大気の翼
眼下では、イチカが放つ生命力の赤を帯びたシルバーレッドの闘気と、理乃から伝わる白銀の氣術が、鎖を通じて激しく衝突する。
その光は時を経るごとに強く大きく、光の帯を増大させる。
氣術の力が高まってゆく光景を見下ろして、科目担当の石川残月が危機感を募らせた。
「あれは不味い……。このままでは最悪、負けた方が『念動爆散』を喰らうぞ!!」
念動爆散とは、膨大に蓄えられた電気的な力が一気に解放され、爆発的な衝撃へと転換される現象のことである。
術力制御に劣る下忍生徒には、これに耐えるだけの力はない。
間を置かず、五部学長が、周囲の教師へと対策を命じる。
「我々も下に降りるとしましょう。石川先生、臥龍先生。もしもの時に備え、鎖を断ち切る準備をして下さい」
「ハッ!」 & 「心得た!」
2人が学園長の指示で地上に降り立つ頃、イチカと理乃の雄叫びが高まる。
「ああぁぁぁ!!」
「負けるかぁぁぁ!」
非常ベルのような音を立てて鎖が振動。
紅と銀の闘気が激しい閃光を放つ。
2階職員室の斜め下、残月の左手が宙を閃き、掌サイズの短刀暗器・小柄が撃ち出される。
小柄の薄い刃が鎖に接触した瞬間、両者の圧力に鎖が耐え切れず、中間地点で弾け飛んだ!
イチカと理乃は止まらない。
むしろ、それを合図に同時に動く。
斬空刀を逆手に抜いて、大きく前へと踏み込むイチカ。
対する理乃は、飛行翼の軸柄を裾から引き抜き、両折棍として迎え撃つ。
「ボクの武器は、鎌だけじゃないんだからねっ。うららららららぁ!!」
肩から胴へとヌンチャク状に往復加速させて、理乃が木製棍を振り下ろす。
頭上から叩き付けられる両折棍を、イチカが斬空刀で斬り防いだ。
たった一合で軸柄は叩き折れるが、その程度の結果は想定済みである。
なにせ飛行翼は、左右で一対なのだ。
空いた片手で反対の裾から棒芯を引き抜き、理乃が水平に薙ぐ。
今度の使い方は、二本の棒が鎖で繋がれた連接鞭だ。
横向きに振り回される固形鞭に対して、イチカが気合いを込めた手刀を放つ。
「ハッ!」
氣術の力で硬化された掌が、理乃の暗器を断ち切った!
手刀にした片手を握り込む同時に、前方へ向けて氣術を一斉解放。
氣術鳴動の波紋が、相手が帯びる同質の氣を衝圧し、理乃の体勢が大きく仰け反った。
「ぐうっ……!」
――今なら行ける!
気功を放った左手で、太腿側部の撒き菱グミを一握りつかみ、理乃の腹部に掌底を放つ。
「行っけえぇぇぇぇぇ!!」
左脚で前へと踏み込み、下から突き上げるように掌を叩き込んで、衝撃に合わせて氣術を解放。
掌中の撒き菱グミを、電気的な瞬発力で射出する。
理乃の身体が氣術掌底で一瞬浮き上がり、空中浮遊の短いあいだ、撒き菱グミに蒼白い閃光が宿った。
背筋を丸めて滞空する理乃の鳩尾下、硬質ゴムの弾丸5つが忍者服の耐刃繊維を噛み、衝き上げ、撃ち飛ばす。
イチカの『掌弾』を喰らった理乃は、掌打の威力と術力ダメージを相次いで浴びて吹き飛び、低空で大きくもんどり打った。
小さな身体が地面に落下した直後、金剛先生の判定が、夜の校庭にハッキリと響いた。
「技あり、藤森イチカ!」
戦闘不能の『一本』までには至らない。
よろけながらも、理乃がゆっくりと立ち上がった。
「グッ、ヴエェェェ……!」
喉の奥から迫り上がる虫酸を地面に吐き捨て、破れかけの忍者服へと手を這わせる。
「イチカなんかに…………殺られて堪るかぁ!!」
両手による手裏剣投擲。
武装を失った無手の軽快さから、息もつかせぬ連続投射に専念する。
初めはイチカも、後退しながら斬空刀で弾き落とすが、理乃の投擲速度が時間と共に異常加速して、ついには対応し切れなくなる。
掌弾による氣術ダメージで、術力が過剰発動してるのだ。
イチカは腰裏の脇差しを抜き、二刀異身剣の構えで防備の手を増やす。
(これじゃあ前に出られない……。どうにかして、理乃さんの手裏剣を止めないと……)
後退を続けるイチカの視界に、野球のバックネットが映った。
イチカはネット裏へと弧を描くように回り込んで、敵の攻撃を遮断する。
飛来する十字手裏剣の一部が金網に突き刺さり、残りは全て跳ね返されて地面に落ちた。
攻撃手段を封じられた理乃が、遠距離射撃の手を止めて舌打ちを鳴らす。
