藤森イチカの進級試験!
急迫する二つの影が、火花を散らして刃を交わす。
胴薙ぎに華隠が振るう一撃を、長短二つの刀身でイチカが防いだ。
氣術強化で踏んばり耐えるが、巨象の如き重い一閃に、筋繊維が悲鳴を上げる。
剣は離れず、体重をぶつけあう『鍔迫り合い』に変化した。
少しでも気を抜けば、腕を支える電気信号が途絶して、力が抜けてしまいそうだ。
二振りの金属塊を通じて感じる外部圧力が、前後の向きから、上下方向へと勢いを変える。
(力が下に流される……。狙いは『押し崩し』たあとの左太腿と、すばやい切り返しか!)
イチカは相手の剣筋を読んで、右足を軸に一歩退がり、切っ先を掠めてやり過ごす。
華隠の剣が左に逸れたことで、右前方に隙を見付けた。
上体を前のめりにしたイチカの反撃。
右足が軸のせいで大きく前に出れず、刀身の短さが仇となって、間合いが狭くなった。
それでも攻撃直後の反撃だけに、常識的には躱すことが出来ない。
イチカの剣閃が届く前に、華隠の体表面が黄金に輝く。
「おおっと、危ない!」
華隠は、周囲で燻る燃焼薬から薬効成分を嗅ぎ取り、練丹術で反応速度を倍加させる。
それと同時に、氣術を使って素早く後ろに跳び、縮地の歩法で致命の一撃を俊足回避した。
後退の運動余波が、太刀を後ろに回した『脇構え』の体勢を作る。
華隠が腕を頭上に回した、大上段からの兜割りを放った。
防御を許さぬ大振りの一撃を、イチカは再びカウンター狙いで左に身を捌く。
その瞬間、地上の篝火が小さく揺らめき、遅れて、風の流れを肌で感じた。
華隠の重斬撃が気流に煽られて角度を変え、さらには大きく弧を描いて、斜めに空間を切り取る。
(ダメ……。回避が間に合わない!)
その場を浅く跳び、斬空刀と脇差しを身体の前に立てて、剣打の勢いを後ろに流す。
イチカは辛うじて華隠の強引な袈裟斬りを防いだが、剣圧に飲まれて、後方高くへと薙ぎ飛ばされた。
横向きに半回転して左肩から着地し、横転を二度経て立ち上がる。
肩は痛むが、受け身の御蔭で問題なく動いた。
無理があったのは、身体ではなく武装の方だ。
刀身硬度の限界を超えた衝撃で、脇差しの軸が見事に歪んでいる。
イチカは、役目を終えた短剣をその場に放り捨てると、柄にもなく皮肉をぶつけた。
「太刀筋を曲げるだなんて……。剣士というより曲芸師ですね」
地上の炎が、赤く燃える舌をチロチロと宙に延ばす。
――今の攻撃は、剣の軌道を見破らなければ避けられなかった。
敬意を孕んだ華隠の横顔を、熱の光が怪しく差した。
「あちしの剣技は、臥龍仁斎や石川先生のソレとは違って、剣に神通力を乗せた
変幻自在の柔撃剣。その名も『飛燕剣』だわさ。初速度に神通力の風を呼び込んで剣閃軌道を曲げ、氣術と筋力で弧を描くように曲げ穿つ。さながら、空を舞う燕の如し。それゆえの飛燕!」
殺気と共に風が膨らみ、燃焼剤の火の粉が一斉に飛んで、偶然にも、一羽の蝶を象った。
火影の蝶が闇夜を渡り、宙に紅蓮の鱗粉を舞い散らす。
華隠はゆっくりとした動きで、大太刀を中段へと構え直した。
「イチカ……。あちしに剣で真っ向勝負しようとは、十年……。否、百年早いだわさ!」
舞い靡く蝶の羽は、今度は南の空へと向かう。
反射的にそれを目で追ったイチカは、視界の隅に回旋塔を捉えた。
「確かに剣での戦いでは、華隠さんとは勝負になりません。ですが、剣以外での戦いだったら、私にだって勝ち目はあります!」
赤熱の蝶が闇夜に散った!
