チャプター2 発現
照和44年5月某日。
雪子は、東郷町にある諸輪保育園の運動場で遊んでいた。
砂場で座り込み、スコップを使って、小さな山を作っていたのである。
もうすぐ完成だ。
富士山みたいにキレイにできそうだ。
雪子は一人満足げだった。
すぐ後ろで男の子たちが、ゴムマリを使ってボール遊びをしていた。
すると不運なことに、一人が投げたゴムマリが大きくコースをそれて、しゃがんでいた雪子の後頭部に当たったのだ。
しかも、頑張って作っていた小さな富士山も弾みで崩れてしまったのである。
雪子はゴムマリをつかんで立ち上がると、振り返って思わず男の子たちをにらみつけてしまった。
次の瞬間、雪子は、自分が再び砂の山を作り始めていることに気づいた。
ゴムマリが見当たらない。
あれ?おかしいな。そう思いながらも富士山が完成に近づく。
なんとなく事態を察した雪子は、やおら立ち上がって振り返る。
そこへゴムマリがタイミングよく飛んで来た。
雪子は難なくそれをキャッチすると、男の子たちに投げ返した。
まるで背中に目がついているような雪子の行動に、男の子たちは、あっけにとられていた。
「このごろ、こんなことがよくあるな。」
雪子はつぶやく。
以前にはこんなこともあった。
給食の時間に、テーブルのミルクカップを、前の席のお友だちが落としてしまった時だ。
雪子は、とっさにそれを拾うために手を差し伸べた。
するとカップにミルクを入れたまま、それが空中で止まっていたのである。
雪子の手は当然間に合って、カップをキャッチできた。
しかも一滴のミルクもこぼすこと無く、である。
自分でやったことながら、とても不思議に感じた。
いや、むしろ、最初は誰にでもできることだと思っていた。
でも、まわりのお友だちの生活の様子を見る限り、そうではないことに気づいた。
時間をさかのぼる能力とモノを止める能力。
これは自分だけに与えられたチカラかもしれない。
雪子はちょっとした優越感と同時に、なんとなく恐怖も感じたのだった。