「チッ、ネットを盾にしたのか……。でもそれなら、イチカだって条件は同じはず!」
予想とは異なり、耳元スレスレを通過した金属塊が、理乃の短髪を勢いよく煽り乱した。
「バカな、『棒手裏剣』だって!?」
棒手裏剣とは、携帯性と殺傷力に重きを置いた、直線形の手裏剣のこと。
イチカは好みのスティックチョコを忍具化し、手裏剣として利用したのである。
しかも陽忍術では、甘みは霊術に該当する。
内なる力を運動力に変える霊術により、ほんの僅かなネットの隙間を、棒手裏剣は掠りもせずにまっすぐ貫く。
さらには回避にまわった理乃が、次第に視界の異常を感じ始めた。
(な、なんだ、コレ……。目の前の景色が、どんどん霞んでゆく……)
理乃の視界は、氣術の補助によって成り立っている。
掌弾によって暴走した力が制御を離れ、さらには枯渇しつつあるのだ。
「くそっ……。こうなったら、せめて華隠と合流しなきゃ……」
進退窮まった理乃が、踵を返して逃走を図る。
それをイチカが、バックネットを回り込んで追いかけ、前後一列の縦並びとなった。
すると理乃は、追跡してくるイチカの気配を背中で感じながら、本体付属のマッチで導火線に着火し、癇癪玉を足下に落として走り去る。
(アレは、火に紛れて姿を眩ます火遁の術!)
イチカは両腕を交叉して速度を緩める。
両者のあいだで爆風が弾け、闇夜を照らす炬火の紅蓮をゾワリと薙いだ。
煙の中を突っ切ると、前方では、理乃が再び癇癪玉に手を伸ばして、イチカの
追撃を逃れようとしていた。
「またしても癇癪玉……? それなら此方だって!」
背部ポーチから真空玉を取り出して疾走。
理乃の手から爆発物が離れるのと同時に、手持ち最後の球形忍具を投げ込んで、今度は減速せずに猛ダッシュをかける。
理乃の視界は依然としてボヤけたままだが、細かい忍具や距離感がハッキリしないだけで、相手の顔や動きくらいは判別できる。
念のため、後ろの様子を確認した彼女は、イチカの無謀な行動を見て、軽口を叩いた。
「へっへ~ん。そのまま喰らっちゃいなよ、イチカ~♪」
通常ならば、誘爆分の威力も考慮されて、即座に勝利判定が下る。
しかし、教師からの判定はゼロだ。
判定員の金剛先生は首を横に振り、戦闘継続の意志を示す。
「そんな! いくら試験用でも、二つも同時に受けたりしたら死んじゃうよ!」
「いいえ、私は死にません。理乃さん、この勝負、私が頂きます!」
勇ましい答えに、理乃が再び振り返る。
両者のあいだで癇癪玉が爆ぜると同時に、イチカの真空玉が爆風を吸引し、空気中に真空状態を生み出して、周囲の大気を猛然と吸い上げる。
理乃の服装は、風の影響を受けやすい、飛行翼の布が広がった飛び忍仕様の忍者服だ。
着用者の意志に逆らって、小柄な体躯を真空地帯へと強引に引き戻す。
「うわっ、吸い込まれる……。くっそぉぉぉぉぉう!!」
気流に煽られて、校庭中の灯火が一ヶ所に収束する。
理乃の身体がグラウンドから離れた!
イチカは爪先に力を込めて飛翔。
征く手に生じた猛火の壁を大気の翼で抉じ開け、紅蓮の渦を後方に描いて突き進む。
イチカと理乃の身体が空中で交錯し、革筒もろとも、斬空刀が相手の背中を真一文字に払い抜けた。
金剛先生の口から、今度こそ明確な勝利判定が下される。
「藤森イチカ、一本!」
体を開いて空気抵抗を高めたイチカは、空中を横回転する身体を、砂塵を巻き上げながら着地させ、横目でチラリと振り返る。
激しい消耗と斬撃のショックで、理乃はグラウンドに身を横たえていた。
――勝利の余韻に浸っている時間などない。
イチカはプール脇から聞こえる戦闘音を頼りに、希更の許へと急行した。
・盗掘者
忍ヶ丘の財宝や、霊場などの忍術媒体および情報を求めて、里の外から侵入してくる所属不明の荒くれ者。
そのほとんどが独自の機械武装を所持しており、人によっては未熟ながらも、氣術もしくは練丹術によって基本能力の底上げを行う者もいる。
戦闘力と生存技術に劣るが、陽忍術と同じ性質の攻撃手段を使うため、陰忍相手のように、一定範囲に近付いただけで自動感知することは出来ず、霊場への侵入と集団化を防ぐことは不可能である。
明らかに、忍ヶ丘周辺の養成機関が戦力の出処なのだが、中央政府による情報秘匿のため、突っ込んだ調査が出来ないでいる。




