生を自由意志で歩むことによって神性を体験するという、神の本来の創造目的を損なってしまうのです。


 神と対話する中で、神が語るある発言に対してニール氏が、「それは価値判断ではないのですか。神は価値判断はしないと言いましたよ」と指摘しています。


 それに対して神は、シアトルへの旅の話を例えとして説明しています(シアトル、サンノゼはアメリカの都市名です)。


 シアトルに行きたい人がサンノゼに向かっている時、「その方角は間違っている」と他の人が指摘したら、それは価値判断をしていることになるのかと、神はニール氏に尋ねています。


 それは価値判断をしているのではなく、あるがままを観察して、方角の間違いを指摘しているのだと、神は説明しているのです。神は、いかなる人間の行為に対しても、善し悪しの価値判断はせず、ただ観察しているだけだというのです。



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*〈いのうげんてん〉からのお願い:神・生命に関心のおありの方に、当ページを紹介いただけましたら嬉しく存じます。→http://ncode.syosetu.com/n6322bf/

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