イチカは斬空刀を納めて逃走し、背後から迫る手裏剣をジグザグに走って躱す。
校庭南東の砂場横に到着すると、回旋塔を引っこ抜き、全身を捻って華隠へ投げ飛ばす。
「ハン……。あちしも一応、豪剣くらい使えるだわさ。そんな物、真っ二つにしてくれる!」
太刀を構えて両断しようと待ち受けるが、回旋塔の側面から、不意に刃が飛び出した。
少しでも接触したら、戦闘不能の深手を負ったと見なされる。
「なんとぉう!」
華隠はすぐさま脚に氣術を集中させて、空中高くへと緊急回避する。
イチカはその隙に、氣術強化で第二倉庫の隣りへと疾走。
チェーンネットの端を掴み、跳躍と共に両手を高く挙げると、鎖の編み目が固定用のフックから一挙に外れた。
「お次はコレです!」
イチカは大きく身を捻って、落下中の華隠へと、チェーンネットを放り投げる。
華隠は鉄鎖の網を頭上から被って、着地後の動きを停止させた。
「ぬおおおおおおっ。イチカの癖に小賢しい。あちしを生け捕りにしようとは!!」
「まだまだぁ!!」
相次ぐ氣術行使で、金属性の術力が完全に切れていた。
イチカは、残り少ない撒き菱グミを取り出し、歯を食い縛って握り締める。
――鈍痛と酸味。
それに続いて、全身を駆け巡る荒ぶる闘気。
血が沸き、肉が躍り、魂が爆ぜる!
イチカは近場の鉄棒を取り外すと、氣術を込めて校庭上空へと投擲した。
「甘いっ。そんなデタラメ技で仕留められるほど、この華隠様はヤワじゃないだわさ!!」
華隠はネットを掴んで高速回転。
鎖の舞踏で鉄棒の侵入角度をずらし、落下する全ての棒から身を守る。
直撃していれば、まず命は無かっただろう。
しかし、判定員からの反則宣言がなかった事から分かる通り、イチカの狙いは、最初からネット本体と地面にある。
地面に突き刺さった鉄棒がチェーンネットの編み目を縫って、華隠の動きをきつく封じる。
「ぬおおお……。このあちしが、まんまと繋がれるとは!」
このままでは、手裏剣の餌食となる。
華隠は袖の内から煙玉を取り出して、足下に叩き付ける。
白煙が瞬時に辺りへ立ち籠め、正確な位置を眩ませた。
続いて、煙の雲に膨らむ黄金の閃光。
練丹術で呼吸を維持しつつ、氣術を込めた大太刀で、鎖の網を断ち切るつもりなのだ。
――下手に近付けば、チェーンネットごと寸断される。
イチカはその場で動きを止めると、次の一手を模索した。
互角の勝負へ持ち込むには、相手の間合いを崩すのが一番だ。
(考えろ、考えろ……)
ささくれ立った心で乱暴に頭をかき回すと、指先に固い円盤が当たった。
「そうだ、この髪留めがある!!」
髪飾りの宝石を五つ同時にぶつければ、さしもの華隠も、再起不能に陥るはず。
イチカは正門前に駆け寄ると、すばやく鳴子を引き抜いて、縄の端に斬空刀を結わえる。
さらには、手元へ向けて棒手裏剣を等間隔に結び、斬空刀と反対側、手元に残る縄の末尾に、刀の鍔を象った結晶器具を結び付けた。
いっぽう校庭中央、チェーンネット下の華隠が闘気を練り終える。
「イチカの奴め。このあちしに、なんて不埒な真似を……。ちぇぇぇえい!!」
氣術を帯びた剣で金属ネットをバラバラに断ち、敵を求めて周囲を窺う。
――お互い、小細工勝負にはウンザリだ。
闘争心のこもった二つの視線が、火の粉が舞う空で激しく衝突する。
イチカは輪状に束ねた縄を肩へと通し、斬空刀の柄を口に咥える。
(あとは理乃さんの時と同じように、質量兵器で打ったたく!)
