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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
5章 藤森イチカの進級試験
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藤森イチカの進級試験!

 急迫する二つの影が、火花を散らして刃(やいば)を交わす。

 胴薙ぎに華隠が振るう一撃を、長短(ちょうたん)二つの刀身でイチカが防いだ。

 氣術強化で踏(ふ)んばり耐えるが、巨象の如(ごと)き重い一閃に、筋繊維が悲鳴を上げる。

 剣は離れず、体重をぶつけあう『鍔(つば)迫(ぜ)り合(あ)い』に変化した。

 少しでも気を抜けば、腕を支える電気信号が途(と)絶(ぜつ)して、力が抜けてしまいそうだ。

 二振りの金属塊(きんぞくかい)を通じて感じる外部圧力が、前後の向きから、上下方向へと勢いを変える。

(力が下(した)に流される……。狙いは『押し崩し』たあとの左太腿(ひだりふともも)と、すばやい切り返しか!)

 イチカは相手の剣筋(けんすじ)を読んで、右足を軸に一歩退(さ)がり、切っ先を掠(かす)めてやり過ごす。

 華隠の剣が左に逸(そ)れたことで、右前方に隙(すき)を見付けた。

 上体を前のめりにしたイチカの反撃。

 右足が軸(じく)のせいで大きく前に出れず、刀身の短さが仇(あだ)となって、間合いが狭くなった。

 それでも攻撃直後の反撃(カウンター)だけに、常識的には躱(かわ)すことが出来ない。

 イチカの剣閃が届く前に、華隠の体表面が黄金に輝く。

「おおっと、危ない!」

 華隠は、周囲で燻(くすぶ)る燃焼薬から薬効成分を嗅(か)ぎ取り、練丹術で反応速度を倍(ばい)加(か)させる。

 それと同時に、氣術を使って素早く後(うし)ろに跳び、縮地(しゅくち)の歩(ほ)法(ほう)で致命の一撃を俊足回避(しゅんそくかいひ)した。

 後退の運動(うんどう)余波が、太刀を後(うし)ろに回した『脇構(わきがま)え』の体勢を作る。

 華隠が腕(うで)を頭上に回した、大上段からの兜割りを放った。

 防御を許さぬ大振りの一撃を、イチカは再びカウンター狙いで左に身(み)を捌(さば)く。

 その瞬間、地上の篝火(かがりび)が小さく揺らめき、遅れて、風の流れを肌で感じた。

 華隠の重斬撃が気流に煽(あお)られて角度を変え、さらには大きく弧(こ)を描いて、斜めに空間を切り取る。

(ダメ……。回避が間(ま)に合(あ)わない!)

 その場を浅く跳び、斬空刀と脇(わき)差(ざ)しを身体の前に立てて、剣打の勢いを後(うし)ろに流す。

 イチカは辛(かろ)うじて華隠の強引な袈裟斬(けさぎ)りを防いだが、剣圧に飲まれて、後方(こうほう)高くへと薙(な)ぎ飛ばされた。

 横向きに半回転して左肩(ひだりかた)から着地し、横転を二度経(へ)て立ち上がる。

 肩は痛むが、受け身の御(お)蔭(かげ)で問題なく動いた。

 無理があったのは、身体ではなく武装の方だ。

 刀身硬度の限界を超(こ)えた衝撃で、脇(わき)差(ざ)しの軸が見事に歪(ゆが)んでいる。

 イチカは、役目を終えた短剣をその場に放り捨てると、柄(ガラ)にもなく皮肉をぶつけた。

「太刀(たち)筋(すじ)を曲げるだなんて……。剣士というより曲芸師(きょくげいし)ですね」

 地上の炎が、赤く燃える舌をチロチロと宙に延ばす。

――今の攻撃は、剣の軌道を見破らなければ避(よ)けられなかった。

 敬意を孕(はら)んだ華隠の横顔を、熱(ねつ)の光が怪しく差した。

「あちしの剣技は、臥龍仁斎(オジジ)や石川(いしかわ)先生のソレとは違って、剣に神通力(じんつうりき)を乗せた

変幻自在の柔撃剣(じゅうげきけん)。その名も『飛(ひ)燕剣(えんけん)』だわさ。初速(しょそく)度(ど)に神通力の風を呼び込んで剣閃軌道を曲げ、氣術と筋力で弧(こ)を描くように曲げ穿(うが)つ。さながら、空を舞う燕(ツバメ)の如(ごと)し。それゆえの飛(ひ)燕(えん)!」

