7-33 《誰かれかまわず、いろいろな名を使うけれど、自分の名だけは使わない》
7-33 《誰かれかまわず、いろいろな名を使うけれど、自分の名だけは使わない》
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ニール:イエスの名において神に願えば、かなえられると言うひとも、おおぜいいます。
神:そう信じているひとは、おおぜいいるね。彼らは、自分には力がないが、イエスの力は見た(あるいは見たひとを信じる)と思って、彼の名において願う。だが、彼はこう言ったのではなかったか。
「どうして、そのように驚くのか?こうしたことも、いやもっと多くを、あなたがたもするだろう」。
ところが、ひとは信じなかった。いまにいたるまで、多くのひとは信じていないね。
あなたがたはみんな、自分に価値がないと思っている。だから、イエスの名において願う。あるいは、聖母マリアの名において。「守護聖人」の名において。あるいは、神の子の名において。あるいは東洋の精霊の名において。誰かれかまわず、いろいろな名を使うけれど、自分の名だけは使わない!
だが、いいかね。願えば与えられるだろう。求めれば、見つかるだろう。叩けば、開かれるのだよ。
《神との対話2-P42》
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人は困難に直面すると、自分以外の力にすがろうとします。偉大な存在の名を借りて願えば、救われると信じるのです。
しかし、ここで忘れてはならない大切なことがあります。それは、あなた自身の中にも同じ神の力が宿っているという事実です。
「イエスの名において」と願う前に、「自分の名において」願う勇気を持ちなさい。なぜなら、あなたは無力な存在ではないからです。あなたは、神の一部として創られた尊い存在なのです。
求めなさい。そうすれば与えられます。扉を叩きなさい。そうすれば開かれます。そのとき、他者の名ではなく、自らの名で立ちなさい。
自分を信じること。それは傲慢ではありません。神を信じることと同じ意味なのです。
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