校舎下に放棄された雲梯を両手に、イチカが校庭中央へと接敵する。
体面など一切気にしない。
髪は振り乱れ、背中と頬を、淋漓と汗が伝い落ちる。
イチカの鬼気迫る疾走に、理性の飛んだ華隠は、歓喜の声をはりあげた。
「来たきたキター! これぞ死闘!! さぁ、もっともっとあちしを追いつめ、
限界を見せてみろぉぉぉぉお!」
『うああああぁ!』
魂の奥底で、イチカの獣声が轟く。
右・左・斜めと、ガード不能の連撃を振るうイチカと、隙を窺いつつ、跳躍して躱す華隠。
接近を諦めた華隠が大太刀を後ろに放り投げ、バク転の連続で距離を取った。
敵をまっすぐ追いかけて、イチカの『突き』がくり出される。
華隠が、地面に突き刺さった大太刀の横に着地すると、相手の直線的な追撃に瞳を滾らせた。
「もらった! 氣剣・岩斬豪裂!!」
全身に揺らめく闘気が太刀へと集まり、白銀の軌跡が、垂直に空間を閃く。
イチカは反射的に左手を離して身を開いた。
予感は的中し、剣から放たれる氣が、雲梯の中心を真一文字に斬り裂く。
もし避けていなければ、イチカの身体は、真っ二つに裂かれて死んでいた。
瀑男先生が、日頃のべらんめえ口調を忘れて厳重注意を飛ばす。
「焰薙ぃ。んな物当たったら、相手は死んでんぞ。さっさと正気に戻りやがれ!」
すると華隠は、激戦好敵を得た愉悦から、狂気の笑みで反発した。
「正気ぃ? なにを頓痴気なこと言ってるだわさ。目の前で、忍術を持たなかった無名の忍びが、このあちしと互角に戦ってる……。こんな面白い戦い、今までの
忍者生活で初めてだわさ。さぁ、イチカァ~。どんどん掛かって、ズパズパ斬り合うだわさぁ~!!」
相手に苦痛を刻む、サディスティックな笑みではない。
これはいわゆる戦闘興奮という奴だ。
(此奴ぁどうする? 戦闘継続は流石にヤバイか……)
一秒にも満たぬ逡巡。
凍て付いた瀑男先生の思考を、イチカの声が呼び醒ました。
「瀑男先生! 私も、まだ終わる訳には行きません。さっきの私の鉄棒だって充分危険ですし、反則退場で遂行点なしの優勝じゃ、どのみち私と希更ちゃんは退学です!」
束ねた縄を半分ほど地面に解き、斬空刀を構えるイチカ。
瀑男先生の目からしても、こちらも幾分、興奮気味の表情だ。
しかし、どこにも我を忘れた空気はない。
据わった肝に、底冷えするような強い意志。
そのくせ、内には途方もない熱を抱えている。
――熱いのか? 冷たいのか?
いったいこの小娘たちは、どれだけ自分たち大人の想像を凌駕するつもりだ。
(此奴はどえらい野郎だぜ……。女の癖に、キンタマ付いてるに違いねえや!)
二人の心意気に触発されて、瀑男先生が、情熱たっぷりに己の美学を唱える。
「そんならもう、俺はなんにも言わねぇぜ。もしもの時は、俺たち教師が尻を持ってやらぁ……。戦いも芸術も、そして人生も、み~んな纏めて爆裂だ! 遠慮せずにぶつかって来い!!」
瀑男先生の気合に呼応して、校庭中の灯火が、天に向かって激しく燃えあがった!
真っ二つに割れた雲梯の狭間で、華隠が凶悪に吼え猛る。
「さあ、もっともっと斬り合うだわさ! 掛かって来ぉい、イチカァ!!」
「いいえ。次の一撃で終わりにしてみせます!」
イチカは、二つに裂かれた雲梯を地面に突き刺し、もう片方も別角度へと刺して足場を作る。
チェーンの絡んだ鉄棒もそれに加えると、ちょうど、華隠の周囲を取り囲む配置だ。
イチカは雲梯の上に飛び乗ると、縄継ぎ刀を振り回して、上方からの攻撃を仕掛ける。
敵の振りかぶる動作に合わせて、華隠が打ち返しのために、大太刀を後ろに引いた。
「いざ勝負だわさ、イチカ!」
防御に転じる直前、長い峰が地上に突き立つ鉄棒に接触して、甲高い金属音を奏でる。
「なっ……。狭くて剣が振れないとは!!」
已むなく回避に専念する華隠は、鉄棒の柱を利用して、射線上を巧みに外れる。
するとイチカは、さらに高く迫り出した棒へと飛び移り、華隠の頭上で遠距離武装を振り回す。
これを華隠が切り上げて弾くが、縄の左右に結ばれた棒手裏剣が肌をかすめ、戦闘衣を浅く引っかく。
上方範囲外からの攻撃を捌きながら、華隠が虚空に当たり散らした。