 殺気と共(とも)に風が膨らみ、燃焼剤の火(ひ)の粉(こ)が一斉に飛んで、偶然にも、一羽の蝶を象(かたど)った。

 火(ほ)影(かげ)の蝶(ちょう)が闇夜を渡り、宙に紅蓮の鱗粉(りんぷん)を舞い散らす。

 華隠はゆっくりとした動きで、大太刀を中段へと構え直した。

「イチカ……。あちしに剣で真(ま)っ向(こう)勝負しようとは、十年……。否(いや)、百年(ひゃくねん)早いだわさ!」

 舞い靡(なび)く蝶(ちょう)の羽は、今度は南の空へと向かう。

 反射的にそれを目で追ったイチカは、視界の隅に回旋塔(かいせんとう)を捉えた。

「確かに剣(けん)での戦いでは、華隠さんとは勝負になりません。ですが、剣(けん)以外での戦いだったら、私にだって勝ち目はあります!」

 赤熱(せきねつ)の蝶(ちょう)が闇夜に散った!

 イチカは斬空刀を納めて逃走し、背後から迫(せま)る手裏剣をジグザグに走って躱(かわ)す。

 校庭南東の砂(すな)場(ば)横に到着すると、回旋塔(かいせんとう)を引っこ抜き、全身を捻(ひね)って華隠へ投げ飛ばす。

「ハン……。あちしも一応、豪剣(ごうけん)くらい使えるだわさ。そんな物(モン)、真っ二つにしてくれる!」

 太刀を構(かま)えて両断しようと待ち受けるが、回旋塔(かいせんとう)の側面から、不意に刃(やいば)が飛び出した。

 少しでも接触したら、戦闘不能の深(ふか)手(で)を負ったと見なされる。

「なんとぉう!」

 華隠はすぐさま脚(あし)に氣術を集中させて、空中高くへと緊急回避する。

 イチカはその隙に、氣術(きじゅつ)強化で第二倉庫の隣りへと疾走。

 チェーンネットの端を掴(つか)み、跳躍と共(とも)に両手を高く挙(あ)げると、鎖の編(あ)み目(め)が固定用のフックから一挙に外れた。

「お次はコレです!」

 イチカは大きく身を捻(ひね)って、落下中の華隠へと、チェーンネットを放り投げる。

 華隠は鉄(てっ)鎖(さ)の網(あみ)を頭上から被って、着地後の動きを停止させた。

「ぬおおおおおおっ。イチカの癖(くせ)に小賢しい。あちしを生け捕りにしようとは!!」

「まだまだぁ!!」

 相次ぐ氣術(きじゅつ)行使で、金属性の術力が完全に切れていた。

 イチカは、残り少ない撒(ま)き菱(びし)グミを取り出し、歯を食(く)い縛(しば)って握り締める。

――鈍痛(どんつう)と酸味。

 それに続いて、全身を駆け巡る荒(あら)ぶる闘気。

 血が沸き、肉が躍(おど)り、魂が爆(は)ぜる!

 イチカは近(ちか)場(ば)の鉄棒を取り外すと、氣術を込めて校庭上空へと投擲(とうてき)した。

「甘いっ。そんなデタラメ技で仕留められるほど、この華隠様(サマ)はヤワじゃないだわさ!!」

 華隠はネットを掴(つか)んで高速回転。

 鎖の舞(ぶ)踏(とう)で鉄棒の侵入角度をずらし、落下する全(すべ)ての棒から身を守る。

 直撃していれば、まず命は無かっただろう。

 しかし、判定員からの反則宣言がなかった事から分かる通り、イチカの狙いは、最初からネット本体と地面にある。

 地面に突き刺さった鉄棒がチェーンネットの編(あ)み目(め)を縫って、華隠の動きをきつく封じる。

「ぬおおお……。このあちしが、まんまと繋(つな)がれるとは!」

 このままでは、手裏剣の餌(え)食(じき)となる。

 華隠は袖(そで)の内から煙玉(けむりだま)を取り出して、足下に叩き付ける。

 白煙(はくえん)が瞬時に辺りへ立(た)ち籠(こ)め、正確な位置を眩(くら)ませた。

 続いて、煙の雲に膨(ふく)らむ黄金の閃光。

 練丹術で呼吸を維持しつつ、氣術を込めた大太刀で、鎖(くさり)の網(あみ)を断ち切るつもりなのだ。

――下手(へた)に近付けば、チェーンネットごと寸断される。

 イチカはその場で動きを止めると、次の一手を模(も)索(さく)した。

 互角の勝負へ持ち込むには、相手の間合(まあ)いを崩すのが一番だ。

(考えろ、考えろ……)

