50. 嫌な予感がします
ティアナとリーシャと別れて、広樹たちはオーガが生息するエリアへと向かった。
先ほど十数体と戦うことになった広樹たちは、数体ずつであれば問題なく狩れることがわかったため、とりあえず3~5体ずつ集めて狩り続けた。
その際に広樹へと一つの要望が。
「ねえヒロ。さっきの桜の花びらが舞うやつ、もう一度使ってみてくれる?」
「いいですけど、クールタイムが1時間なので、明けてからでいいですか?」
「もちろんよ」
そうしてクールタイムが明けたところで、集められた5体のオーガに向けて広樹は『桜吹雪』を放つ。
「おー! きれいですね!」
「ヒューヒュー!」
「すばらしい!」
「美しいわ!」
はしゃいだ声を発しながらも彼らはオーガへの攻撃はしっかりとおこなっているので、広樹としてもため息一つこぼしただけで戦闘へと意識を戻す。
そうして3時間ほどの狩りの間に、2回『桜吹雪』を使った広樹だったが、どうにも嫌な予感がぬぐえなかった。
原因はときおり聞こえる『十二単』とか『かもじ』とか『檜扇』とかいった単語のせいだ。
「なにか変なこと考えていませんか?」
「問題ない!」
広樹の問いに返ってくるのはいつもこの一言だけ。彼らに詳しく説明する気はないようだ。
「ハル、どう思う?」
唯一の味方と思っている晴樹に尋ねてみても、「まあ諦めろ」の一言だけ。
広樹は大きくため息をつく。
やっぱりそういうことなのだろう。
「僕は男なんだけどな……」
「ゲームの中でそれはなんの障害にもならないぞ」
味方からもとどめを刺された広樹はがっくりとうなだれた。
ある程度オーガの角や牙、爪といったドロップ品を集め終えた広樹たちは、Judeたちと別れることになった。
広樹と晴樹は当然納品クエストのために薬草の採取だ。
Judeたちは明日からのイベントに向けた準備をするそうだ。
オーガのドロップ品はクランハウスにいる生産職に預けて武器を作ってもらう予定になっているらしい。
「ジュードさん、ジリアンさん、セオドアさん、今日はありがとう。明日からのイベントでもよろしくね」
「それじゃ、また」
クランハウスへ転移する彼らを見送った広樹たちは、さっそく薬草採取へと向かったのだった。
採取エリアはだいたいのところはティアナから聞いている。
群生地でなくとも見つけた薬草は採取しながら目的地へと向かう。
大きな群生地はだいたい刈り終わっているということで、いくつかの小さな群生地及びまばらに生えている薬草を刈ることが今回の二人の仕事だ。
特に問題もなく担当の場所を刈り終わった二人はドリッテの生産者ギルドへ向かった。
こちらのギルドも混雑していたので、てきとうに早そうな窓口に並ぶ。
「こんにちは。薬師のティアナさんからの依頼で薬草の納品に来ました」
ティアナはファーストの町の薬師だが、名前を言っただけで通じたようだ。
「はい、ティアナより聞き及んでおります。ヒロ様とハル様でございますね」
「はい、そうです」
窓口の女性は台の上に籠を載せる。
「それではさっそくですが、薬草を確認しますので、こちらの籠にお入れいただけますか?」
「あ、システムからお願いします」
「かしこまりました」
女性はいったん籠を片づけてから納品システムを立ち上げた。
広樹は30本1組の薬草束を5束納品した。残りは自分用だ。晴樹も同様に5束だけ納品して残りを自分用とした。
オーガの角も無事手に入れることができたため、HP全回復ポーションの試作用に取っておくことにしたのだ。
イベントの参加はゲーム内時間で1日2時間だけなので、ほかのことをする時間はじゅうぶんにある。
スライムゼリーも必要なため、スライム狩りにも行きたい。
ドリットダンジョンのあるドリッテ北東部以外であれば、薬草も採取できるだろう。
翌日、メンテナンス中に散歩等の日課を済ませた広樹は、メンテが明けると早々にログインした。
インベントリの整理をしてポーションと魔力ポーションを補充しておく。
晴樹も同じように思ったようで、ドリッテの雑貨屋で合流した。
その時クランチャットで呼びかけが入る。
『Dresser:ハルヒロ、今からクランハウスへ来れるか?』
