誰(た)が為の戦い
華隠の手から、組み立て用の工具が滑り落ちた。
ゆっくりと振り返ると、煙の晴れた視界に、理乃の顔が浮かび上がる。
だがその瞳は、何物も映してはいなかった。
瞳孔は開き、虹彩は色を失い、ただ、灰色の世界を淡々と描くだけである。
――唇は震え、喉が喘ぐ。
華隠がようやく絞り出せたのは、役に立たない陳腐な問い掛けであった。
「どうして、そんな……」
理乃はガラス玉のような虚ろな瞳で、これまで周囲に秘密にしてきた家庭事情を明かす。
「ボクの父親って、優秀な陽忍術の使い手の癖に、ホント最低でさ……。なにか気に入らない事があると、すぐに家族に手を挙げるんだ。それでボクが子供の頃、目の辺りを払った拍子に術が発動しちゃったみたいで、神経の一部を損傷してるんだ。以来、家族はバラバラ……。お母さんも、ボクを連れて離婚したあと、すぐに死んじゃったし……」
「じゃあ、普段はどうやって……」
秘密を打ち明けたことで、理乃の心には、諦めにも似た解放感が広がっていた。
平常心に近付いたことで陽忍術の暴走が収まり、視神経の活動が再開される。
瞳に精気と色彩が戻ると、理乃はガラス細工のような笑みで告げた。
「ぜんぶ、陽忍術の御蔭だよ……。氣術の力で電気信号を増幅して、目に映る景色を擬似的に再現してるんだ」
普段なら決して知り得なかった壮絶な過去が、華隠の境遇と重なる。
彼女は無意識のうちに、悲鳴混じりの問いを口にしていた。
「だったら、どうして……。そんなハンデを背負ってまで、忍びの道を目指して居られるんだわさ!」
理乃の表情に柔らかさが加わる。
胸のうちで輝き続ける温かい炎。
その決意を支えているのは、悲愴感だけではない。
清き憧れと怨念じみた執着。
それら一つ一つの想いを込めて、理乃は信念を語り紡いだ。
「ボクの願いはたった一つ……。ニセ物の光景なんかじゃない。この世界の光と色を、もう一度、自分の目で体験したいんだ。そのためには、忍術伝法の儀が必要なんだよ……」
胸を打つ告白に、華隠は一瞬、声を失った。
相手のいじらしさに顔を背けると、自分の額に拳を押し付け、息を殺して嗚咽を漏らした。
「くうぅぅぅ……!!」
結局はそういう事なのだ。
――この学園に、優秀な者など一人もいない。
誰も彼もが、失われた感性の反動として会得した生きる術なのだ!!
華隠は今にも泣きだしたい気持ちを押さえ込んで、ヴォルカノンの組み立て作業に戻る。
黙々と手を動かしながらも、その心は追憶に揺れていた。
奇しくも同じ十年前、まだ華隠が、忍ヶ丘の外に住んでいた頃のこと。
両親は獅堂家の命を受けて、抜け忍の監視に当たっていた。
(そして親父殿たちは、敵に捕まった…………)
忍務の途中、天海衆のアジトを偶然にも探り当てたらしい。
その秘密は、両親が厳重に施した幻術によって、今も自分の深層意識に封印されている。
その後、両親が中央政府に保護されたことで、忍ヶ丘は二つに分裂した。
中央政府は陽忍術の力を狙って、天海衆と裏で繋がっている可能性が高い。
その彼等が焰薙夫妻の名を借りて、華隠の法的引き渡しを求めている。
自然と華隠の両親が、中央政府に寝返ったという危惧が生じた。
その一方で、中央政府の狙いは、天海衆にまつわる不都合な事実の隠蔽で、二人は彼等に監禁されているだけだという意見も出た。
中央政府の要求は、到底飲める物ではない……。
数日後、華隠達が住んでいた一軒家で、首を吊った両親の遺体が発見された。
恐らく自殺ではない。
自殺を装った、口封じと見せしめである。
自分は今でも、その時の縄を持っている。
(だからあちしは、絶対に負けられない……。強くなって、記憶に掛けられた封印を自力で解き、亡き親父殿達の無念と潔白を晴らしてやる……。そして中央政府と天海衆、さらには今でもしつこく裏切りを疑う連中に、この手で復讐してやるまでは!)
