チャプター3 遭遇
照和46年3月某日の夕方。
雪子は自宅近くの空き地に居た。
彼女も4月から小学生だ。
そのお祝いに父が買ってくれた、自転車に乗る練習をしていたのだった。
補助輪を外してからまだ一度もまともに乗れていないのが、彼女の目下の悩みである。
もっとも、どうせすぐ背が伸びるから、という理由で、いきなり24インチの自転車を買って、娘に与えた父も悪いのだが。
さっきまで一緒に居たみんなは、もう帰ってしまったけど、コツは教えてもらったので、あとは実践あるのみである。
まず、背の高さに合わせて、コンクリートブロックを二つ重ねて置く。
次に、ブロックの右側に自転車を置き、左側からエイヤっと跨いで、一歩目のペダルを漕ぎ出す……転んでしまった。
これをさっきから何度も繰り返していた。
だんだんイヤになってきた雪子は、周りをキョロキョロ見まわして、誰も居ないことを確かめ、ズルをすることにした。
チカラを使って自転車を真っすぐ止める。
次に、自分の体をフワリと浮かせて、真上からゆっくりと自転車を跨ぐ。
そして一歩目を漕ぎ出す……できた。
転ばずに進めた!やったあ!
「そのチカラの使い方はまずいよねえ。」
突然、背後から声がした。
雪子はびっくりして転んでしまった。
あわてて振り返ると、隣の空き地の土手に、学生服の青年が座っていた。
「やあ、こんにちは。」
「……こんにちは。」
「そんなチカラを使わなくても、もっと簡単に乗れる方法があるけど、試してみるかい?」
「あのう、おじさ……いえ、お兄さんはどなたですか?」
「ボクかい?ボクは以前キミにお世話になった……いや、これからのキミにお世話になる者……う~ん、どっちだろう?」
わけのわからない事を言うお兄さんだ。怪しいぞ。
「……まあ、とにかく試しにやってみなよ。」
「どうやるんですか?」
ワラにもすがりたい気分の雪子は、一応、参考にしてみることにした。
「まずブロックを置く。」
「はい。置きました。」
「次にブロックの左側に自転車を置く。」
「ふん、ふん。」
「そして右から自転車を跨いで左足で漕ぎ出す。」
「……よっと、わあ、乗れた。進んでる!」
さっきまで転び続けていたことがまるでウソのようにスイスイ漕げる。
「もう一度、ブロックの左に戻って足を着く。」
止まれた!私にも自転車のコントロールができた。
「すごい!ありがとうございます。」
「やっぱりね。逆転の発想だよ。ボクと同じように、利き足が、みんなとは反対側だったんだ。」
「だから人前で、あんなチカラを使っちゃダメだよ。」
「はい。」
この人の前だと何だか素直になってしまう。
「変な大人に捕まって、実験材料にされちゃったりするかもだよ。」
なかなか恐ろしいことを言うお兄さんだ。
「それにしても、今のキミは本当に可愛いねえ。」
ニヤニヤするお兄さん。
やっぱりこの人、ヘンタイなのかも。
「将来、あんな恐ろしい……いや、頼もしい人になるなんて、とても想像できないよ。」
「えっ、それってどういう……?」
「ああ、いけない。しゃべりすぎたね。つい嬉しくなっちゃって。」
「お母さんが、急に話しかけてくる、知らない男の人には、気をつけなさいって言ってたの。」
「うん。お母さんは正しいね。だから名乗っておくよ。ボクは雪村。空から降る雪に、村役場の村。これで知らない人じゃなくなったね?」
「……はい、一応。」
「ボクは、高校一年の春休みに、二人のキミに出会った影響で、この時空のキミ……始まりのキミにアクセス可能になったんだ。」
「???」
「分かんないよね?分かんなくてもいいよ。ただし、ボクは絶対に、キミにウソは言わない。」
雪村お兄さんは、真っすぐな目をして言った。
「キミはボクの……命の恩人だからね。」
「きっとこの時空で、キミのためにボクのやるべき役割があるのだと思う。」
「だから、こうしてここにボクは呼ばれたのだと思うよ。」
「だからこれからもよろしく。雪子さん。」
なぜかお兄さんは私の名前を知っていた。
そして、土手に座ったまま、お兄さんは煙のように消えてしまった。
「私、キツネかタヌキに化かされたのかしら?」
残された雪子は一人でつぶやくのだった。