『ハル:行けますよー。また生産部屋でいいですか?』
『Dresser:それでいい。待ってるぞー』
「んじゃ行くか」
たぶん来ると思っていたが、思った通りに呼び出しがかかった。
広樹は諦めて、晴樹と一緒にクランハウスへと移動した。
生産部屋へ入ると、さっそくDresserがマネキンを指し示す。
「Judeたちに頼まれていたものは、できているぞ。こっちがヒロで、そっちがハルのだ」
「え? 俺のもあるの?」
てっきり広樹だけだと思っていたら、晴樹の分まで用意されているらしい。
示されたマネキンを見ると、予想通りの十二単と、予想外の束帯が。どちらも「なんちゃって〇〇」ではあるが、それでもこの短時間によく作り上げたものだと感心してしまう。
「まあ俺ら生産職のメンバーも参加できる今回のイベントやクランボス中だけでかまわないから着てくれよ」
そう言いながらDresserから当たり前のように外見用のスロットを追加する課金アイテムを渡される。
広樹と晴樹の二人は、諦めたようにため息一つこぼしただけで衣装のセットに合わせてそれを受け取った。
どれだけ複雑なつくりであっても着用はインベントリからポチッで済む。
そこには十二単を着て、頭はかもじで髪を長く見せ、檜扇を持った広樹が恥ずかしそうに下を向き。束帯を着て、冠を被り、笏を持った晴樹が動きを確認するように腕を上げ下げしている姿があった。
晴樹は持っている笏で、広樹の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「そろそろ復帰しろ。着ぐるみだと思い込めばなんとかなる――はずだ」
「そこは言い切ろうよ」
「まあどっちがどうかはヒロ次第だからなー」
広樹は肩をすくめるだけで返答を控えた。
「そういえばドレッサーさん。さっき言っていた今回のイベントは生産職の人も参加できるってどういう意味ですか?」
「ああ、そのことか。今回のイベントは3つのパーティまではレイドを組めるだろう?」
「そういえばそんなことが書いてありましたね」
広樹はJudeたちとパーティを組むということしか考えてなかったので、そのあたりはざっと目を通しただけだった。
「それでGillianのやつが、俺ら生産職が集まったパーティとレイドを組んで参加しようって誘ってくれてな」
「へえー、いいですね」
「ハルもそう思うか?」
「僕もいいと思いますよ」
晴樹と広樹から反対の声が上がらなかったことでDresserは安心したようだ。もしここで二人が嫌な顔をすれば諦めようと考えていたらしい。
「二人の今回の衣装や前回の狩衣を製作する際に一緒に作ったメンバーなんだ。あとで紹介するわ」
「それはお礼を言わないといけないですね」
そこで、狩衣を作ってもらったときに話をしたことを思い出した。
「そういえばドレッサーさん。オーガのドロップを分けるっていう話だったけど、なにがいくつ欲しいですか?」
「そうだった。そう約束したんだよな。もちろん俺からも出しますよ。なにがいいです?」
Dresserは衣装の製作費と相殺になる分量を計算して、それに相当する数だけ爪や牙を受け取った。
「まだ残ってますので、必要になったら教えてくださいね」
「おぅ、その時は頼むわ」
ほかのメンバーがログインするまでの間、Dresserは十二単や束帯についてあれこれ説明してくれることになった。
「本来なら束帯の下襲はもっと長いんだけどなー、そうするとさすがに邪魔になるだろうし、かといって短く切ると位階が低いってことになるから、たたんでいるように見える感じにしておいたぞ」
「はあ、ありがとうございます?」
「十二単の裳や引腰も多少引きずるがこっちはそれほど邪魔にならないだろうと思ってそのままにしてあるぞ。これも美しいシルエットを出すには必要だからな」
「ソウナンデスネ」
むしろ日本人であるはずの広樹や晴樹ですらわからない単語が多く、オタクの底力を見た気がした。
「いつか作ってみたいとずっと思っていて、ネットでいろいろ調べていたからな。夢をかなえてくれてありがとうな」
そう言われてしまえば広樹もこの十二単を無下にはできず、本格的に受け入れることにしたのだった。




