第60話 食うのか、しまうのか、まくのか
夜。俺は、シルクの一族とトトを集めて言った。
「今日は、みんなに、伝えたいことがある」
「銅貨は、貯めるだけじゃない。使い道を選ぶ日が来る」
*
「で、その銅貨は」
ロウエンが、水路を直しながら聞いた。
「食うのか。しまうのか。まくのか」
……三つだ。
この爺さんは、いつも、話を三つか二つに割ってから渡してくる。
四つの財布を作った時、俺は用途で分けた。今日の飯。転んだ時。次の仕事。まく日。
この爺さんの三つは、それより、ひとつ手前にある。目の前の銅貨を、どっちの手に渡すか、という話だ。
「まく、って言っても……どこにまくんすか」トトが首を傾げる。
「畑だけじゃない」
「仕事に行く足。匂いを拾う道具。雨をしのぐ布。……そういうものも、種をまく場所になる」
*
候補が、いくつも出た。
肉とパンは、すぐ満足するが、食べたら終わり。
丈夫な靴は、遠くの斥候仕事を受けられる。足も痛めにくい。
雨具は、雨の日でも依頼に出られて、体調を崩しにくい。
記録板は、依頼内容や報酬、危険な場所を記録できる。
修理道具は、靴も、荷車も、小屋も直せる。
……並べてみると、どれも、間違いじゃない。
それが、この手の話のややこしいところだ。明らかな外れがあれば、選ぶのは簡単になる。外れが無いから、迷う。
「何を選ぶかも、練習だ」
言ってから、俺は、答えを言わなかった自分に気づいた。
……五つ並べて、決めさせる。前世の俺なら、いちばん数字の良いものを一つ出して、これで、と言っていた。そのほうが早いし、揉めない。
早くて揉めない代わりに、選んだのが誰なのかが、残らない。
*
「だったら、一番稼げそうなやつに全部使いましょう! 丈夫な靴を、人数分!」
トトが、また、極端に走る。
「全部は、違う」
「またっすか」
「まただ」
俺は、指を三本立てた。
「種は、まかなきゃ実らない。でも、全部まいたら、雨が降らなかった時に終わる」
「食べる分、残す分、まく分。……ここでも、分ける」
……こいつは、一つに寄せる癖が抜けない。
抜けないのが普通だ。分けるという判断は、どれも中途半端に見えるから、やっている本人がいちばん不安になる。
*
肉、と誰かが言った。子どもたちは、甘いパンと毛布の名前を挙げた。
「……にく」シルクも、少し揺れる。
「肉だな! 育つには肉だ!」ホムラが乗る。
俺は、それを否定しなかった。
「食べるのも大事だ。腹が減ったままじゃ、明日の仕事に行けない」
ただし、全部使うのは違う。
……ここで説教をすると、たぶん、全部が止まる。
七日かけて溜まったものだ。使うのが楽しみで当たり前だし、その楽しみを取り上げたら、次の七日は来ない。
……あの管理官に、俺は言ったんだった。
選ぶ力そのものを奪っていいわけじゃない、と。
言ったからには、練習させないといけない。誰かが正解だけを配ってくれる場所では、選ぶ力は、いつまでも育たない。
「(ガク様。これは、支出を消費と、次の稼ぎを生む使い道に分ける考えです)」
オルカの思念が、そっと補足した。
……ああ。
トウシって言葉だけ先に置いたけど、中身はまだ、こうやって触って覚えるしかないな。
*
皆が肉や靴で迷う中、シルクが、小さく手を挙げた。
「……いた。ほしい」
「……におい。みち。きけん。……わすれる」
「……みんなで、かけたら。……つぎ、まちがえない」
記録板が、ほしいという。
……前に、そんな話をした覚えがある。
ひとりひとりは、たいして鋭くない。それでも、広く、薄く、そこら中に散らばって、束ねると、誰も持っていない一枚になる。
あの時は、一族が方々で拾ってくる噂の話だった。
拾ってくるだけなら、その人が忘れたら終わりだ。板に刻めば、忘れても残る。
……束ねる形が、もう一段、丈夫になる。
*
若い斥候のリオも、声を上げた。
「俺は、靴がいい。遠い隊から声をかけられた。けど、この足じゃ、帰りに潰れる」
シルクの記録板と、リオの靴は、噛み合っていた。
靴を買えば、仕事の範囲が広がる。ただ、靴だけでは、遠くまで行けるようになるだけだ。行った先で見たものを残せなければ、その一回は、その一回で終わる。
記録板があれば、その仕事が、次に繋がる。
……この形も、見たことがある。
あの一点賭けの召喚士と組んだ時だ。あっちに無いものが、こっちにあった。こっちに無いものが、あっちにあった。
穴が、反対側に空いている二枚は、強い。
同じことが、いま、この集落の中で起きている。
*
「全部を一つに使わない」
「靴を一足。記録板を一枚。残りは、転んだ時の財布へ戻す」
「中途半端じゃないっすか」トトが、物足りなさそうに言う。
「違う。試すんだ」
「いきなり全部をまくんじゃない。小さくまいて、芽が出るか見る」
……使う前に分かることは、少ない。
あの雫だって、実際に働くところを見るまで、窓の欄が二つ足りなかった。
小さく出して、返ってきたものを見て、それから、量を決める。順番は、そっちだ。
(第61話へ続く)
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【用語辞書】第60話に出てきた「投資」の話
● 食うか、しまうか、まくか
手元のお金には、三つの行き先があります。今使う。取っておく。増やすために投じる。迷ったときは、この三つのどれに当たるかをまず決めるだけで、判断が整理されます。
● 消費と、次の稼ぎを生む使い道
食べ物のように、使えばその場で終わる支出と、道具や技能のように、あとで稼ぎに返ってくる支出があります。どちらが偉いという話ではありません。前者がゼロだと体が持たず、後者がゼロだと、来年も同じ場所に立っています。
● 配分は、いつも中途半端に見える
一番よさそうなものに全部を寄せると、判断がすっきりして、気分もよくなります。分けると、どれも半端に見えて、やっている本人がいちばん不安になります。ですが、外れた時に残っているのは、後者だけです。すっきりした判断ほど、外れた時の逃げ場がない、と覚えておくと役に立ちます。
● 穴が反対側に空いている組み合わせ
同じ得意を持つ二つを揃えても、弱点はそのまま残ります。組んで意味が出るのは、互いの苦手がずれている時です。この回の靴と記録板は、片方だけでは効果が続きません。
● 小さく試してから、量を決める
使ってみるまで分からない性質があります。だから最初は、失っても立て直せる額で試す。返ってきたものを見てから、増やすかどうかを決める。この順番を逆にすると、確かめる前に退場することになります。
※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の商品・制度の利用を勧めるものではありません。




