66. いろいろあり過ぎた一日
妖精に道案内されながらジャングルの中を歩いていく。
ときおり『オテサーネク』と戦闘がおこるが、基本的に晴樹の闇魔法と広樹の風魔法で倒せている。捕まえようと伸ばしてくる枝は、広樹が剣で切り飛ばす。
戦闘が無いときは、妖精と会話を楽しんだりもした。
「ねえクライナー。ほかの人にも妖精のことを教えてもだいじょうぶ?」
『教えてもいい。でも必ず現れるとは限らないわ』
「え? そうなの?」
『怖い人は嫌い』
『黒い人は嫌い』
晴樹の妖精ミリアムも会話に混ざって、クライナーと交互に伝えてくる。
『騒がしい人は嫌い』
『壊れた人は嫌い』
ミリアムの表現はわかりにくいが、きっとクライナーと同じようなことを言っていると思う。
「んー、僕の仲間なら教えてもだいじょうぶかな? にぎやかだけど、陽気な感じなだけなら問題ないかな?」
『妖精次第』
「ダメではないんだね」
『そう』
「わかった。ありがとう」
そして歩き続けてようやく8階への階段に到達した。
マップピンを挿したところで、チャット札で武器の強化が完成したと連絡が入った。ちょうどいいタイミングだった。
「クライナー、案内ありがとう」
「ミリアムもありがとうな。またなんかあったら頼むぞ」
『案内は終わり?』
『だったら消えるわ』
クライナーは広樹の顔に向かって飛んできたと思ったら、前髪の中央の一房に同化した。そこだけ新緑色に変わってしまっている。
晴樹のほうは、左の横髪の一房が同じように新緑色に変わっていた。
「俺の金髪が!?」
晴樹は色が変わった部分をつかんで驚愕の声を上げた。するとすぐに元の金髪に戻る。
「あっ、わりぃミリアム! 驚いただけでだいじょうぶだから。気にすんなよ!?」
晴樹の声がちゃんと聞こえているのか、また新緑色に変わった。
胸に手を当てて、晴樹は大きく息を吐き出した。
「あーびっくりしたー。泣かせたかと思ったわ」
広樹はくすくすと笑った。
「あんなかわいい子、泣かせちゃいけないよね」
「ほんとだぜ。焦ったわー」
それはそれとして。
「ドロップの確認をまた忘れてたけど、とりあえず先に武器を受け取りに行こうよ」
早く結果が知りたくて、広樹はそわそわしてしまう。
晴樹も同じ気持ちなので、さっさと移動することにした。
二人は転移で生産者ギルドへ飛ぶ。武器を引き取りに行くことがわかっていたので、今回はマップピンを挿していたのだ。
マップピンが最大いくつまで挿せるのか今のところまだわかっていないが、余裕があるうちはこういう使い方もいいだろう。
生産者ギルドの依頼窓口へ行くと、受付嬢がすぐにあいさつをしてくれた。武器を預けた時と同じ人だったのだ。
「お待たせしました。こちらがお預かりしておりました武器です。ご確認をお願いします」
広樹は片手剣を受け取って鑑定する。強化値を見て、思わず口を開け放って静止した。
「え?」
「お?」
同じように鑑定していた晴樹も似たような反応だった。
受付嬢だけがとてもいい顔をしている。
「いかがでしょうか?」
「――すごいですね……」
広樹はなんとかそれだけを口にした。
何度見返しても、プラス値は16だ。安全範囲の強化が+7。祝福の強化素材3個を使ったオーバーエンチャントで、超成功が3連続の+9。合わせて+16。つまり失敗は一度もない。これ以上ない強化値だ。すごすぎて鳥肌が立ちそうだ。
「ありがとうございます。イーデンさんにも改めてお礼を伝えてください」
「俺からもお礼を。ほんとうにありがとうございました」
「はい。わたくしマティルデがたしかに伝言を承りました」
「よろしくお願いします」
「それでは俺たちはこれで」
広樹と晴樹は会釈して窓口を離れた。
「まだドキドキしてるんだけど」
外に出て、広樹が笑いながら本音をこぼす。
「俺もだよ」
「どこかでちょっと休みたいよね」
「たしかに。どっかにカフェでもないかなー? 座ってゆっくりしたい」
「僕も」
生産者ギルドの前で話していると、通りすがりの人から声がかかった。
「カフェならこの裏通りにありますよ」
「え? そうなんですか? ありがとうございます」
「この裏? 入ってすぐかな? しばらく歩くような感じ?」
「ギルドの裏に回ったらすぐ見えますよ。この近くなので」
「それは助かります。教えてくれてありがとう」
「私も今から行くところなので、よかったらご一緒します?」
「ぜひ!」
声をかけてくれた女性は、どこかティアナたち薬師を思い出させた。薬草の採取から戻ってきたところという雰囲気がある。
そこで思い出した。
「あ、もしかしてキアーラさんですか? ポーション屋でお会いした」
「ああ、もしかしてあの時の? HP全回復ポーションのメモをくれた?」
「はい、そうです」
「それはちょうどよかったわ。リーシャとリータとフィオレッラも今から行くカフェにいるのよ」
その言葉通り、カフェに到着するとすでに店内でテーブルについていた。
リーシャとリータには「お久しぶりです」と目礼をし、フィオレッラには「初めまして」と会釈した。
リーシャたちにはすでにメモは渡されており、みんなが成功例を知っていた。
錬金術を使ったパターンではあるが、成功率100%のものができるということは希望になったそうだ。
「これからも地道に挑戦していくわ」
