第88話 ずっと、積み立てていたんだ
「やっと、叩いていい場所が見えたね」
レイラが、笑った。
「一点突破を推奨します」
オルカが、続けた。
……いま、こいつが、一点突破と言った。
俺は、思わずそっちを見た。
こいつは、分けて持つほうの札だ。一点に賭けるのを、いちばん嫌う。翔け兎の時も、甲殻の隙の時も、白い影の時も、こいつは効かなかった。
その札が、自分で、一点に賭けろと言っている。
……効かない側にいる者が、いちばん正確なことを言う。
あの影の時にも、同じことがあった。
「戦力としては?」
レイラが、聞いた。
「必要です」
オルカが、答える。
「よし。聞いたよ」
……順番が、逆になった。
前は、オルカが先に「不確定要素を増やします」と言って、あとから渋々「戦力としては、必要です」と付け足した。
今度は、レイラのほうから聞いている。
しかも、あの言い方を、当てにして聞いている。
雷狼ライガが、雷を、一点に集中させた。
白帳の外殻が——ひび割れ、裂けた。
……割れた。
道中では、この雷は吸われるだけだった。同じ一体が、同じやり方で走って、飲まれた。
いまは、通った。
違いは、腕じゃない。
ダイチが足場を保った。コガネが吸われずに残った。ナギが底を見た。シルクが糸の先を見つけた。トトが誰かを立たせ続けた。あの人が、鎖を緩めた。
そこまで積み上げて、最後に一発だけ、いちばん尖ったものを差し込む。
……この札は、いちばん強いくせに、いちばん場所を選ぶ。
*
「ホムラ。一点だけだ。広げるな」
俺は、叫んだ。
「わかってるよ! 焼きすぎるな、だろ!」
ホムラの焔が、その裂け目だけを、まっすぐ焼いた。
全部を燃やそうとしていた、あの頃の、ホムラじゃなかった。
……こいつは今日、二度、吸われている。
それでも、三度目で、幅を絞った。
怒りを消したんじゃない。怒ったまま、幅だけを絞れるようになった。
裂け目が開いた。
*
だが——白帳の主の中心には、まだ院主が絡め取られたままだった。
……普通の攻撃じゃ、院主ごと壊してしまう。
要るのは——破壊じゃない。浄化と分離だ。
……はじめてだ。
これまでは、全部、倒せば終わりだった。倒し方が難しいだけで、目的は一つだった。
今度は違う。
中に、助けたいものが混ざっている。
混ざったまま壊せば、助けたいほうも一緒になくなる。だから、壊す力を上げても、答えにならない。
要るのは、強い力じゃなくて、分ける力だ。
手がない。
ここまで来て、手札に、それができる札が、一枚もなかった。
「(ガク様。私の中の蓄積マナを解放できます)」
オルカの思念が、静かに落ちてきた。
「蓄積……?」
「(いただいていたマナは消費されたのでは、ありません。積み上がっていました)」
「(長く、少しずつ、純度を上げて)」
「(今なら、白帳と院主を分離できます)」
どういうことだ。
俺は今まで避けてきたオルカへの鑑定を行った。
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▼ 鑑定結果 名称:オルカ / 万象の型
─── 指数 ───
構成 ………… 万象(すべてを、少しずつ)
偏り ………… なし
不倒(分散)… 強い
突破 ………… なし
燃費 ………… 重い
─── 積立 ───
拠出 ………… 毎時・自動
引き出し …… 不可
分配 ………… なし
積み上がり … ██████████████
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見立て:耐えて、積み立て、報いる。
——今が、解放の時。
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積み上がり … ██████████████
……ああ、そうだったのか。
ずっと、食われてると思っていた。
最初の日から、そうだった。この世界に落ちて、女神から一体だけ押しつけられて、それが燃費の悪い相棒だった。
選べなかった。外せなかった。
毎日、少しずつ持っていかれた。文句を言いながら、それでも渡した。
窓の還元の欄には、ずっと、こちらの持ち出しになる、と出ていた。
俺はそれを、赤字として読んでいた。
でも違った。
持っていかれたんじゃない。
置いてあったんだ。
あの欄は、嘘をついていなかった。渡したぶんが、こちらの手元から減る、と書いてあっただけだ。
どこへ行ったかは、書いていなかった。
俺が、消えたと決めつけていた。
……長く、少しずつ、純度を上げて。
純度、と言った。
量じゃない。
一度にまとめて渡していたら、たぶん、こうはなっていない。少しずつだったから、そのたびに整えられて、混ざりものが落ちていった。
毎日ちょっとずつ持っていかれるのが、いちばん腹が立つやり方だった。
……そのやり方じゃなければ、できなかったものだ。
一日で作れるものじゃない。
この化け物は、時間を止める。囲い込んで、成長させない。名簿に載せて、その日の姿のまま固定する。
そいつに対して、こっちが持っている唯一のものが——時間だ。
こいつが持っているのは、その反対側にあるものだ。
同じ日に何が起きるか、じゃない。何日ぶん積んだか、のほうだ。
名簿は、その日の姿しか写せない。積んだ日数までは、書き取れない。
この世界に来た日から、今日まで。ぜんぶだ。
一日ぶんは、笑ってしまうくらい小さい。積むあいだ、一度も強くなった気がしなかった。
……ハズレを引いた、と思っていた。
最初の日に、そう口に出した。選ばせてもらえなかったことを、ずっと損だと思っていた。
こいつは俺のそばで、
ずっと——積み立てていたんだ。
(第89話へ続く)
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【用語辞書】第88話に出てきた「投資」の話
この回のテーマは、積み上がっていたものです。
● 一点集中は、分散の土台の上でだけ効く
同じ一撃が、吸収される時と、決定打になる時があります。違いは威力ではなく、その前に条件が整っていたかどうかです。集中投資は、無防備に使えば脆く、守りと待機と情報が揃った上で正しいタイミングに放てば、最も鋭い武器になります。
● 効かない立場の助言が、いちばん正確なことがある
この局面で一点突破を勧めたのは、一点突破を最も苦手とする側でした。手を出せない立場だからこそ、全体が見えることがあります。当事者でないという理由だけで意見を割り引くと、判断を誤ります。
● 出ていった数字の、行き先を確かめる
手元から減ったことと、消えたことは違います。記録には減ったとしか書いていないのに、消えたと読んでしまうことがあります。積立の効果が実感しにくいのは、出ていく側だけが毎回目に入り、積み上がる側が普段は見えないからです。
● 時間は、分散とは別の軸で効く
同時に何が起こるかを測る軸では、危機の日にすべてが同じ方向へ動きます。ですが、どれだけの時間を積んだかは、その軸の外にあります。横に分けることが効かなくなっても、縦に積んだものは残ります。一日ぶんが小さすぎて手応えがないのは、この効き方の性質です。
※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の団体・制度を批判する意図はありません。




