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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
5章 藤森イチカの進級試験
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試験優勝者

 関節外かんせつはずしは、これで確か二度目だったろうか。

 激戦を終えたイチカとのんは、学園長からの厚意で、プール横にあるシャワー室の使用を許された。

 肌を叩くぬるま湯の心地良さが、(こわ)()った神経を(ほぐ)してゆく。

 途中、2,3度、意識が飛びかけた。

 それでも、入浴前に飲んだ救命丹(きゅうめいたん)が効いてきたのか、視界は澄み、大小(だいしょう)、身体のあちこちの()()が痛みを訴え始める。


 シャワーの温度調節を、一気に『(おん)』から『(れい)』へ。

 冷水で10秒間、心身を引き締めてから更衣室へと戻る。

 匂い対策に、着替えをぶんに一着持ってきたのが(さいわ)いした。

 訓練用の軽装服へと(そで)を通していると、遅れてのんがシャワー室から出てくる。

 なんとなく気まずさを感じて、互いに言葉はない。

 彼女の場合、試験用の一枚のみなので、学園備品の乾燥機から、乾きたての一張羅(いっちょうら)を取り出すと、綺麗に洗った小麦色の裸身を、ボロの戦闘(せんとう)()で着飾った。

 痛々しく(ほつ)れた糸や、(そで)の所々に空いた穴が、戦闘のはげしさを雄弁に物語る。

 理由はないが、二人一緒に更衣室を出る。

 灯りを消す時、パチン……とスイッチを切り替える音が、うら(がな)しく耳に響いた。


 体育館に入ると、中では、臨組(りんぐみ)生徒たちの様々な感情が渦巻いていた。

 驚き、感動、嫉妬、(しん)()結果への興味。

 みな一様(いちよう)に体面を保って、遠巻きにイチカ達を見つめるばかりである。

 その中をイチカがしょんぼりと、華隠は飄々(ひょうひょう)とした空気で後頭部に手を()えてまっすぐ歩く。

 横向き二面のバスケットコートを半分ほど過ぎた辺りで、希更が、壇上前から肩を揺らしてイチカに駆け寄る。


「藤森さん!」


 元気よく飛びだす親友の姿に、イチカを覆う陰鬱(いんうつ)(かげ)りが晴れた。


「あっ、希更ちゃん! もう動いても平気なんですか?」


 希更はリタイア直前の苦しさを感じさせず、生き生きとした様子で返す。


「ええ。東雲(しののめ)先生の調合薬と、空気が綺麗な所で休んだ()(かげ)で、すっかり良くなったわ」


「でも、校庭は()(うみ)だったんですよ。平気な所なんてあったんですか?」


 すると、学級委員のあいとこのえが、体育館の中央で三人を迎える。


「ここは避難所でもあるし、獅堂さんと柳沼(やぎぬま)さんの神通力で、煙の侵入を防いでいたのよ」


 術を使い続けた疲労から、このえは少し(やつ)れた笑みで、イチカの健闘に感嘆を

漏らした。


「藤森さん。貴方(あなた)、本当に最後まで生き残りましたのね……」


 イチカの頬が一瞬(ゆる)むが、不安が残る結果を思い出して、心の(しこ)りが(うず)きだす。