 ささくれ立った心で乱暴(らんぼう)に頭をかき回すと、指先に固い円盤(プレート)が当たった。

「そうだ、この髪留めがある!!」

 髪飾りの宝石を五(いつ)つ同時にぶつければ、さしもの華隠も、再起不能に陥(おちい)るはず。

 イチカは正門前に駆け寄ると、すばやく鳴(なる)子(こ)を引き抜いて、縄の端(はし)に斬空刀を結(ゆ)わえる。

 さらには、手元へ向けて棒(ぼう)手裏剣を等間隔に結び、斬空刀と反対側、手元に残る縄(なわ)の末尾に、刀の鍔(つば)を象(かたど)った結晶器具を結び付けた。

 いっぽう校庭中央、チェーンネット下(した)の華隠が闘気を練り終える。

「イチカの奴(ヤツ)め。このあちしに、なんて不(ふ)埒(らち)な真似を……。ちぇぇぇえい!!」

 氣術を帯(お)びた剣で金属ネットをバラバラに断ち、敵を求めて周囲を窺(うかが)う。


――お互い、小(こ)細(ざい)工(く)勝負にはウンザリだ。


 闘争心のこもった二つの視線が、火(ひ)の粉(こ)が舞う空で激しく衝突する。

 イチカは輪状(わじょう)に束ねた縄を肩へと通し、斬空刀の柄(つか)を口に咥(くわ)える。

(あとは理乃さんの時と同じように、質量兵器で打(ぶ)ったたく!)

 校舎下に放棄された雲梯(うんてい)を両手に、イチカが校庭中央へと接敵する。

 体面(たいめん)など一切(いっさい)気にしない。

 髪は振り乱れ、背中と頬(ほほ)を、淋(りん)漓(り)と汗が伝い落ちる。

 イチカの鬼気迫(せま)る疾走に、理性の飛(ト)んだ華隠は、歓喜の声をはりあげた。


「来(き)たきたキター! これぞ死闘!! さぁ、もっともっとあちしを追いつめ、

限界を見せてみろぉぉぉぉお!」

『うああああぁ!』


 魂の奥底で、イチカの獣声が轟く。

 右・左・斜めと、ガード不能の連撃(れんげき)を振るうイチカと、隙を窺(うかが)いつつ、跳躍して躱(かわ)す華隠。

 接近を諦(あきら)めた華隠が大太刀を後(うし)ろに放り投げ、バク転の連続で距離を取った。

 敵をまっすぐ追いかけて、イチカの『突き』がくり出される。

 華隠が、地面に突き刺さった大太刀の横に着地すると、相手の直線的な追撃に瞳(ひとみ)を滾(たぎ)らせた。

「もらった! 氣(き)剣(けん)・岩斬豪裂(がんざんごうれつ)!!」

 全身に揺らめく闘気が太刀へと集まり、白銀の軌(き)跡(せき)が、垂直に空間を閃く。

 イチカは反射的に左手を離して身(み)を開(ひら)いた。

 予感は的中し、剣から放たれる氣(き)が、雲梯(うんてい)の中心を真一文字に斬り裂く。

 もし避(よ)けていなければ、イチカの身体は、真っ二つに裂(さ)かれて死んでいた。

 瀑男(バクダン)先生が、日頃のべ(・)ら(・)ん(・)め(・)え(・)口(・)調(・)を忘れて厳重注意を飛ばす。

「焰薙(ほむらぎ)ぃ。んな物(モン)当たったら、相手は死んでんぞ。さっさと正気に戻りやがれ!」

 すると華隠は、激戦好敵(げきせんこうてき)を得た愉悦から、狂気の笑みで反発した。

「正気ぃ? なにを頓(とん)痴気(ちき)なこと言ってるだわさ。目の前で、忍術を持たなかった無名の忍びが、このあちしと互角に戦ってる……。こんな面白い戦い、今までの

