暗がりの襲撃者
あきえと華隠が戦っている頃、イチカは校庭外周を反時計回りに半周し、開始地点に戻っていた。
前方、昇降遊具の斜面板に寄り掛かり、腹部ポケットから救命丹代わりの麩菓子を取りだす。
袋の上部には、めんたい味の刻印。
囓ると、サクサクの甘辛い風味が口に広がる。
辛み成分が鼻腔を刺激し、生命力が活性化されて疲労回復が促進される。
喉が少し渇いたが、これでしばらくは軽快に動けそうだ。
やがてイチカは昇降口へと駆け出すが、直後、頭上から悪戯っぽい声を浴びせられる。
「あっ、イチカ発け~ん♪」
顔を上げると、屋上から滑空して来た柳沼理乃が、大腿部横の飛行翼を閉じて
着地する。
「今度は理乃さん!? どうしてさっきから連続で、皆さんとばかり当たるのぉ~!」
イチカが戸惑うあいだに、理乃は鎖鎌を振り回して戦闘態勢を整える。
「あっれ~。イチカ、知らなかったの? いま残ってるのって、ボク達と委員ちょのペアの他には、イチカを含めて4,5人くらいだもん。当たる確率の方が高いに決まってるじゃん。さっきだって、校舎裏で委員ちょに会ったし」
するとイチカは、理乃の言葉を参考にして、このえとの戦闘前後を振り返る。
「そっか……。だから途中から、委員長さんが追いかけて来なかったんだ」
「まっ、その辺りはど~でも好いよ。どうせ今から、ボクにまとめて殺られるんだからねっ!!」
理乃が振りかぶるのに合わせて、イチカは斜面板の裏手に回り込んで、フェンス側へと逃れる。
虚しく地面を穿つ鎌の刃先。
理乃はすばやく鎌を引き戻し、今度は前方上空へ投げ、斜面板の梁を滑車代わりに、鎌の軌道を変化させる。
(まさか……!)
月光によって地面に生じた影を頼りに、イチカは真横に大きく飛んで回避した。
間近に振り下ろされた鎌が、直線上の地面を抉り裂き、持ち主の許へと戻ってゆく。
後退して距離を稼ぐイチカ。
それを追いかけ、校庭遊具の横へと理乃が回り込んだ。
「障害物を利用したって無駄だよ。この武器は、使い方次第で軌道を変えられるからね」
「くぅ……。逃げ場がない!」
イチカと理乃の間にあるのは、一基の木造雲梯のみ。
――戦闘か、降伏か。
決断を迫られるイチカだが、不意に、特訓前の出来事を思い出す。
『鉄棒なんてガッタガタですぐ外れるし、あっちの雲梯と来たら……』
目の前にあるのは、校内融和を図るオブジェじゃない。
絶対殺人仕様の兵器である。
(もしかして、これなら……)
雲梯に近付くイチカへ向けて、理乃が再び、鎖鎌を横薙ぎに振るう。
「それでこそイチカ! 往生際が悪い♪」
雲梯端から鎖鎌が回り込むが、その途中、イチカが女子高生らしからぬ雄叫びを上げる。
「どおおぉりゃああぁぁぁ!!」
全身の血液が力強く流動して、筋機能を拡張させる。
イチカが未固定の雲梯を強引に引き抜いた!
「地面から引っこ抜いた!? どんな怪力!!」
倒れ込んだ雲梯が鎖鎌の軌道を狂わせ、先端部の鎖をハシゴの支柱に絡めとる。
背筋、太腿、体重移動。
全身の力で雲梯を前へと押し続けて、イチカが決死の特攻を試みる。
「コレならどうだぁぁぁ!」
斬空刀を遙かに凌ぐ質量兵器が、地面をスライドして理乃に迫る。
「うわあ~。こっち来んな~!!」
理乃は校庭中央へと後退するが、鎖が雲梯に絡まっているので、一定距離から
離れられない。
それに気付いたイチカが、校庭東で片足を軸にして全身を回転させる。
ジャイアントスイングの要領でブン回すと、飛び忍仕様で風を受けやすい理乃が宙に浮いた。
遠心力で鎖が解けて、彼女の身体は空中高くへと放り出される。
脅威が身近から遠ざかると、興奮状態のイチカが落ち着きを取り戻した。
「あっ、飛んだ……」
「うわぁぁぁぁあん……。イチカのバカァ~!!」
このままでは場外負けとなる。
とっさに理乃は、鎖鎌を屋上フェンスに引っ掛けて、場外への投げ出しを辛うじて防いだ。
強敵を強引に引き離したイチカだが、休む暇は得られない。
激しい戦闘音が、周囲にいる敵の注意を誘い、校舎中央、職員室下の池のそばから、付近を警戒中の剣豪娘に捕捉された。
「あ~!! あきえじゃなくて、イチカ発見!」
「しまった! こんな時に、華隠さんがぁぁぁぁ!!」
焦ったイチカは、雲梯を握ったままダッシュ。
暗がりのせいで目測を誤り、先端部分が校舎に激突する。
『ガッシャ~ン!!』
2階窓から斜め下のイチカは、背徳的な破砕音を聞いて、自分のしでかしたミスを形容する。
「うわぁ! 勢い余って、窓ガラスがぁ!!」
思わずイチカが動きを止めるが、それは華隠も同じであった。
トラブル好きの彼女は条件反射で立ち止まり、イチカを指差して、面白おかしく囃したてる。
「イチカの奴と来たら、盗んだバイクはまだだとしても、校舎の窓を叩き割るだなんて、見事なまでの不良だわさ!」
「わ~ざとじゃ無いんです~ぅ!!」
イチカが弁解してる間も、上空の理乃から手裏剣が放たれる。
「マズイ。このままじゃ2対1だ……」
走って逃げても、前後に挟まれたらお終いである。
それ以前に、陽忍術を使って追いかけられたら振り切れない。
仕方なくイチカは雲梯伝いに二階へ移動し、割れた窓から三日月型の掛け金――クレセント錠を外して、教室内へと強引に侵入する。
「ううっ……。まさか正式に忍者になるより先に、泥棒紛いのことをするなんて」
嘆くイチカは、2年陣組の教室を飛び出して、月影のみの薄暗い一本道を西へ
疾走する。
者組を横切り、水道前を通過して、中央階段のすぐ近く、職員室前の廊下で停止した。
後方に敵の気配はない。
追跡を諦めたのだろうか?
(問題は此処からだ……。希更ちゃん、どこに隠れてるんだろう?)
短く思案していると、壁際にある掃除道具入れの横から、忍びの気配が急速に
高まる!
「しまった!!」
・合成忍術3種『三力連環』
上忍昇格の登竜門。相生する3種の要素を一度に発動させる技。
技のバリエーションや戦闘スタイルが爆発的に広がり、攻・防・回避の前衛と、
遠距離・支援偏重を自在にこなせることから、3種混合技を使えて、初めて一人前の陽忍として認められる。
なお、2種混合と違って呼び名は固定。
(例)
練丹術 + 氣術 + 霊術 → 三力連環・~(技名)
霊術 + 神通力 + 法術 → 三力連環・~




