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『神との対話』との対話  作者: いのうげんてん
2章 『神との対話』-私なりの説明
59/260

  (5)善悪

記述ルール

────────────

①原著の引用文は、┌---で囲み、引用ページは、《神との対話1- P22》(1~3巻-ページ)と表します。(続編『神との友情』、『新しき啓示』も同じ)

②原著の対話形式は、神:、ニール: のように発言者名を文頭に記し、表します。

────────────


〔5 生 活 (5)善悪〕


┏━あらすじ━━


・「善悪」は、物事の価値判断を表す言葉で、その有益性の有無を相対的に表したもの。物事の目的にかなった有益な考えや行為は「善」となり、その反対は「悪」となる。


・人間は長い歴史の中で、経験をもとに価値基準を構築してきた。中でも宗教は、その基準の構築に深くかかわっている。


・神が「善悪」の基準を押し付けるものではなく、人間が自由意思をもって何を善とし、何を悪とするかを観察している。


・人間は、物事の正邪、善悪を判断する行為によって、自分自身を表現し、定義付けているといえる。


┗━━━━━━━


[5-(5)-1]《わたしは正邪も善悪も決めたことはない》


┌----------

 わたしは正邪も善悪も決めたことはない。そんなことをしたら、あなたがたへの最高の贈り物がだいなしになる。したいことをして、その結果を体験するという機会をあなたがたから奪うことになる。


《神との対話1-P59》

 ------

 わたしはただ、事実を観察している。あなたがたが善悪のシステムをつくり出し、賛成したり反対したりするのを眺めているだけだ。


《神との対話3-P252》(一部略)

└----------


 『神との対話』では、「善悪」について語られています。


 「善悪」は、物事の価値判断を表す言葉で、その基準は、個人、社会、民族、国家によって異なっています。


 人間は、長い歴史の中で体得した経験をもとに、価値基準を構築してきました。中でも宗教は、その基準の構築に深くかかわっています。


 キリスト教教義における「善悪」は、神とサタン(悪魔)、すなわち「善なる神」と「悪なるサタン」が対峙するという、二元論的な考え方からなっています。


 人間始祖アダムとエバの堕落により原罪が発生し、現実世界に善と悪が生まれたとするのです。それが長い歴史の中で社会に浸透し、社会的倫理として定着していったのです。


 これに対して『神との対話』では、アダムとエバの神話は、人間始祖の堕落を意味しているのではなく、人間が自らの自由意思で、物事の「善悪」を判断する人生を歩み始めたという、最初の祝福を意味しているといっています。


 すなわち「善悪」は対峙するもの(二元論)ではなく、物事の有益性を相対的に表したもので、物事の目的にかなった有益な考えや行為は「善」となり、その反対は「悪」となるのです。


 そしてその基準は、人間自身が築き上げていくものであり、時間とともに絶えず変化しているといっています。


 神が「善悪」の基準を押し付けるものではありません。神は、ただ、人間が「何を善とし、何を悪とするか」を観察しているだけなのです。といっても、神は、人間を通して「自らの神性」を体験しているのですから、傍観者という意味合いとは異なります。



[5-(5)-2]《それにどんなレッテルを貼るかを決めるのはあなただ》


┌----------

 あなたは何を悪と呼び、何を善と呼ぶかで自分自身を定義する。


《神との対話1-P179》

 ------

 寒さがなければ暖かさは体験できない。「上昇」がなければ、「下降」という考えはむなしい無意味な概念になる。これは宇宙の真実だ。


 何が「善」で何が「悪」かというのも同じだ。


 宇宙は経験の場を提供しているだけだ。さまざまな客観的現象と言ってもいい。それにどんなレッテルを貼るかを決めるのはあなただ。


《神との対話3-P430》(一部略)

└----------


 『神との対話』では、「善悪」は、神がその基準を押し付けるものではなく、人間自身が築き上げていくものだといっています。


 もし神が「善悪」の判断を下せば、自由意思を持った人間を通して「自らの神性」を体験するという、本来の神の創造目的が損なわれてしまうのです。


 魂-精神-身体からなる人間には、もともと、神性がDNAのように組み込まれています。人間が自由意思によって人生を歩む中で、様々な出来事を経験し、その経験から得られた材料を基にして、「善悪」の基準を構築していくのです。


 いいかえれば、人間は、物事の正邪、善悪を判断する行為によって、自分自身を表現し、定義付けているといえるのです。そのプロセスが、まさに神性を体験する営みということができるのです。



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* 〈いのうげんてん〉からのお願い:神・生命に関心のおありの方に、当ページを紹介いただけましたら嬉しく存じます。→http://ncode.syosetu.com/n6322bf/

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