手負いの狩人
所変わって、校舎一階。
あきえを追う華隠と理乃は、敵の奇襲を警戒しながら、特別教室棟の廊下を慎重に歩く。
西向きYの字校舎の北側通路、その中間地点に二人がきた瞬間、敵意の籠もった残響音が廊下を駆け抜けた。
続いて感じる、氣術鳴動の余波。
試験中にしては強烈な殺意の波動に、華隠が肩を聳やかせる。
「ぬあっ!? 今のは叫び声? とすると、誰かが近くで戦ってるだわさ」
「たぶん、あきえの声だと思う。上から聞こえたよ!」
――敵の気配が急に消えた……。
二人は同時に頷き、隠行状態を解いて軽快に走る。
廊下を北へ進み、右手の階段を一段飛ばしで駆け上がり、声の発信源である職員室前へと南下する。
すると其処にいたのは、あきえと対戦者ではなく、無警戒に言葉を交わす坂本愛里と判定員のカラクリ伝造であった。
二人の打ち解けた雰囲気に、華隠と理乃は野次馬根性を全開にして冷やかす。
「ヌヌッ……。試験中にも関わらず、生徒と教師が密会とは。これはなんとも面妖だわさ」
「ホントだ……。もしかして、不正取引ってヤツだったりしてね♪」
愛里と伝造の眼鏡コンビが、隠れる素振りのない二人に気が付いた。
伝造先生は態とらしく丸眼鏡の位置を調節して、言葉だけは大げさに反応する。
「おんややややや? 焰薙さんに柳沼さんじゃありやせんか。これまた、実に好い所に……。試験もそろそろ大詰めなので、お二人にも、お伝えしたい事があったんでやんすよ」
それに引き替え、皆伝者と違って精神修養の足りない愛里は、ムスッ……と不機嫌そうに反論する。
「そういうことよ。第一、不正取引なんてしようがないわ。私はすでに死亡判定だもの」
自分ほどではないにしても、彼女もクラス内では、言わずと知れた筆頭実力者の一人。
倒せる者は、自分か理乃しか居ないと考えていた華隠は、意外な事実にたじろいだ。
「委員長が死亡判定!? で、いったい誰に殺られたんだわさ?」
これは、ヒントになりはしないか。
返事に詰まる愛里に代わって、伝造先生が巧みにあしらう。
「その辺りの話は、これから五部学長の放送が流れやす故、よーく聞いてておくんなさい」
すると、狙い澄ましたようにスピーカーからノイズが走り、五部学長の上品な声が流れる。
『試験中の皆さんにお伝えします。初めは15組も居たこの戦いも、残るはたったの5人となりました。これより先は、戦闘の長期化を避けるため、隠行の類は極力控えるように。また、訳あって死体役に徹する生徒は、速やかに体育館へと戻り、単位認定を受けるようお願いします』
放送の途中、伝造先生が『ほらね……』と口にして、身の潔白を証明する。
「という訳で、坂本さんには、ご退場願ってたんでやんすよ。なんの疚しい所もありません」
伝造先生の小声のあと、一呼吸おいて、五部学長の要点が続く。
『では最後に、現在、生き残っている5人の生徒を発表します』
それを聞いた理乃が、無邪気にピョンと飛び跳ねて、胸の前で拳を握る。
「来た来たぁ。ボクと華隠は生きてるし、一人はあきえとすると、あとは何処のペアだろう♪」
間を置かず、理乃の期待を裏切る内容が、スピーカーから放送される。
『まずは、焰薙華隠・柳沼理乃ペア。続いて、藤森イチカ・水野希更ペア……』
「えっ……」
理乃の表情が途端に固まる。
残る一人の名を聞く前に、華隠が大声で騒ぎ立てた。
「あのイチカが!? これは一体、なんの冗談だわさ!」
すると愛里は、自らの敗因に声を滲ませながらも、イチカの実力を証言する。
「冗談なんかじゃないわ。私は実際に、彼女が戦ってる姿をこの目で見たもの。確かに藤森さんは、なんの術も持たない落ち零れだけど、あの動きは間違いなく、忍びのソレだったわ」
こうした愛里の説得を、カラクリ伝造は涼しい顔を保ったまま、複雑な心境で聞き流した。
(それを言うなら、今の話こそ、二人の戦術示唆になってしまいやすが……。ここはまぁ、藤森さんの集中特訓とのバランスを考えて、お説教の形にまとめるのが無難でやしょう)
気を取り直した伝造は、人差し指を浮かれ気味に立てて、華隠と理乃に警告する。
「ちなみに、残る一人は伊藤仁那さん。まぁ要するに、相手を甘く見ると、必ず痛い目に遭うって事でやんす。では、あちきと坂本さんはこれで……」
挨拶と同時に、二人の実像が廊下の闇に朧と溶けて消え去った。
――甘く見ると、痛い目に遭う。
その内容に、理乃は心当たりがあった。
隠行破りのポイントは、相手の肉体から遊離する術力を、どれだけ正確に察知するかにある。
つまり、術力を持っていないイチカが相手では、初めから見付けようがないのだ。
反対にイチカは、幼い頃から隠行術の真髄が記された『雪風家伝創刊号』を熟読している。
裏を返せば、イチカは幼少期から本人の意図せぬ形で、忍びとしての下地をしっかりと積んでいた事になる。
こちらは相手を捕捉できず、相手は自分たちを見付けられる。
狩る者と、一方的に狩られる側の関係。
圧倒的な立場の違いが、理乃から平常心を奪ってゆく。
(あきえが殺られて、イチカがまだ残ってるなんて……)
なんという酷い誤算だろう。
急速に危機感を募らせた理乃は、怯えた空気を必死に押し殺す。
それでも、どうしたって言葉づかいや喉の震えには、普段の様子とは違う感情が表れた。
「ねえ、華隠。ボク達、これからどうしよう……」
狂乱気質を抱える華隠は、相棒の哀願めいた声に気付くことなく、嬉々とした
様子で返す。
「な~に……。こんな時のために、開始地点の3階に秘密兵器を隠してきただわさ。動きが鈍くなるから置いてきたけど、今じゃ隠行も不要で危険も少ないし、
思う存分、戦えるチャンス!」
気分を落ち着かせるために相談したが、不安は一向に晴れない。
冷や汗が額を伝い、顔面は強張る。
恐怖にも似て、怒りに近い。
これが、切迫するという感情か……。
・秘技
同じ要素を2つ以上、掛け合わせた技。
もしくは、相剋属性を混ぜた3種混合忍術。
どちらのケースも使用者の得意忍術が深く関わり、制御を怠ると、術はすぐに暴走する。
最大の利点として、じゃんけんのように五行要素で単純に相殺されないため、対象に確実な効果を見込める。
(例1)
地面へと打ち付けた風圧の反作用 + 周囲から集めた上昇気流 → 超減速
氣術・霊術・神通力 + 神通力 → 秘剣・空裂斬波(攻撃にも転用可)
(例2)
風(木) + 木 + 木 + 木 + 木 → 風離旋の術