「でも、絶対に勝ったとは言い切れないし、わたし、希更ちゃんにも悪い事しちゃって……」


 鬱々(うつうつ)と歩みを続けるイチカの横で、()()()()とした顔ののんが、負けず嫌いに

口を開いた。


「まっ、あちしを本気にさせた事だけは認めてやるだわさ。希更も、今回だけは

素直に諦めて、学期末の中忍ちゅうにん試験の時にでも、忍術伝法の儀をまとめて受けるわさ」


 のんな捨て台詞のあと、壇のすぐ下、金岡(かねおか)あきえが無責任な発言に(こぶし)を震わせる。


(ホムラ)……。貴方(アンタ)、こんな時に、まだそんな事を……!」


 少し前までは同類どうるいだった理乃が、両手を頭上に振って、あきえの正面に回り込む。


「チョットあきえ、ストップ、ストーップ! 華隠(カノン)はいま戻ったばかりで、なんにも知らないんだから」


 理乃の仲裁ちゅうさいの意味が分からず、華隠は(こし)に手を当てて、奇妙な顔で立ち止まった。


「知らないって、成績評価の事だわさ? もしかして、イチカ以外にピンチの奴でも(ほか)に居るとか……」


 当たらずとも遠からずの答えに、愛里とあきえが()()がちに告げる。


「いいえ。此処(ここ)にいる人は、結果待ちの貴方(あなた)たちと水野さん以外、全員合格よ」


「愛里は当然として、成績ピンチのアタシですら、技術点(ぎじゅつてん)の加算で合格。(かた)悪いかも知んないけど、試験で自信のない人ほど、普段の出席率が良いからね。落とすための成績評価じゃないし、当たり前っちゃあ、当たり前なんだけど……」


 7人全員が壇上前に集合すると、華隠はウンザリとした心境で疑念を漏らした。


「それなら結局、なにをそんなに()()めてるんだか……。たかが一度の失敗くらいで」


「それが……。水野さんにとっては、数ある内の一つでは済まされないんですの」


 このえが待機中に聞いた話を説明すると、華隠は目と口を大きく()けて、(あわ)てふためく。


「んなっ!? なななななななっ!? 希更が()()()()を辞めさせられるぅ~!?」


 その話はすでにクラス中に知られており、沈黙すれこそ、改めて驚倒(きょうとう)する者は

一人も居なかった。

 希更は胸の前へと両手を重ねて、不安そうに事実を訴える。


「ええ、そうなの……。父との約束で、身体を()(づか)って忍びの世界を引退するか、私の意思を尊重して学園に通い続けるか、この進級試験に()かってたの」


 衝撃の内容に加え、もはや取り返しの付かないこのタイミング。

 華隠は罪悪感から両手で頭を挟み、体育館の天井を見上げて絶叫する。


「んが~ぁ!! そうと知ってれば、最後の所でリタイアしてやるべきだったぁ~!!」


 戦闘中とは別方向の見苦しさから、愛里は、眼鏡のレンズを()(しろ)に曇らせて呆れる。


流石(さすが)の貴方も、クラスメイトの強制引退には(うし)ろめたく感じるのね」


「あちしが知ってたのは、イチカと教頭の密約のみ。単位だけなら技術点ぎじゅつてんでガッポガッポと稼げるし、事情を知ってりゃ、とっとと希更たちに(はな)を持たせてやっただわさ!」


