勝利を賭けて
華隠と理乃は、両手を虚脱させた『忍び駆け』で昇降口を抜けて、校庭へと躍り出る。
手回しの良いことに、グラウンドでは対決の準備が整えられていた。
運動場には松明籠が等間隔に並び、屋上のサーチライトが、左右にゆっくりと首を振る。
要所を照らす篝火がパチリと爆ぜて、熱く焦がれた脂が周囲に飛び散った。
二人は校庭中央で背中合わせに武器を構えて、敵が来るのを待ち構える。
視線を上に向けると、体育館の屋根や屋上などの見晴らしの良い位置で、参加教師がこちらをジッと見下ろしていた。
隠れた敵を誘き出す積もりで、華隠は聞こえよがしに言葉を交わす。
「学園長に臥龍仁斎……。それに、1年担任と科目担当が揃い踏みだわさ」
華隠の意図を汲んで、理乃も挑発的に言い放った。
「残るペアはたった二組。隠れていたって、もう、なんの意味もないからね」
理乃の言葉に反応するかのように西風が生じ、烽火が一斉にはためく。
炎の標を視線で追うと、校庭南東、チェーンネット横の第2倉庫より、火影を揺らして希更が歩み出る。
病弱の翳りを散らす堂々たる挙措。
指先はピンと張りつめ、熱風に煽られてなお、冷たく澄んだ美貌は衰えを知らない。
「希更、ようやく見付けただわさ……。予想に反して、水の近くに潜んでなかったとは……。腕に相当の自信があると見たっ!」
氣術鳴動!
華隠は体内の氣を前方へ拡散して、小手調べに希更を挑発する。
希更は避けず真っ直ぐに進み、剛の波動を正面から受け止める。
白銀の闘気が二つに割れて、希更の背後に、揺らめく炎の大河が生じた。
氣術の奔流を、希更がまとう霊術が受け流し、彼女自身は押し寄せる重圧の中、水中を泳ぐかのように悠然と渡り歩く。
互いの声が聞こえる距離まで接近すると、希更は立ち止まり、胸に秘めた闘志を語る。
「金剛先生のもとで基礎体力を高め、臥龍先生に特訓を付けて頂いたもの。もう、以前の私ではありません!」
今度はその対極、理乃の正面で、炎が高く延び上がった。
臨組横の第一倉庫からバスケットコートを横切り、藤森イチカが現れる。
「確かに私達は、落ち零れとか、不安要素とか、色々と問題があるかも知れません。でも、だからと言って、なりたい自分になる道を、諦める理由にはなりません!!」
イチカが逆手で抜刀するのに合わせて、希更も片手で小太刀を抜き、空いた手で手裏剣を一枚、肩の上に構える。
気迫だけなら互いに拮抗。
陣形で言えば、挟み撃ちに遭っている華隠たちが不利な状況だ。
華隠が背中越しにパートナーへ囁く。
「集中攻撃だと、忍具で背中を狙われるだけ。イチカの方、行けるかだわさ?」
「そんなの当たり前だよ。どっちかが終われば、残りを二人で片付ける。それで
良いよね」
「合っ点……。しからば希更の方、あちしが任されただわさ!」
言いざま、華隠が正面に飛び出す。
剣技は勿論、一対一では、決して華隠には敵わない。
足留め目的の希更は打ち合わずに後退し、華隠と理乃の最強ペアを引き離す。
揺炎の彼方に消える二人の姿に、イチカは無言の祈りを捧げた。
(希更ちゃん、ほんの少しの辛抱です。頑張って下さい……)
イチカの黙祷を、チャリチャリと金属の擦れる音が遮る。
革筒から黒色金属の戒めを解き、理乃が完全に鎖を延長する。
その全長、およそ15メートル。
まともな方法では、これを制御するのは不可能だ。
理乃の表情から、強烈な敵意と残虐性が漂う。
「イチカァ……。さっきは、まんまと翻弄されちゃったよ。あれだけ忍びを辞めるとか言ってたのに、真剣になっちゃってどうしたのさ」
敵はすでに、戦闘態勢を整えている。
無言のイチカは、油断なくジリジリと距離を詰めた。
言葉を返さぬ相手に、理乃が声を荒げる。
「なんとか言えよ!」
激昂の隙間から、剣戟の音が聞こえる。
(この人は……!!)
イチカは理乃の目的を見破ると、義憤に駆られて表情を歪めた。
「この期に及んで、時間稼ぎの小細工とは……。臆しましたか、理乃さん!」
瞬間、暗い過去と忍具調整室での失態が蘇り、押し込めていた感情が爆発する。
「生意気なぁぁぁ、殺ってやるよぉぉお!!」
理乃の全身から、白銀の闘気が膨れあがる!