忍者生活で初めてだわさ。さぁ、イチカァ~。どんどん掛かって、ズパズパ斬り合うだわさぁ~!!」

 相手に苦痛を刻む、サディスティックな笑みではない。

 これはいわゆる戦闘興奮(コンバットハイ)という奴だ。

(此奴ぁ(こいつぁ)どうする? 戦闘継続は流石(さすが)にヤバイか……)

 一秒にも満たぬ逡巡。

 凍て付いた瀑男(バクダン)先生の思考を、イチカの声が呼(よ)び醒(さ)ました。

「瀑男(バクダン)先生! 私も、まだ終わる訳には行きません。さっきの私の鉄棒だって充分(じゅうぶん)危険ですし、反則退場で遂行点(すいこうてん)なしの優勝じゃ、どのみち私と希更ちゃんは退学です!」

 束ねた縄を半分ほど地面に解(ほど)き、斬空刀を構えるイチカ。

 瀑男(バクダン)先生の目からしても、こちらも幾分(いくぶん)、興奮気味の表情だ。

 しかし、どこにも我(われ)を忘(わす)れた空気はない。

 据(す)わった肝(きも)に、底冷えするような強い意志。

 そのくせ、内(うち)には途方もない熱(ねつ)を抱えている。

――熱(あつ)いのか? 冷(つめ)たいのか?

 いったいこの小娘(こむすめ)たちは、どれだけ自分たち大人の想像を凌駕(りょうが)するつもりだ。

(此奴(こいつ)はどえらい野郎だぜ……。女の癖(くせ)に、キンタマ付いてるに違いねえや!)

 二人の心意気に触発されて、瀑男(バクダン)先生が、情熱たっぷりに己(おのれ)の美学を唱える。

「そんならもう、俺はなんにも言わねぇぜ。もしもの時は、俺たち教師が尻(ケツ)を持ってやらぁ……。戦いも芸術も、そして人生も、み~んな纏(まと)めて爆裂だ! 遠慮せずにぶつかって来(こ)い!!」

 瀑男(バクダン)先生の気合に呼応して、校庭中の灯火(ともしび)が、天に向かって激しく燃えあがった!

 真っ二つに割れた雲梯(うんてい)の狭間で、華隠が凶悪に吼(ほ)え猛(たけ)る。

「さあ、もっともっと斬り合うだわさ! 掛かって来(こ)ぉい、イチカァ!!」


「いいえ。次の一撃で終わりにしてみせます!」


 イチカは、二つに裂かれた雲梯(うんてい)を地面に突き刺し、もう片方も別角度へと刺して足(あし)場(ば)を作る。

 チェーンの絡(から)んだ鉄棒もそれに加えると、ちょうど、華隠の周囲を取(と)り囲(かこ)む配置だ。

 イチカは雲梯(うんてい)の上に飛び乗ると、縄(なわ)継(つ)ぎ刀(がたな)を振り回して、上方からの攻撃を仕掛ける。

 敵の振りかぶる動作に合わせて、華(か)隠(のん)が打ち返しのために、大太刀を後(うし)ろに引いた。

「いざ勝負だわさ、イチカ!」

 防御に転じる直前、長い峰(みね)が地上に突き立つ鉄棒に接触して、甲高(かんだか)い金属音を奏でる。

「なっ……。狭(せま)くて剣が振れないとは!!」

 已(や)むなく回避に専念する華隠は、鉄棒の柱(はしら)を利用して、射線上を巧(たく)みに外れる。

 するとイチカは、さらに高く迫(せ)り出(だ)した棒へと飛び移り、華隠の頭上で遠距(えんきょ)離(り)武装を振り回す。

 これを華隠が切り上げて弾くが、縄の左右(サイド)に結ばれた棒(ぼう)手裏剣が肌をかすめ、戦闘(せんとう)衣(い)を浅く引っかく。

 上方(じょうほう)範囲外からの攻撃を捌(さば)きながら、華隠が虚(こ)空(くう)に当たり散らした。

「弾(はじ)いてもお釣りが来るうえに、金属棒がガチガチうるさいだわさ!」

 両者から離れた昇降口前(まえ)の水道で、五部(いつつべ)学長が、イチカの戦闘スタイルに目(め)を瞠(みは)る。

「あの戦い方、そしてあの武器の形状……。もしや、かつてこの地に天海衆(てんかいしゅう)が攻め込んで来た際、敵の首領、天空(てんくう)を封じるために使われた、五行(ごぎょう)連(れん)剉(ざ)・乱蛇帯(らんじゃたい)と同型のもの……」