 するとその横から、理乃がこぶしを縦に揺すって弁解する。


「そうだよ。ボクだってそれだから、イチカに負けてやったのに!」


 誰もが一瞬()ぎったことを、このえが的確に指摘した。


「嘘おっしゃい! 貴方(あなた)、普段でしたら絶対に口にしない『くそう!』とか叫んで、戦闘中に悔しがってたじゃありませんか」


「べ~だ。ふくいんちょ(ちょ)の意地悪っ!」


 理乃が場を崩して、このえが暗い雰囲気をき混ぜるが、イチカと希更は一言ひとことはっしない。

 無神論者のあきえが、両手の指をこうんで神頼みを始めた。


「もうこうなったら、(ホムラ)たちには悪いけど、水野っち(みずのっち)のペアが勝つのを祈るばかりだよ」


 するとその直後、壇上奥、『(あま)(いわ)()』と呼ばれる強固な壁板(かべいた)が開き、審査に加わった教師たちが横一列に整列する。

 最後に、審査委員長の五部(いつつべ)学長も其処(そこ)に加わり、列の中央でマイクのスイッチを入れた。


「皆さん、ながらくお待たせしました。つい先程、最終対決の勝敗と採点さいてんが終わりました」


 どちらともなく、イチカと希更は、互いの指を(から)って不安を分かち合う。


「希更ちゃん。私達、一体(いったい)どうなるんでしょう……」


「今はもう、私達の勝利を信じるしかないわ」


 二人の覚悟が整うと同時に、五部(いつつべ)学長の口から、試験結果が発表される。



「今回のけん優勝者は、『焰薙(ほむらぎ)華隠・柳沼(やぎぬま)理乃』(ぐみ)!」



 永遠とも思える長い沈黙。

 喜びとか、喝采(かっさい)とか、そういった好意的な反応は一切いっさいなかった。

 優勝分の遂行点(すいこうてん)(のが)したという事は、イチカと希更の単位不足を意味する。

 ややあって、坂本愛里が片手を挙げて異議を唱える。


「学園長。試験最後の瞬間は、私達もこの目で見ていました。あれは、見る限り(あい)()ちです。それをどうして、焰薙(ほむらぎ)柳沼(やぎぬま)両名の勝利と言うのでしょうか?」


 明確な反論にも関わらず、五部(いつつべ)学長は落ち着き払った様子で返す。


貴方(あなた)たちの()わんとすることや、水野さん達の事情もよく心得ています。では、それを踏まえた上で、学年主任の臥龍(がりゅう)先生から、試験の解説をお願いしましょう」


 真横の学園長からマイクを受け取り、仁斎は軽く咳払(せきばら)いを入れる。


「え~。それではこの(わし)臥龍仁斎(がりゅうじんさい)から、(さき)の戦闘について解説しよう。まず、(せん)()で藤森さんが()()めるような一撃を加えた点は、見事と言うより(ほか)にない。じゃが、忍びの(つと)めは目的を果たしてなんぼの(もの)。制限時間や技ありといった、被害判定の蓄積ならともかく、あの攻撃一つでは意味をなさない。従って、勝敗の基準は、最後の一撃に左右される」


 仁斎は眼下の生徒を一瞥(いちべつ)し、全員の理解がいているのを確認すると、本題へと移った。


「審査の焦点となったのは、武器と斬撃の相性じゃった。焰薙(ほむらぎ)()(のん)の持つ武器は使い慣れた大太刀であり、藤森(ふじもり)イチカの武器は、その場に()()う、尖った棒を使った即席の槍。これだけでも焰薙さんに()があった訳じゃが、そこに攻撃範囲が加わり、優劣がハッキリした」


 生徒達の様子からは、反論の意図が感じられない。

 仁斎(じんさい)は威厳のある口調で話を進めた。


焰薙(ほむらぎ)さんは『斬撃』という広い面状攻撃(めんじょうこうげき)なのに対し、藤森さんは『突き』という、非常に(せま)い狙いであった。どちらの(やいば)が先に届くかで結末は違ってこようが、確率の上では、焰薙(ほむらぎ)さんの攻撃が藤森ふじもりさんを仕留め、藤森さんの突きは外れていた可能性が高い」


 再び仁斎(じんさい)は言葉を短く切ると、審査上、最も重大な点へと()れる。


「なにより、藤森さんの攻撃で一本(いっぽん)を取るには、あの状況なら、敵の急所を突くより(ほか)にない。しかし即席とはいえ、切断された鉄棒の()(あじ)は本物。当たれば、死は(まぬが)れない。ルールの上でも、藤森さんが勝利する要因はなかった。以上が、けん優勝者、選定の理由じゃ」


 長い解説を終えて、臥龍仁斎(がりゅうじんさい)五部(いつつべ)学長へとマイクを戻した。

 舞台中央から斜め下、説明に耳を傾けていたイチカは、暗い表情で(うな)()れる。

 無意識とは言え、あのとき自分は、クラスメイトに殺意を向けていたのだ。

 失望と後悔がむねの底へと積み重なって、おりのようなよどみに変わる。

 イチカの物悲しい呟きが、シンと静まり返った講堂内に響いた。


「それじゃあ、私と希更ちゃんは不合格……。くのいち、辞めないと()けないんですね」


 すると学長の口から、淡泊にも、思い掛けない言葉が返される。


「いいえ。貴方(あなた)たちは、不合格ではありません」


 またしても場内じょうないがシ~ンと静まり返り、そして、たった一言ひとことに生徒たちの気持ちが集約される。


 「「はっ?」」


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