↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜転生〜俺の鑑定スキル、全部チャートで表示されるんだが、ポートフォリオ召喚術で異世界無双します〜  作者: スローインベスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/96

第66話 源を、整えねばなりません

 水路のそばで、ロウエンが、少し息をついていた。


「じいさん、疲れてるんすか」


 トトが気づく。


「年寄りが、息をつくたびに騒ぐでない」


 こつん。杖が飛ぶ。


 いつもの調子だった。


 けれど、俺は気づいていた。


 シズクの雫が、この頃、いつもより細い。


 俺は、そっと、ロウエンに鑑定を向けてみた。


====================

 ▼ 状態変化

  名称:ロウエン / 古い水路の守り手


  ─── 銘柄カルテ ───

  体力 ……… 低下

  継続力 …… 高

  還元 ……… 過多 ⚠

  気になる兆し … 深部耐性・低下 ⚠

 ────────────────

  見立て:流れを絶やさぬ者ほど、

      自分の器を、静かに削る。

====================


 ……状態変化。


 この見出しは、前に一度だけ見た。あの支洞で、戦いの収支を見た時だ。


 継続流出、小。継続回復、小。差し引き、わずかに改善。


 あれは、場の話だった。誰かが得をして、誰かが損をする、その差し引きの話。


 今度は、人だ。


 同じ見出しで、一人の中身が出てきている。


 *


 名称の下に、いつもの銘柄カルテが並んでいた。


 この爺さんの窓を見るのは、二度目だ。


 一度目は、集落を去っていく背中に向けて、勝手に開いた。あの時は、名前も知らなかった。


 欄が、いくつか、入れ替わっている。


 あの時にあった、割安・割高も、伸びしろも、今日は無い。


 ……そうか。


 鑑定は、いま見るべきものだけを出してくるらしい。この人がいくらで、どこまで伸びるかは、もう、どうでもいい話になっている。


 *


 還元、過多。


 初めて会った時、この欄は、極めて手厚い、だった。


 同じ欄が、いま、過多になっている。


 ……手厚い、と、過多。


 言葉としては、隣同士だ。配る量は、たぶん、あの時から変わっていない。変わったのは、配る側の器のほうだ。


 同じだけ出し続けているのに、残りが減っていけば、それは、いつか過多に変わる。


 体力、低下。継続力、高。


 続ける力は、まだ高い。だから、たちが悪い。


 続けられるうちは、続けてしまう。


 *


 いちばん下。


 深部耐性、低下。


 ……深部。


 この爺さんが、これから深いところへ行くような話は、まだ一度も出ていない。


 なのに、窓は、そこの耐性が落ちていると書いている。


 俺は、その一行を、しばらく見ていた。


 まだ起きていないことに、備えの数字だけが先に出るのは、いい兆しじゃない。


 ……流れを絶やさぬ者ほど、自分の器を、静かに削る。


 俺の胸に、その言葉が、静かに沈んだ。


 ……止めればいい、と、簡単には言えなかった。


 配るのをやめろ、というのは、この人に、この人であることをやめろと言うのに近い。


 それに——止めたら、止めた分だけ、誰かの明日が細る。それを、この人がいちばんよく知っている。


 だから、削れているのだ。


 *


 トトが、ロウエンを支えようとして、シズクの雫に触れた。


 雫が、一瞬だけ、トトの指先に留まった。


「うわ、なんか、じいさんの雫、俺の手に……」


 トトが驚いた声を出す。


「ほう」


 ロウエンが、目を細める。


「何すか。怖いんすけど」


「若いの。お前、雑ではあるが」


 ロウエンは、笑った。


「情はある」


「褒めてます?」


「半分じゃ」


 ……俺は、それを、黙って見ていた。


 雫は、すぐにロウエンの杖先へ戻っていった。ほんの一瞬の話だ。


 それでも、他人の手に留まるところを、俺は初めて見た。


 あの雫は、この爺さんの、内側から出ているものだ。


 それが、別の手のひらの上で、一瞬だけ、形を保った。


 ……使い手が減るかわりに、渡せる先が一つ増えた、ということなのか。


 窓には、そんな欄はない。


 あるのは、体力、低下、という一行だけだ。


 *


 その夜、聖導院では、アルベスが院主に、追加の報告を上げていた。


「嗅ぎ分けの民だけではありません。記録板の使い方を、他の小さな種族も見に来ています」


 院主は、しばらく黙っていた。


「……小さな者たちが、互いを見つけはじめた」


 その声には、これまでにない、重さがあった。


 彼が恐れているのは、数名が配給列から外れることだけではない。聖導院を介さず、人々が横に繋がることだ。


「院主。管理区画の件は……」


 アルベスが切り出す。


「まだ、触れる時ではありません」


 院主は、遮った。


「最深部の流れは——私が見ます」


 私が、と言った。


 アルベスは、そこを聞き逃さなかった。聞き逃さなかったが、問い返しもしなかった。


 *


 院主は、窓の外、地下へ続く古い扉のほうへ、目をやった。


「私は、かつて、あの底で見ました」


 独り言のように、呟いた。


「この街が、何に支えられているのかを」


 それ以上は、語らなかった。


 アルベスも、それ以上は問わなかった。


 問えば、答えは返ってきただろう。返ってきたら、自分も、それを知っている者になる。


 知らないでいるほうが、まだ、帳面を書ける。


 *


 若い職員の言葉が、院主の中で、まだ反響していた。


 ——救済から離れることは、成功ではないか。


「救済から離れることを成功と呼ぶなら」


 院主は、静かに否定した。


「聖導院は——不要になる」


「聖導院が不要になれば、人はまたそれぞれの判断で、マナを求める」


 灯りの下で、影が、わずかに動く。


「……やがて、誰かが無理をし、誰かが道を誤り、また何かが、静かに歪んでいく」


 *


 白い帳面の奥、さらに下。


 聖導院の床下には、古い階段がある。


 かつて、冒険者だった頃、彼が仲間とともに降りた、最深部へ続く道。


 そこで、彼は、何かを見た。


 言葉にできない、何か大きなものを。


 それが、この街の全てを支えている——そう、彼は確信していた。


 *


「流れが乱れるなら」


 院主は、呟いた。


「源を、整えねばなりません」


 白い帳面の上で、灯りの影が、深く揺れていた。


(第67話へ続く)



 【用語辞書】第66話に出てきた「投資」の話


 この回のテーマは、配る側が枯れる、という話です。


 ● 還元の過多=出し続ける側にも、限りがある


 誰かに手厚く配ることは、それ自体は良いことです。ですが、配る量が同じでも、配る側の体力が落ちていけば、同じ行為が、いつか過多に変わります。手厚いと過多の境目は、配る量ではなく、残っている器のほうで決まります。企業の配当でも、同じことが起こります。利益が細っているのに配当を据え置けば、外から見た手厚さは変わらないまま、内側だけが痩せていきます。


 ● 続けられるうちは、続けてしまう


 この回でいちばん危ないのは、継続力が高いことです。まだできてしまうから、やめる理由が見つからない。止まるのは、たいてい、続けられなくなってからです。だからこそ、余力ではなく、あらかじめ決めた線で止める、という設計が要ります。


 ● まだ起きていないことに、備えの数字が先に動く


 深部耐性の低下は、深いところへ行く予定がなくても、先に出ます。守りの数値は、実際の危機より早く動くことがあります。何も起きていないのに備えが薄くなっている——そのずれに気づけるかどうかが、後で効いてきます。


 ※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の団体・制度を批判する意図はありません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。