 五部(いつつべ)学長の呟きをヒントに、忍具に詳(くわ)しいカラクリ伝造が、記憶を手繰(たぐ)り寄せる。

「乱蛇帯(らんじゃたい)……。あ(・)ち(・)き(・)も聞いた事が有(あ)りやすねぇ。なんでも、この学園の開祖に当たる、陽忍術の初代(しょだい)皆伝者・雪風(ゆきかぜ)様が遺(のこ)したとされる神(しん)具(ぐ)でやんすね」

 里の秘事を披(ひ)露(ろう)しがてら、丸眼鏡の位置を調節するカラクリ伝造(でんぞう)。

 ところが、イチカの秘策に気付くや否(いな)や、落ち着きを払(はら)った雰囲気が、俄(にわ)かに崩れだす。

「とすると、後(うし)ろに付けた結晶器具……。あれはつまり、至(し)高(こう)の忍術媒体、五行(ごぎょう)宝輪(ほうりん)の代替物。五部(いつつべ)学長、流石(さすが)にそれは、藤森さんが危険でやんすよ! 高純度(こうじゅんど)

媒体は、あまりに強い力のせいで制御が不可能。単独使用ともなれば、自爆同然

の暴発を引き起こしやす」

 するとその隣り、臥龍仁斎が森厳(しんげん)な空気で首を振り、伝造(でんぞう)先生の懸念を否定する。

「伝造(でんぞう)先生、それは恐らく心配無用じゃ。あの結晶は、消滅寸前で威力も低い……。それに、柳沼(やぎぬま)さんとの戦闘でハッキリした事がある」

「ハッキリしたこと……、と仰(おっしゃ)いますと?」

「藤森さんは火(ひ)と金(きん)、つまりは相剋(そうこく)する要素を物(もの)ともせず、忍具の力を身体に取り込む特(とく)異(い)体質の持ち主。すなわち藤森さんこそ、儂(わし)と五部(いつつべ)学長が長年(ながねん)探し求めてきた逸材(いつざい)。彼女は、あの呪術師天空(てんくう)を斃(たお)すために、運命選定法(うんめいせんていほう)によってこの忍ヶ丘(しのびがおか)に誘(いざな)われたのじゃ!!」

 校庭中央、華隠が大太刀に氣(き)を集中させて、前方横一列に氣(き)剣(けん)を放つ。

「小癪(こしゃく)な棒切れめ、このあちしが成敗してくれるぅぅぅ!!」

 岩斬豪裂(がんざんごうれつ)の波動が、鉄棒を腰(こし)の高さへと切り揃える。

 大幅(おおはば)な高低差を失ったイチカは、地面へと着地してから、乱蛇帯(らんじゃたい)を大きく横(よこ)に振り回した。

「当たれ~!!」

 言葉とはまったく違い、イチカは先端(せんたん)部分の斬空刀を、見当(けんとう)外れの方向へと旋回させる。

 縄(ロープ)の長さが仇(あだ)となり、これっぽっちも制御できていない。

 華隠が失笑に鼻を鳴らした。

「ハン……。なにかと思えば、信じられないノーコンだわさ。いざ、その隙に!!」

 大太刀を斜(なな)め後(うし)ろに傾けて、勢いよく駆けだす華隠。

 イチカの乱蛇帯(らんじゃたい)は、彼女の左横(ひだりよこ)を大きく外れて旋回し、しかし、岩斬豪裂を免(まぬが)れた鉄棒に触れて軌(き)道(どう)を一気に修正して、華隠の背後から大回りに忍び寄る。