『氣道殺・廻燕鎖!』
氣術を伴って放たれた鎌を、イチカが斬空刀を振り切って左へ跳ね返す。
続けて一気に接近しようと身を倒すが、ダッシュの直前、不可解な現象に飛び退いた。
弾かれた鎌はいったん地面をバウンドし、地上に落ちた鎖が、自立稼働でのたうち始める。
「鎖が勝手に動いてる。…………まさか!!」
鎖の蠕動が先端に伝播すると、刃は急に向きを変えてイチカに襲い掛かる。
肩を軽く仰け反らせたままのイチカが、敵の攻撃を頭上に打ち返した。
刃の噛み合う衝撃に、鎖を走る不可知の力が擾乱される。
鎌はしばし虚空を揺曳するが、すぐに力を取り戻して、イチカの頭上を急襲する。
イチカは再びその場を飛びのいて躱し、敵の攻撃方法を確信した。
「やっぱり……。まるで蛇のように、自由自在に攻撃してくるっ!!」
氣道殺とは、氣術を使った攻撃方法の一つ。
肉体の運動力を高め、武具の硬度や鋭さを増す氣術だが、鎖鎌のような特殊武装では、硬さや鋭さは、鎖の遠隔操作機能へと転化されるのだ。
防戦一方のイチカに対して、理乃は、安全距離から廻燕鎖を何度も仕掛ける。
「アッハッハ!! どうだい、イチカ。ボクの攻撃を受けて、ぜんぜん前に出れないだろう」
後退・横跳び・斬り弾きと応戦するうちに、イチカは体育館前へと追いやられた。
バスケコート南の枝垂れ柳が理乃には邪魔だ。
いったん鎖を引っこめてから、右から抉るような角度で鎌を放つ。
イチカは身体を捻って斬空刀を振り抜き、サイドスローで迫りくる鎌を、後方
高くへとかっ飛ばした。
崩れた姿勢を一気に戻して、鎖の横を疾走する。
イチカと理乃。
両者の距離は、わずか6メートル。
今から鎖を戻した所で間に合わない。
だが次の瞬間、理乃の相貌に会心の笑みが生まれた。
「掛かったな、イチカぁ!!」
動かせるのは、先端の鎌だけではない。
理乃と鎖が同時に動き、イチカを囲む輪を描く。
互いが交差する瞬間、理乃は上体を後ろに反らし、両膝を曲げたスライディングで、鎖のうねりを顔の上に躱した。
ズザッ……と、膝下と腿が地面をこする濁った音。
次いで、新体操を思わせる理乃の滑らかな動き。
上半身をしならせたままの彼女は、胸部で空中を撫でるようにして立ち上がり、大きくカーブを描いて、イチカの横を走り去る。
輪状の鎖が全身に絡みつき、イチカの自由が完全に奪われた。
「しまった、鎖が……!」
吐く息と同時に、軽金属の輪が引き絞られる。
肩は軋み、肘が伸び上がる。
強烈な締め付けに、斬空刀が右手から離れた。
イチカは手足を揺らして必死に藻掻くが、鎖をギシギシと擦り鳴らすだけで、
抜け出すだけの隙間を作りだせない。
「暴れても無駄だよ。氣術が乗った鎖を、生身のイチカが破れる訳ないじゃないか」
「グッ……。これが、理乃さんの陽忍術……」
「そ~だよ。ソレじゃ早速だけど、パクッと殺られてもらうからね~♪」
大蛇が獲物を飲み込むような構図で、頭上の鎌が、首を擡げて狙いを定める。
これが、持つ者と持たざる者の違い。忍術有無の絶対的な差なのか。
――負けたくない……。諦めたくない……。
せめて、こんな形で終わるなんて嫌だ。
(やっぱり陽忍術なんてメチャクチャだよ!!)
・忍者階級
4階5級とされているが、俗称全てを合わせれば、実際には4階6級となり、実力によって明確に分けられている。
忍術皆伝:5つ全ての要素を同時に行使できる者。陽忍の最高位
皆伝級 :特定の条件下において忍術皆伝と同等、あるいは、
それ以上の戦闘力を持つ上忍
上忍 :1度に3つ以上の要素を行使できる陽忍
中忍 :1度に2つ以上の要素を行使できる忍び。
攻・防もしくは、防・逃を同時に可能なため、集団戦に参加できる
(術持ち)下忍:1度に1つの要素を行使できる忍び。
正式に陽忍を名乗れるが、集団戦に関わるのを禁じられている。
ただし、人手不足の際は志願者のみ、後方支援に従事できる
(術なし)下忍:陽忍術を全く使えない忍術訓練生。練士とも呼ばれる




