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『神との対話』との対話  作者: いのうげんてん
5章 日常生活に役立つ神言集
257/259

7-33 《誰かれかまわず、いろいろな名を使うけれど、自分の名だけは使わない》

7-33 《誰かれかまわず、いろいろな名を使うけれど、自分の名だけは使わない》


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ニール:イエスの名において神に願えば、かなえられると言うひとも、おおぜいいます。


神:そう信じているひとは、おおぜいいるね。彼らは、自分には力がないが、イエスの力は見た(あるいは見たひとを信じる)と思って、彼の名において願う。だが、彼はこう言ったのではなかったか。


「どうして、そのように驚くのか?こうしたことも、いやもっと多くを、あなたがたもするだろう」。


 ところが、ひとは信じなかった。いまにいたるまで、多くのひとは信じていないね。


 あなたがたはみんな、自分に価値がないと思っている。だから、イエスの名において願う。あるいは、聖母マリアの名において。「守護聖人」の名において。あるいは、神の子の名において。あるいは東洋の精霊の名において。誰かれかまわず、いろいろな名を使うけれど、自分の名だけは使わない!


 だが、いいかね。願えば与えられるだろう。求めれば、見つかるだろう。叩けば、開かれるのだよ。


 《神との対話2-P42》


└----------


 人は困難に直面すると、自分以外の力にすがろうとします。偉大な存在の名を借りて願えば、救われると信じるのです。


 しかし、ここで忘れてはならない大切なことがあります。それは、あなた自身の中にも同じ神の力が宿っているという事実です。


 「イエスの名において」と願う前に、「自分の名において」願う勇気を持ちなさい。なぜなら、あなたは無力な存在ではないからです。あなたは、神の一部として創られた尊い存在なのです。


 求めなさい。そうすれば与えられます。扉を叩きなさい。そうすれば開かれます。そのとき、他者の名ではなく、自らの名で立ちなさい。


 自分を信じること。それは傲慢ではありません。神を信じることと同じ意味なのです。


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*〈いのうげんてん〉からのお願い:神・生命に関心のおありの方に、当ページを紹介いただけましたら嬉しく存じます。→https://ncode.syosetu.com/n6322bf/

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│いのうげんてん作品      

│               

│①カルテに書けない よもやま話

│ 《 医師と患者がおりなす興味津々な医療の世界 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│ 《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│ 《 人生の意味について考えます 》

│④Summary of Conversations with God

│ 『神との対話』との対話 英訳版

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