さよならをもう一度
作品完成後、筆者もようやく気付きましたが、最後まで残った3人は全員、
忍ヶ丘の外部出身者です。
物語には、それに相応しい形が必ずあるように、彼女たちが親友と宿敵に分かれて戦うのも、必然だったように思えます。
プール横の校庭南東。
防戦に徹する希更は、肩を上下に揺らして息を整える。
(つ、強い……。さすがは、学年主席の呼び声が高い焰薙さんね)
水場の近くに移動したのは正解だった。
おかげで緊急回避の霊術負担は軽減されて、忍具によって敵の接近を阻み、なんとか此処まで持ち堪えられた。
希更が思案していると、校庭中央で、謎の気圧変動が生じる。
遅れて響く理乃の撃破報告に、希更の疲労がいくらか和らいだ。
「どうやら、柳沼さんはやられてしまったみたいね。これで、私と藤森さんによる二対一。いくら焰薙さんでも、私たち二人に勝てるかしら?」
これには少し計算外だったのか、後ろを振り返り、意外そうな表情で固まる
華隠。
しかし、その場合の対策も考えてあるのか、口端を吊り上げて、凶悪な笑みへと戻る。
「なぁ~に……。だったら今すぐ、一人にしてやれば良いだけだわさ!」
華隠が前へと駆け出し、剣先を後方から頭上に回して弧を描く、『半月斬り』を見舞う。
するとその時、両者の間を、黒き疾風が回り込む。
「いいえ、そうはさせません!」
闇風の正体を瞬時に見極めて、華隠の剣筋がわずかにブレた。
華隠は強引に、太刀の行方を斜めに横へ。
闖入者の横撃を袈裟懸けに合わせて防ぐと、希更からの追撃を後ろに跳んで回避する。
刹那の静寂、対峙する三つの影を灯火が舐めた。
並び立つ影の一つ、陽忍として覚醒したイチカの横顔が、夜の闇に照らされる。
「遅くなりました、希更ちゃん。…………大丈夫ですか? だいぶ呼吸が荒いみたいですけど」
希更は一瞬、安堵に顔を弛めるが、迫り上がる倦怠感から、すぐに具合悪く硬直させる。
「ごめんなさい……。持ち堪えるだけで精一杯で、すっかり消耗してしまったみたいなの」
「でしたら希更ちゃんは、後ろで援護をお願いします」
イチカは仲間を庇って前に出ると、斬空刀を順手から逆手へと握り直す。
「華隠さん、ここから先は私が相手です。希更ちゃんには、指一本触れさせません!」
威勢のいい啖呵に、華隠が鋭利な哄笑を撒き散らした。
「ヒァ~ッハッハッハァ~! あの理乃を倒すとは、ナイス根性! とはいえ、こんな事もあろうかと、ちゃ~んと隠し球を用意しといただわさ」
華隠は、氣術を使って大きく後ろへ跳躍すると、校庭中央で、背中の手筒を腰溜めに構えた。
「あれは手筒!? まさかその一撃で、私達を一気に片付ける積もりだったんですか!」
「いまごろ気付いても遅いだわさ。あちしのヴォルカノンの威力、とくと見さらせ~!!」
華隠が手筒の引き金を引いて、二人に爆裂砲弾を撃ち込む。
高速の火炎弾が命中するより早く、希更がイチカの前に出た。
「やらせない……。泫潦・撥塞!!」
有りっ丈の術力で正面に水盾を展開して、ヴォルカノンの砲弾を、空中高くへと弾き返す。
火球は限界高度まで達すると、四方八方に爆散して、校庭各所を炎で包んだ。
華隠の砲撃は、一発だけでは終わらない。
希更の霊術を察知して、三発続けて撃ち尽くす。
頭上から降り注ぐ燃焼剤の塊が、燃えたぎる隕石のように、運動場へ落下して爆ぜる。
今や視界は、校庭各所の照明を必要とせず、周囲の暗がりを熱き炎で彩った。
攻撃の余波が、水盾の端から回り込む。
イチカは、障壁の裏へと伝わる衝撃と轟音に目を瞑り、身を強張らせてジッと耐えた。
やがて、華隠の砲撃が完全に止むと、火の海と化した校庭を見て、呆然と呟いた。
「酷い。これじゃあ、試験どころじゃ……」
言葉の途中、希更が地面に崩れて、激しく咳き込む。
霊術の過剰使用で衰弱した所に、校庭に広がる燃焼剤で、気管支喘息を起こしたのだ。
「希更ちゃん!!」
グッタリと力を失った希更の身体を、イチカがすぐさま抱き起こす。
「希更ちゃん、大丈夫ですか?」
希更はすぐに答えようとするが、声が震えて安定しない。
代わりに彼女は、瞼を細めただけの薄い笑みで返した。
