第48話 飢えをしのぐ水
言っていることは、間違っていない。
災いは、増えていた。ダンジョンの事故も、貧しい者も。
だから、聖導院は、大きくなった。
国から、支えを受けた。商人ギルドと、結びついた。ダンジョンの利権にも、手を伸ばした。
救われた者を、名簿で、管理するようになった。返礼や、奉仕を、決まりごとにした。
「……救うために、集めておったはずが」
ロウエンは、遠くを見るような目で、言った。
「いつのまにか、集めるために、救う方に、変わっていった」
*
……ある。
俺の中で、何かが、静かにうずいた。前世で、見た、あの景色とそっくりだった。
最初は、現場を楽にするための仕組みだったはずだ。
なのに、仕組みが大きくなるほど、それを守るための書類が増え、承認の判子が増え、会議が増え、監査が増えていく。
気がつけば、現場を助けるはずのものが現場の時間を代わりに食っていた。
……こういうことは、ある。
誰かを楽にするために始めたものが、いつのまにか、それ自体を回すために、人を削るようになる。
しかも、たちが悪いことに——その途中には、誰にも、悪意が無い。
みんな、良かれと思って、一枚ずつ、書類を足しただけだ。
「言葉で聞くより、見たほうが早いか」ロウエンが、立ち上がった。
「行こうかの」
*
案内されたのは、町の広場にある、聖導院の配給所だった。
白い衣の者たちが、列をなす貧しい人々に、粥と、マナ水を配っている。
一見、実に、整っていた。順番があり、名簿があり、決まった量が、きっちりと配られる。
怪我人には、光を帯びた輪のようなものまで渡される。
「……ちゃんと、してるじゃないっすか」
トトが、素直な感想を漏らす。俺も、一瞬、そう思った。
あの集落で、ロウエンが荷車から配っていた光景と、比べてしまう。
あっちには、名簿も、順番の札も、なかった。爺さん一人が、顔を見て、決めていた。
どう考えても、こっちのほうが、公平だ。数も、桁違いに多い。
……なのに、なんだろう。この、うすら寒さは。
けれど、シルクが鼻を、きゅっと、つまんだ。
「……うえは、いい、におい。……でも、した。……すこし、にがい」
あの、豊穣の層で嗅いだ、甘い匂いの底と、同じ質の違和感。
俺は、そっと、配給所の列の"札"に鑑定を向けた。
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▼ 鑑定結果
名称:聖導院の施し札/救済契約・簡易
─── 銘柄カルテ ───
表面利回り …… 高い
安心感 ……… 極めて高い
流動性 ……… 低下
依存度 ……… 上昇 ⚠
返礼義務 …… 不明
気になる兆し … 塗り固めあり ⚠
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見立て:飢えをしのぐ水。
だが、飲むほどに、
井戸の場所を、忘れていく。
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……見たことのない欄が、並んでいる。
表面利回り。返礼義務。人にも、精霊にも、魔物にも、出てこなかった言葉だ。
窓は、これを、粥として測っていない。契約として、測っている。
安心感、極めて高い。
……この欄には、覚えがある。
いつだったか、広場で、十年の共済に全財産を突っ込むと自慢していた男がいた。あの時の窓も、熱量だけが満点だった。中身じゃなく、安心を買っていた男だ。
流動性、低下。
いつでも動ける、の反対語だ。ナギのカルテには、目減りせず、いつでも動ける、と書いてあった。あれが、この札には、無い。
そして——返礼義務、不明。
何を返すのか、書いていない。
いつか、俺は誓ったはずだ。悪くない話でも、理解せずに全部は預けない、と。
この札は、その一線を、まるごと踏み越えている。理解しようにも、条件が、そもそも書かれていない。
いちばん下に、⚠がひとつ。
塗り固めあり。
……この言葉も、初めてじゃない。
あの白い階段の上で、笑っていた人を鑑定した時。窓のほとんどが???で埋まって、いちばん下だけが、ちらり、と灯った。
……まだ、断言はできない。
ただ、少しずつ、見えてきた。依存が、上がっていく。何を返すのかも、はっきりしない。
そして、その先には、まだ、塗り固められて読めない、何かがある。
(第49話へ続く)
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【用語辞書】第48話に出てきた「投資」の話
● 表面利回りと、見えない中身
表向きの数字がどれだけ立派でも、その裏側が読めなければ、中身は判断できません。高い利回りには、たいてい理由があります。理由が説明されていない高利回りは、良い条件ではなく、読めない条件です。
● 安心感を買っている、という状態
商品の中身ではなく、「これなら大丈夫」という気持ちのほうを買ってしまうことがあります。安心は、値札のつかない商品です。そして、安心を売る側は、たいてい、それを一番よく分かっています。
● 流動性が下がる=いつでも動けなくなる
流動性とは、必要なときにすぐ現金に戻せるかどうかのことです。下がるほど、条件が悪くなっても抜けられなくなります。利回りだけを見て、抜けにくさを見落とすのは、よくある失敗です。
● 条件が書かれていない、ということ自体がリスク
何を返すのかが不明、という表示は、「返さなくていい」という意味ではありません。「まだ決まっていない」か、「今は言わない」かのどちらかです。契約でいちばん危ないのは、不利な条件が書いてあることではなく、条件が書いていないことです。
※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の団体・制度を批判する意図はありません。




