第94話 参考値として保持します
「あんたの戦い方、やっぱりまだるっこしいね」
レイラが、腕を組んで笑った。
「でも——嫌いじゃない」
……まだるっこしい。
否定はできない。
この人なら、たぶん、もっと短く終わらせる道を選んだ。強い一枚を、いちばん効くところへ、まっすぐ叩き込む。
俺のやり方は、その前に六つも七つも手順が要る。
足場を作って、支点を置いて、糸を辿って、底を待って、鎖が緩むのを待って、それでやっと一発だ。
見ていて、じれったかったと思う。
だが、今回は、その手順が要った。
まだるっこしいほうしか、通らない相手だった。
……それを、この人は分かって言っている。
嫌いじゃない、というのは、そういう意味だと思う。
自分では選ばないやり方だが、あれが要る場面もある、と認めた言い方だ。
……この人と俺は、たぶん、ずっと逆のままだ。
この人は、一人で速く動く。俺は、何人もで遅く動く。
どちらが正しいという話じゃない。
ただ、逆だから、噛み合う場面がある。
同じやり方の者が二人いても、同じところで詰まるだけだ。
……次に面倒な雷鳴がしたら。
その時、俺のやり方が、また、まだるっこしいままだといい。
「レイラ殿の評価は、参考値として保持します」
オルカが、いつもの調子で答えた。
「そこは素直に喜びなよ」
レイラが、呆れた。
「戦力としては感謝しています」
「ああ、まだそこなんだね」
……三度目だ。
戦力としては、という言い方を、こいつが使うのを聞くのは。
あの配給所で、この人の同行を渋った時。
深部で、叩く場所を探していた時。
そして、今日。
一度目は、断りの言葉だった。二度目は、頼みの言葉だった。
今度は、礼だ。
同じ六文字で、意味が三回変わっている。
こいつは、たぶん、他の言い方を持っていない。
持っていないまま、中身のほうを入れ替えてきた。
「……次に面倒な雷鳴がしたら、まあ、顔くらいは出してやるよ」
そう言い残して、レイラはローブを翻し去っていった。
……一人に戻るのか。
この人は、集めない人だ。仲間も、札も、拠点も持たない。
持たないほうが速いから、そうしている。
その人が、今回だけ、俺たちの噛み合わせの中に入った。
入って、いちばん尖ったところを引き受けた。
……面倒な雷鳴がしたら、と言った。
次があるかどうかは、向こうが決める。約束はしていない。
それでも、そう言い残していく人と、何も言わずに消える人は、違う。
……行くのか、と聞かなかった。
聞いたら、たぶん、答えにくくしただけだ。
この人は、集める人じゃない。集めない、と決めた人だ。
その決め方に、口を出す資格が、俺にはない。
「昨日の、あれ」
俺は、オルカに言った。
「助かった。……ずっと積み上げてくれてたんだな」
「当然の処理です」
……そうだろうな。
こいつは、そう言う。
毎回そうだ。褒めると、処理です、と返ってくる。
最初のうちは、腹が立った。
こっちは礼を言っているのに、業務報告で返される。
いまは、そうでもない。
こいつの言い方は、ずっとこれだ。変わらない言い方をしてくれる相手は、少なくとも、嘘をつかない。
少し間があった。
「……ただ」
「無駄ではなかったようで——よかったです」
……え。
俺は、思わず顔を上げた。
いま、こいつは、よかった、と言った。
処理の話じゃない。効率の話でもない。
こいつが、何かを、よかった、と言うのを、俺は、はじめて聞いた。
……ずっと、思っていたんだろうか。
毎日、俺から少しずつ持っていって、俺に文句を言われて、燃費が悪いと言われて。
その全部が、無駄かもしれない、と。
こいつは、そういうことを言わない。言う機能が無いんだと、俺は思っていた。
無かったんじゃない。
言う場面が、今日まで一度も無かっただけだ。
……よかったです、と言うためには、悪かったかもしれない、を先に持っていないといけない。
持っていたんだ。
ずっと。
俺は、こいつの燃費の話を、何度もした。冗談のつもりだった。
冗談を言うほうは、覚えていない。言われるほうは、たぶん、全部記録している。
「無駄なわけないだろ」
俺は、言った。
オルカは、それにほんの少しだけ沈黙した。
「記録しました」
……記録しました、か。
こいつは、嬉しい、とは言わない。たぶん、その語を持っていない。
持っている中で、いちばん近いのが、これなんだと思う。
記録する、というのは、残す、ということだ。
消えないところへ置く、ということだ。
……あの化け物も、記録の生き物だった。
同じ言葉で、まるで違うことをしている。
名簿は、書かれた側を動けなくした。こいつの記録は、たぶん、こいつ自身の中にだけ残る。
誰も縛らない記録も、ちゃんとある。
……違いは、たぶん、誰のために残すかだ。
名簿は、書かれた人を管理するために書かれていた。
こいつは、たぶん、自分が忘れないために書いている。
同じ道具でも、宛先が変われば、別のものになる。
……あの人が、今朝、同じことを言っていた。
(第95話へ続く)
【用語辞書】第94話に出てきた「投資」の話
この回のテーマは、言葉と、その中身です。
● 手数の多いやり方が、必要な場面がある
短く決められる相手なら、短く決めるのが正解です。ですが、手順を踏まないと通らない相手もいます。効率が良く見えるやり方が常に正しいわけではなく、相手によって、どちらが唯一の道かが変わります。
● 同じ言葉の、中身が変わる
人の言い回しは、そう簡単には変わりません。使える言葉が少ないままでも、その言葉に入れる中身のほうは変わっていきます。表現が硬いことと、気持ちがないことは、別のことです。
● 続けている側にも、疑いはある
地味な積み上げを続けている人が、無駄かもしれないと思っていないわけではありません。むしろ、結果が見えない期間が長いほど、そう思っています。積み上げが報われた時に、いちばん安心しているのは、続けていた本人です。
● 手を離す相手に、理由を聞かない
それぞれのやり方を選んだ人に、こちらの基準で問いただす必要はありません。組まないと決めた人の決め方も、一つの判断です。
※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の団体・制度を批判する意図はありません。