リータの力強い言葉に「がんばってください」と応援を送り、キアーラには改めて案内してくれたお礼を述べてから、広樹と晴樹はテーブルを離れた。彼女たちは彼女たちで話があるだろうし、広樹たちは広樹たちで武器の再鑑定などをしたかったからだ。ほかのテーブルへと移動して飲み物を注文する。
それぞれの武器を持ち出して改めて鑑定をおこなう。
広樹の片手剣は、強化値が+16なのはすでに何度も確認した通りだ。そしてもう一つ確認したかったのが、付加だ。
ちらりと見て、そっと視線をそらし、また確認する。やっぱり同じ内容だと、そこでようやく受け入れたように脳がそれを認めた。
鑑定に表示された文字は『付加:雷属性攻撃強化・風属性攻撃強化・聖属性攻撃強化』だった。
「ありがたい。ありがたいけど……、3つもついてるとか喜びよりも怖さが勝るよ――」
「ヒロもか――」
晴樹のほうも『付加:闇属性攻撃強化・氷属性攻撃強化・聖属性攻撃強化』の3つだった。
「イーデンさんにはさらにお礼を渡したいくらいだよね」
「だな。まあ心の中で手を合わせて感謝しておこうぜ」
飲み物を口にして少し気持ちも落ち着いてきたところで、Cecilから連絡が入った。
『Cecil:ハルヒロ、時間あるか? 手が空いてたら、クランハウスへ来てくれ』
『ヒロ:わかりました。今から行きます』
「なんだろう?」
「やけに声が弾んでたよなー? 今度はなにを企んでるんだろうな?」
二人はカフェを出てクランハウスへと飛ぶ。
Cecilたちは生産部屋ではなく、飛んですぐの広間にいた。
「これがハルのだ」
「これがヒロ」
CecilとChadからなにかを渡された。
よく見ると、ハルへは『じゅうたん』。ヒロへは『式神』だった。式神は、和紙のような紙で手のひらサイズの鳳凰を成形している。
「さあ、使ってみてくれ」
CecilとChadの声が揃って促す。
「使う?」
「『使う』を選択して乗るだけだ」
言われるままに晴樹が操作する。するとじゅうたんがふわりと浮かんで早く乗れと言うように揺れた。
「え? まじ? 空飛ぶじゅうたんだったりする?」
晴樹のテンションが上がる。いそいそと乗り込むと、すいーっと空を滑るように動き始めた。
「うわぁ……」
広間をすいすいと移動するじゅうたん。アラビアン風の衣装の晴樹が乗っている姿はまじで似合っている。
「ほら、ヒロも早く」
Chadが促すが、広樹が持っているのは手のひらサイズのいわゆる折り紙の鳥だ。
「これに?」
「そうだ。いいから『使う』を選んでみろ」
言われたとおりに試してみると、式神は広樹の手のひらからすぅーっと離れていき、徐々に大きくなりながら鳳凰を思わせる姿へと変わっていった。
「ほら、乗って、乗って」
「う、うん」
広樹は恐る恐る乗り込む。式神は1パーティくらいは乗れそうなほどに大きくなっていた。
乗ってみれば操作盤のようなものが視界に現れた。上下左右の矢印、上昇下降のボタン。それらを指、もしくは思考で操作すれば、式神はふわりと空を飛び始めた。
「まじで?」
だんだん慣れてくると操作盤を見ていなくても、思考操作で移動することもできるようになった。
広樹の式神と晴樹のじゅうたんが広間をすいすいと飛び交う。
二人が操作に慣れてきたことがわかったのか、自分たちも乗せろとの声がかかる。
床へと降りてみれば、そこにはいつの間にかいつものメンバーが揃っていた。
晴樹のじゅうたんに、Dresser、Bradley、Cecil、Theodore。
広樹の式神に、Jude、Gillian、Abigail、Chad。
残念ながら、Zechariahは定員オーバーで乗れなかった。
「1パーティだけじゃ問題あるんじゃないか? せめて倍の人数は乗れる大きさのほうがいいだろう」
「じゅうたんならできなくはないか……」
ここでまた生産職組のなにかに火がついた。
「もっと『ロックゴーレムのコア』を集められるか?」
まさかの『ロックゴーレムのコア』が素材に使われていたようだ。
マップピンを挿したままなので行けないことはない。
「ハルヒロ、Gillianたちをロックゴーレムのところまで連れていってくれないか? やつらに集めさせる」
「俺たちも手伝いますよ?」
「いいのか? それは助かる」
余裕をもって50個くらい集めてきてほしいということで、これからドリットダンジョンへ行くことになった。
Gillianたちとパーティを組みなおして、転移する。
ロックゴーレムは5階だ。
広樹と晴樹の二人でも問題なく狩れるので、Gillianたちが増えるともっとサクサクと狩り進めることができ、それほど時間をかけずに集めることができた。
サクサク狩れるということは、余裕もあるということだ。
Gillianが、広樹と晴樹の髪の色が一房だけ変わっていることに気づかないわけがない。そしてそれを無視することも。果たして。
「ところでハルヒロ。その髪はどうしたの?」
「実はここに妖精が宿ってまして……」
「はあ?」
7階で起こったことをかいつまんで説明する。
「私も妖精に会いたいわ」
案の定、Gillianから要望が上がった。
もちろんJudeとTheodoreも興味津々なのがわかる。
『ロックゴーレムのコア』を集め終わった一行は、当然のように7階へと移動した。