 先端に付いた斬空刀(ざんくうとう)が風を切り、華隠の全身を幾(いく)重(え)にも絡(から)めとった。

「これはまさか、理乃が得意にしてる技!!」

 華隠が氣術で縄を引(ひ)き千切(ちぎ)る直前、イチカが棒(ぼう)手裏剣の霊術(れいじゅつ)機能を、遠隔起動させる。

「突き立て、鋼鉄の刃(やいば)! 氣術鳴動(きじゅつめいどう)!!」

 陰陽(いんよう)五行(ごぎょう)を構成する五つの要素、木(もっ)火(か)土(ど)金(ごん)水(すい)。

 そのうち、金(ごん)の氣術は水(すい)の霊術を相生(そうじょう)させ、術者の任意で、特定の効果を励(れい)起(き)させる作用がある。

 周囲に拡散した氣術の力が、棒(ぼう)手裏剣の霊術を発動させ、華隠の衣服を縫(ぬ)い止(と)める。

 棒(ぼう)手裏剣は試験用に刃(は)を潰してあるが、先端部分が、皮膚(ひふ)の上から骨を強く圧迫する。

「うがあぁあぁぁぁ!!」

 燎原(りょうげん)を走る苦悶の咆吼。

 全身を縄と棒(ぼう)手裏剣で縫(ぬ)い止められて、華隠はまったく身動きが取れない。

 その隙にイチカは、左手で結晶器具の髪(かみ)留(ど)めを握り締めて、躊躇(ちゅうちょ)なく駆けだした。


「これが私(わたし)の…………最(さい)後(ご)の一撃(いちげき)ぃぃぃぃぃ!!」


 螺旋状(らせんじょう)に掌底(しょうてい)を打ち込み、『掌弾(しょうだん)・五行宝輪(ごぎょうほうりん)』が華隠に炸裂する!!

 青・赤・黄・白・黒。

 五つの光が天空を貫き、結晶内の純(じゅん)エネルギーが地表を薙(な)ぎ払う。

 密着状態のイチカは、その衝撃で20メートル近(ちか)くも弾き飛ばされた。

 吹き飛びの余波だけでも、焦土(しょうど)と化した校庭で何度も宙を舞い、容赦なく地面に叩き付けられて、紙クズ同然に転げ回る。

 仰(あお)向(む)けに停止して、左肩を走る激痛(げきつう)に悲鳴を上げた。


『ぅああああぁぁあぁ!!』


 耳元で魔獣の唸(うな)りが木霊する。

――自分の叫び声だ。


 反射的に肩へと回した右手が、皮膚(ひふ)の異常な伸長(しんちょう)と、醜悪な窪(くぼ)みを知覚する。

 左肩が完全に脱臼(だっきゅう)していた!!

 一方、イチカ渾身(こんしん)の一撃を喰らった華隠も、尋常ならざるダメージである。

 全属性(ぜんぞくせい)の陽忍術攻撃に肉体が自動的に反応し、神通((木))・練丹((土))・霊術((水))のダメージを

中和するが、霊術((水))と法術((火))の二つを使えない華隠は、両者の相剋(そうこく)属性である火(ひ)と金(きん)の合成エネルギーを受けて、シルバーレッドの残留光(ざんりゅうこう)に包まれる。

 熱(ねつ)の力が肉体を灼(や)き、電撃が身体中を駆け巡る。

 光の柱から漏(も)れ出たエネルギーが縄を断ち切り、空気中でスパークを起こした。

 やがて、力の猛(もう)威(い)が勢いを失うと、学内の照明が仁(に)王(おう)立(だ)ちの華隠を照らし出す。

――熱と電気。

 二つの高エネルギーに曝(さら)された肉体は、あちこちが燃(も)え滓(かす)で黒ずみ、頬(ほお)の一部はうっすらと爛(ただ)れ、毛先が千々(ちぢ)に乱れていた。

 白目を剥(む)いた彼女の身体が、『ガクッ……』と膝(ひざ)立(だ)ちに崩れる。

 流石(さすが)にこれは勝負アリか?

 瀑男(バクダン)先生が、片手を挙(あ)げて宣言する。

「藤森イチカ、いっぽ……」

 勝利宣言が整う直前、焰薙(ほむらぎ)華(か)隠(のん)の身体が短く跳ねた。

 気絶は一瞬のこと、地面に刺さった大太刀を支(ささ)えにして立ち上がり、解放エネルギー以上の執念で息(いき)を吹き返す。

「あちしは……、イチカに…………。否(いや)……」

 不意に、フッ……と笑みが零(こぼ)れた。

 ゆっくりとだが、身体が動く。

――自分はまだ戦える!!