「弾いてもお釣りが来るうえに、金属棒がガチガチうるさいだわさ!」
両者から離れた昇降口前の水道で、五部学長が、イチカの戦闘スタイルに目を瞠る。
「あの戦い方、そしてあの武器の形状……。もしや、かつてこの地に天海衆が攻め込んで来た際、敵の首領、天空を封じるために使われた、五行連剉・乱蛇帯と同型のもの……」
五部学長の呟きをヒントに、忍具に詳しいカラクリ伝造が、記憶を手繰り寄せる。
「乱蛇帯……。あちきも聞いた事が有りやすねぇ。なんでも、この学園の開祖に当たる、陽忍術の初代皆伝者・雪風様が遺したとされる神具でやんすね」
里の秘事を披露しがてら、丸眼鏡の位置を調節するカラクリ伝造。
ところが、イチカの秘策に気付くや否や、落ち着きを払った雰囲気が、俄かに崩れだす。
「とすると、後ろに付けた結晶器具……。あれはつまり、至高の忍術媒体、五行宝輪の代替物。五部学長、流石にそれは、藤森さんが危険でやんすよ! 高純度
媒体は、あまりに強い力のせいで制御が不可能。単独使用ともなれば、自爆同然
の暴発を引き起こしやす」
するとその隣り、臥龍仁斎が森厳な空気で首を振り、伝造先生の懸念を否定する。
「伝造先生、それは恐らく心配無用じゃ。あの結晶は、消滅寸前で威力も低い……。それに、柳沼さんとの戦闘でハッキリした事がある」
「ハッキリしたこと……、と仰いますと?」
「藤森さんは火と金、つまりは相剋する要素を物ともせず、忍具の力を身体に取り込む特異体質の持ち主。すなわち藤森さんこそ、儂と五部学長が長年探し求めてきた逸材。彼女は、あの呪術師天空を斃すために、運命選定法によってこの忍ヶ丘に誘われたのじゃ!!」
校庭中央、華隠が大太刀に氣を集中させて、前方横一列に氣剣を放つ。
「小癪な棒切れめ、このあちしが成敗してくれるぅぅぅ!!」
岩斬豪裂の波動が、鉄棒を腰の高さへと切り揃える。
大幅な高低差を失ったイチカは、地面へと着地してから、乱蛇帯を大きく横に振り回した。
「当たれ~!!」
言葉とはまったく違い、イチカは先端部分の斬空刀を、見当外れの方向へと旋回させる。
縄の長さが仇となり、これっぽっちも制御できていない。
華隠が失笑に鼻を鳴らした。
「ハン……。なにかと思えば、信じられないノーコンだわさ。いざ、その隙に!!」
大太刀を斜め後ろに傾けて、勢いよく駆けだす華隠。
イチカの乱蛇帯は、彼女の左横を大きく外れて旋回し、しかし、岩斬豪裂を免れた鉄棒に触れて軌道を一気に修正して、華隠の背後から大回りに忍び寄る。
先端に付いた斬空刀が風を切り、華隠の全身を幾重にも絡めとった。
「これはまさか、理乃が得意にしてる技!!」
華隠が氣術で縄を引き千切る直前、イチカが棒手裏剣の霊術機能を、遠隔起動させる。
「突き立て、鋼鉄の刃! 氣術鳴動!!」
陰陽五行を構成する五つの要素、木火土金水。
そのうち、金の氣術は水の霊術を相生させ、術者の任意で、特定の効果を励起させる作用がある。
周囲に拡散した氣術の力が、棒手裏剣の霊術を発動させ、華隠の衣服を縫い止める。
棒手裏剣は試験用に刃を潰してあるが、先端部分が、皮膚の上から骨を強く圧迫する。
「うがあぁあぁぁぁ!!」
燎原を走る苦悶の咆吼。
全身を縄と棒手裏剣で縫い止められて、華隠はまったく身動きが取れない。
その隙にイチカは、左手で結晶器具の髪留めを握り締めて、躊躇なく駆けだした。
「これが私の…………最後の一撃ぃぃぃぃぃ!!」
螺旋状に掌底を打ち込み、『掌弾・五行宝輪』が華隠に炸裂する!!
青・赤・黄・白・黒。
五つの光が天空を貫き、結晶内の純エネルギーが地表を薙ぎ払う。
密着状態のイチカは、その衝撃で20メートル近くも弾き飛ばされた。
吹き飛びの余波だけでも、焦土と化した校庭で何度も宙を舞い、容赦なく地面に叩き付けられて、紙クズ同然に転げ回る。
仰向けに停止して、左肩を走る激痛に悲鳴を上げた。
『ぅああああぁぁあぁ!!』
耳元で魔獣の唸りが木霊する。
――自分の叫び声だ。
反射的に肩へと回した右手が、皮膚の異常な伸長と、醜悪な窪みを知覚する。
左肩が完全に脱臼していた!!