決意が固まると同時に、ヴォルカノンが完成した。
華隠は、折れた長刀を机の上に置き去り、大太刀と手筒をたすき掛けに背負って、いつもの好戦的な空気で振り返る。
「よし、準備完了♪ 残り時間も減ってきた事だし、そろそろ此方から打って出るだわさ」
華隠の正面、壁際の椅子に悄然と腰掛けていた理乃は、塞ぎ込んだ顔を戸惑わせて立ち上がる。
「打って出るって、ボクを置いて行かないの……?」
「敵が隠れて待っているなら、自分をエサにして誘い出すまでのこと。校庭のド真ん中で敵を迎え撃ち、一人削って一人一殺。この基本方針に変わりはないだわさ」
腰に手を当てて、尊大ぶった物言いをする華隠。
言外の同情と照れ隠しに、理乃は胸一杯の勇気をもらった。
「うん、行こう! 絶対にイチカ達を倒して、ボク達が優勝するんだからね♪」
互いの胸に闘志が戻ると、二人は躊躇なく動きだす。
華隠は床板を足下へと掛け直し、出入り口へと足を向けた。
「さて、この重装備とあちしの武器じゃ、校内は手狭。さっさと校庭に脱出するだわさ」
「だね……。あっ、チョット待って!」
前後に隊列を組んで廊下に出ると、ネットリとした白い煙が、階下より押し寄せる。
有毒性の煙幕使用は許可されてないが、喉をやられると厄介だ。
理乃は視線を前に固定して、敵が飛び出してくるのを警戒しながら、廊下の窓を開け放つ。
「煙玉にしては量が多い。これって、きっと狼煙だよ」
「窓から出ても、外に敵がいたら手裏剣の良い的。ここは素直に、まっすぐ突っ切るしかないだわさ」
「だったら、煙が少ない廊下を突っ切ってから、三角飛びで下に降りよう。空中戦の暗殺は難しいし、煙幕の中に入れば、敵だって狙撃できないもん」
「合っ点! とりあえず、三階廊下の移動だけは要注意だわさ」
二人は姿勢を低く保ち、無音走行で煙の少ない校舎南西へと移動。
いったん窓を開けて深呼吸をくり返し、血中の酸素濃度を高める。
脱出準備が整うと、二人は壁走りと三角飛びの連続で、階段横の下駄箱へと一気に向かう。
あと少しで校内脱出というタイミングで、下駄箱上方で動きがあった。
激しい動きに気流が乱れ、後ろを併走する理乃が、敵の動きを見極める。
「華隠、上っ!」
脱出前の油断を突いた、模範的な奇襲攻撃。
華隠は反射的に背面差しの大太刀に手を伸ばすが、手筒の底が下駄箱に接触して、上体の動きが制限される。
(グッ……。狭すぎる!!)
敵の剣閃に合わせて強引に閃空。
初太刀はギリギリ防いだが、膂力の乗らない剣筋はアッサリと弾かれて、姿勢が乱れる。
続く敵の蹴りで、華隠は足下の簀の子に崩れ落ちた。
勝利を確信した刺客が、抜き身の太刀を頭上に回して、裂帛の気合を放つ。
「学年主席の座、もらった!!」
絶体絶命の状況に、理乃が得意の暗器を滑らせる。
「甘いよっ!!」
理乃にとっては、目の見えない零視界環境こそが自然な空間である。
苦難の中で培われた心眼をもってすれば、近距離での敵味方の判別は難しくない。
鎖鎌が煙霧を裂き、空中に幾重もの小さな渦を描く。
鎖が敵の武装に絡み付くと、好機を逃さず、華隠が敵の胴体に『突き』を放った。
狼煙の中だというのに、判定員の石川残月がハッキリと宣言する。
「焰薙華隠、一本!」
白濁の霧の中、華隠は抜き身の太刀をぶら下げたまま、自嘲の笑みを浮かべる。
「まさか、あちしの方が危なくなるとは……」
「華隠はその重装備だからね……。それより今の攻撃って、いったい誰のだろう?」
二人は、昇降口の扉を全開にして煙を追い出す。
煙霧の襲撃者は、短髪吊り目が特徴の伊藤仁那であった。
彼女は上級生との喧嘩の際、いの一番に華隠と肩を並べる、斬り込み隊の一人である。
「くっそ~! 今度こそはイケると思ったのに……」
カラッとした表情の仁那は、腰布の短さにも構わず、胡座をかいて悔しさに仰け反る。
実際、理乃のアシストがなければ確実にやられていた。
みっともなさを取り繕おうと、華隠は踏んぞり返って腕を組み、勝ち誇った笑みで訓示を垂れた。
「運も実力のうち。まだまだ斬り込み隊長の称号はお預けだわさ」
二人に続いて、騒動の焚き付け役として駆け付けるのが理乃の役目だ。
思い掛けず三人組が揃ったことで、緊張感を切らした理乃は、気の抜けた顔で
軽口を叩いた。
「な~んだ、仁那じゃんか。まぁ、希更んは肺が弱いし、煙を使いたがらないっけ」
狭い場所での乱戦は、剣士にとっては最悪の環境だ。
障害排除で勢いづいた華隠は、ガッツポーズで身を乗りだす。
「とにかく、これで分かりやすい状況になっただわさ。あとは校庭で敵を炙り出して、一人一殺のデスマッチ。最終決戦には打って付けのシチュエーションだわさ!!」
「だね♪ 希更んは手強いけど、イチカだったら楽勝だもん。さっ、早く行こ!」
・皆伝奥義
1つの技に五行要素の全てを注ぎ込んだ究極技。
忍術皆伝者のみが使える技で、全ての要素が隣り合う属性を相生するため、『爆発的な力』もしくは『非常に効率の良い術』の2通りに分かれてしまい、そのうちの1つが、皆伝奥義・身体活殺の法で、この技を習得した者は延命効果により、何百年もの時を生きるという。
また、身体活殺の法は、全ての陽忍が修行次第で習得可能だが、それ以外の技は、使い手によって種類が異なる。