「平気よ、藤森さん。早く焰薙さんを倒して、この試験、優しょ……ゲホッ、ゲホッ!!」
勝利のために強がる希更。
彼女がすでに戦えないことは、腕に掛かる体重がハッキリと証明している。
戦いどころか、この場に留まることすらも危うい。
意を決したイチカは、張り詰めた声で周囲に呼び掛ける。
「東雲先生、東雲先生はいらっしゃいますか!」
ややあって、薄桃色の看護服にエプロンを掛けた保健医、東雲清蘭が音もなく
現れる。
「なにかしら……と、聞くまでもありませんね。水野さんの事でしょう?」
イチカは深刻な表情で頷き、希更の無念を想像して、短く言い淀んだ。
「ハイ……。希更ちゃんを…………、リタイアさせて下さい!」
残酷な一言に、希更の双眸が見開かれる。
「なにを言ってるの、藤森さん! あなた一人では、焰薙さんとは……」
それ以上は言い募ることも出来ず、途中から咳き込む希更。
確かに彼女の言おうとした通り、二人一組でなければ敵わないだろう。
最期の最後まで共に戦えないことにも、イチカは心残りを感じていた。
だが、希更のことを想えばこそ、自分はこれから、一人で戦わなければならない。
「ダメです。希更ちゃんは、もう戦えません。それに、もし喘息が悪化して身体を壊したら、忍術伝法の儀を受けても、手遅れかも知れないんですよ」
希更はなにも言い返せなかった。
正論はイチカの方にある。
だが世の中には、言葉では割り切れない現実や『想い』というものが存在する。
『自分を置いて行かないで……』
無言の慟哭が胸を貫く。
イチカは無意識に、希更の身体を抱き寄せた。
これから自分は友達を捨てるのかと想うと、苦しくて、切なくて、目頭が燃えるように熱くなる。
――もう此の手を、決して離したりはしない。
あの瞬間の誓いは嘘になってしまった……。
イチカは希更を抱きしめたまま、豁然と両目を開いた。
「…………東雲先生、お願いします」
希更の反論を許さぬ早口に、東雲保健医も間を空けずに返した。
「分かりました。任せて下さい」
安らぎから一転、希更が手足を暴れさせる。
「待って下さい、先生! 私は……」
東雲保健医は、イチカの腕から希更を抱き上げると、患者と共に姿を消した。
『ハアッ…………』
猛火の中、イチカの溜め息がポツリと広がる。
悲鳴の余韻を耳から追い出して、視線を周囲に走らせた。
校庭の至る所で、燃焼剤の炎が、地獄の景色のように揺れている。
斬空刀を逆手に構え直したイチカは、校庭中央へと駆け出す。
そこでは準備万端の華隠が、抜き身の大太刀を肩にかけて、悠然と待ち構えていた。
砲撃前のギラ付いた気配はすっかり息を潜め、普段の天の邪鬼な調子で口を
開く。
「これで互いに、状況が整ったという訳だわさな。あちしはヴォルカノンを使い終え、あとは自然の成り行きに炎を任せる。対するイチカは、希更を強制的にリタイアさせた、と……」
「ハイ……。もう、心残りはありません」
華隠は黄砂色のツインテールを片手で払い、鍔を鳴らして大太刀を構える。
「まさか、転校初日に鳴子の罠に引っ掛かった『なんちゃって忍者』が、こうして最後にあちしと当たるとは……。さても数奇な運命だわさ」
強い共感に、思わず『フフッ……』と鼻を鳴らして、顔が綻んだ。
イチカは左手で脇差しを抜くと、穏やかな笑みで過去を振り返る。
「私も初めは、何のために、そして誰のためにこの街に呼ばれたのか、すっごく
不安に想ってました……。でも、今はもう、何もかもが不思議じゃありません」
一拍おいて、イチカは自らの意志でつかみ取った運命を語る。
「だって私は、希更ちゃんの願いに呼ばれて、この街に来たんですから……」
両者、言葉が尽きて静寂が流れる。
……………………。
「「いざっ!!」」
次回は、緊張感が切れないようにするため、非常に長い1話となりました。
イチカと華隠の壮絶な戦いは、本作の見所の1つです。
是非とも、想像力を働かせて御覧ください。
また、『見やすさ』よりも『読みやすさ(想像力を刺激する)』重視のため、
敢えて修正前の文章配置を採用しています。
イチカ作品本来の空気感を味わっていただければ幸いです。