一方、イチカ渾身の一撃を喰らった華隠も、尋常ならざるダメージである。
全属性の陽忍術攻撃に肉体が自動的に反応し、神通・練丹・霊術のダメージを
中和するが、霊術と法術の二つを使えない華隠は、両者の相剋属性である火と金の合成エネルギーを受けて、シルバーレッドの残留光に包まれる。
熱の力が肉体を灼き、電撃が身体中を駆け巡る。
光の柱から漏れ出たエネルギーが縄を断ち切り、空気中でスパークを起こした。
やがて、力の猛威が勢いを失うと、学内の照明が仁王立ちの華隠を照らし出す。
――熱と電気。
二つの高エネルギーに曝された肉体は、あちこちが燃え滓で黒ずみ、頬の一部はうっすらと爛れ、毛先が千々に乱れていた。
白目を剥いた彼女の身体が、『ガクッ……』と膝立ちに崩れる。
流石にこれは勝負アリか?
瀑男先生が、片手を挙げて宣言する。
「藤森イチカ、いっぽ……」
勝利宣言が整う直前、焰薙華隠の身体が短く跳ねた。
気絶は一瞬のこと、地面に刺さった大太刀を支えにして立ち上がり、解放エネルギー以上の執念で息を吹き返す。
「あちしは……、イチカに…………。否……」
不意に、フッ……と笑みが零れた。
ゆっくりとだが、身体が動く。
――自分はまだ戦える!!
笑みの理由はそれだけではない。
視界の先でイチカもまた、幽鬼の如くヨロヨロと立ち上がった。
右手には、近くに落ちていた鉄棒の短い切れ端。
鋭利な先端を近接槍としてぶら下げ、昏倒寸前の蕩けた瞳で前を見据える。
見つめるは、華隠の後ろ。
勝利の先にある、忍びとしての親友(希更)との日々。
対する華隠は、イチカという強敵の向こう側。
怒りでも、復讐でもない。
――『愛』すればこそ、深くて強い、他者への『憎しみ』!!
無念の汚名を着せられて死んだ両親に対する思慕の念が、傷付き、今にも斃れそうな自分を衝き動かす!
先に蘇ったのは、華隠の方であった。
悲痛の嘆きに闘志を乗せて、日常の韜晦に隠した、狂おしいまでの情熱を叫ぶ!
「あちしは……、誰にも負ける訳には行かないんだわさぁぁぁぁ!!」
その瞬間、イチカの瞳にも闘志が宿った!
引かれ合う魂の咆吼が、二人を熾烈な戦場へと駆り立てる。
イチカと華隠は互いの武器を手に、肉体の限界を超えて疾駆する。
『イ~チカァァァァア!!』
『こんのぉぉぉぉぉぉお!!』
両者の気合が錯綜し、大太刀と近接槍が同時に振るわれる。
二つの刃が肉体を斬り裂く直前、五部紫彩の號声が、場内をするどく制した。
「そこまで!! 双方、刃を納めなさい」
気付くと、華隠の刃を仁斎の太刀が止め、イチカの槍は、石川残月の手で狙いが逸らされていた。
戦いを強制的に中断させて、五部学長が、威厳に満ちた声で二人に言い渡す。
「両者とも、本試験において古今無双の戦いぶりでした。本物の刃であれば、今の一撃で完全に勝負は着いていたでしょう。よって本試験は、審議による判定をもって終了とします」
勝手に勝負を仕切られて、好戦的な華隠が、青白い顔で抗議を入れた。
「なにを澄まし顔で、頓痴気なことを……。実戦に、審議もなにもある訳ないっしょ」
日頃からよく耳にする悪態の勢いがまるでない。
イチカに至っては、電源を失ったロボットのように無言だ。
生徒の将来と安全を思えばこそ、仲裁に入った仁斎も、厳格な態度で諭す。
「言いたい事はよく分かる。じゃが、これだけの危険な状態じゃ。文句を言うでない。これは、忍術皆伝者の命令じゃ。双方、潔く体育館へと戻り、大人しく、審議の結果を待つがよい」
師の言う事はもっともだが、希更の進退が懸かってる以上、どこかスッキリしない部分がある。
疲労に混濁する意識の中、それでもイチカが発せたのは、たった一言であった。
「ハイ…………」
・掌弾『五行宝輪』
高純度媒体に蓄えられた膨大な術力を、5つ全て同時に解放するという『もう一つの皆伝奥義』。
木火土金水。その力の源泉は大地の氣、すなわち龍脈の力とされる事から、
その究極系は星々や太陽のエネルギーを意味する。
あまりに強い力のために特定の形状をもたず、放たれた力は光や熱、プラズマ状となって観測される。
実質、この技を使える者だけが、この世から呪術師・天空を消し去ることが出来る。