 笑みの理由はそれだけではない。

 視界の先(さき)でイチカもまた、幽(ゆう)鬼(き)の如(ごと)くヨロヨロと立ち上がった。

 右手には、近くに落ちていた鉄棒の短い切(き)れ端(はし)。

 鋭利な先端を近接槍(きんせつやり)としてぶら下げ、昏倒(こんとう)寸前の蕩(とろ)けた瞳で前を見(み)据(す)える。

 見つめるは、華隠の後(うし)ろ。

 勝利の先にある、忍びとしての親友(希更)との日々。

 対する華隠は、イチカという強敵の向(む)こう側(がわ)。

 怒りでも、復讐でもない。



――『愛(あい)』すればこそ、深くて強い、他者(ひと)への『憎(にく)しみ』!!



 無念の汚名を着せられて死んだ両親に対する思慕(しぼ)の念が、傷付き、今にも斃(たお)れそうな自分を衝(つ)き動(うご)かす!

 先(さき)に蘇ったのは、華隠の方であった。

 悲痛の嘆きに闘志を乗せて、日常の韜晦(とうかい)に隠した、狂おしいまでの情熱を叫ぶ!

「あちしは……、誰にも負ける訳(わけ)には行かないんだわさぁぁぁぁ!!」

 その瞬間、イチカの瞳(め)にも闘志が宿った!

 引かれ合う魂(たましい)の咆吼(ほうこう)が、二人を熾(し)烈(れつ)な戦場へと駆り立てる。

 イチカと華隠は互いの武器を手に、肉体の限界を超えて疾(しっ)駆(く)する。


『イ~チカァァァァア!!』


『こんのぉぉぉぉぉぉお!!』


 両者の気合が錯綜(さくそう)し、大太刀と近接槍(ショートスピア)が同時に振るわれる。

 二つの刃(やいば)が肉体を斬り裂く直前、五部(いつつべ)紫(し)彩(さい)の號声(ごうせい)が、場内をするどく制した。


「そこまで!! 双方(そうほう)、刃(やいば)を納めなさい」


 気付くと、華隠の刃(やいば)を仁斎(じんさい)の太刀が止め、イチカの槍は、石川(いしかわ)残月(ざんげつ)の手で狙いが逸(そ)らされていた。

 戦いを強制的に中断させて、五部(いつつべ)学長が、威厳に満ちた声で二人に言い渡す。

「両者とも、本試験において古(こ)今(こん)無(む)双(そう)の戦いぶりでした。本物の刃(やいば)であれば、今の一撃で完全に勝負は着いていたでしょう。よって本試験は、審(しん)議(ぎ)による判定をもって終了とします」

 勝手に勝負を仕切られて、好戦的な華隠が、青白い顔で抗議を入れた。

「なにを澄(す)まし顔(がお)で、頓(とん)痴(ち)気(き)なことを……。実戦に、審(しん)議(ぎ)もなにもある訳ないっしょ」

 日頃からよく耳にする悪態(あくたい)の勢いがまるでない。

 イチカに至っては、電源を失ったロボットのように無言だ。

 生徒の将来と安全を思えばこそ、仲裁に入った仁斎(じんさい)も、厳格な態度で諭(さと)す。

「言いたい事はよく分かる。じゃが、これだけの危険な状態じゃ。文句を言(ゆ)うでない。これは、忍術皆伝者(かいでんしゃ)の命令じゃ。双方(そうほう)、潔(いさぎよ)く体育館へと戻り、大人しく、審(しん)議(ぎ)の結果を待つがよい」

 師(し)の言う事はもっともだが、希更の進退が懸(か)かってる以上、どこかスッキリしない部分がある。

 疲労に混濁(こんだく)する意識の中、それでもイチカが発せたのは、たった一言であった。

「ハイ…………」

・掌弾(しょうだん)『五行宝輪(ごぎょうほうりん)』

高純度媒体に蓄(たくわ)えられた膨大な術力を、5つ全て同時に解放するという『もう一つの皆伝奥義』。

木(もっ)火(か)土(ど)金(ごん)水(すい)。その力の源泉は大地の氣、すなわち龍脈の力とされる事から、

その究極系は星々や太陽のエネルギーを意味する。

あまりに強い力のために特定の形状をもたず、放たれた力は光や熱、プラズマ状となって観測される。

実質、この技を使える者だけが、この世から呪術師・天空(てんくう)を消し去ることが出来る。

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