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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
5章 藤森イチカの進級試験
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戦いは始まった

 時刻は7時。

 太陽は西方(せいほう)、秩(ちち)父(ぶ)山岳の蔭に身を隠したが、空はまだ辛(かろ)うじて、茜色(あかねいろ)の輝きを保っている。

 この時期、陽忍術のない一年下(げ)忍(にん)は、暗闇などの零(ゼロ)視(し)界(かい)訓練を受けておらず、日没後、空の闇(やみ)が目立つようになると、校庭各所に照明が灯される。

 御蔭で視界不足の心配はないが、遠(えん)距(きょ)離(り)狙撃の危険度増加は避(さ)けられなかった。

 イチカの開始地点は、隠密(おんみつ)箇所の少ない校庭東の雲梯(うんてい)近く。

 右後方、緑(みどり)のフェンス沿い北側に、ブランコや滑り台。

 反対の南側には、チェーンネットと第2体育倉庫。

 正面の校庭中央側(がわ)は、丸太を三角形に組んだ大型遊具の『斜面板(しゃめんばん)』が設置されている。


(希更ちゃんとの合流が先(さき)か、それとも潜伏か……)


 思い当たる場所といえば、校庭南、体育館(たいいくかん)横のプールだ。

 希更の得意とする霊術(れいじゅつ)は水と相性がよく、彼女自身も、水遁(すいとん)の術が要らないと思えるほど、授業中、長時間の潜水をこなしていた。

 方針が定まった所で、校舎屋上から、試験開始を意味する銅鑼(どら)の音(ね)が響く。

 イチカはひとまずその場を離れて、前方障害物の斜面板(しゃめんばん)に背中を預ける。

 目を瞑(つむ)り、周囲の気配を注意ぶかく窺(うかが)うと、左前方の樹上に殺気を感じた。

 隠しきれない陽忍術の空気に視線を移すと、同地点から鋭(するど)い声が放たれる。


「藤森(ふじもり)さん、覚悟!」


 迂(う)闊(かつ)な掛け声と共に、夕暮れを裂(さ)いて手裏剣が飛来する。

 イチカは逆手に刃(やいば)を閃き、投擲物(とうてきぶつ)を難なく弾き落とした。

 敵は7メートルほど離れた樹の上だ。

 今度は自分から仕掛けようと、体側(たいそく)の手裏剣に手を這(は)わせて、奇妙な感覚に思い止(とど)まる。

(待てよ。敵がわざと声を出したということは……)


「囮(おとり)かっ!!」


 イチカが大声で振り向くと、右後方、今まさに、斜面板の横から斬りかかろうとする敵(てき)が動きを止めた。


「見付かった!?」


 クジ引きも、運(うん)次第ではパートナーと連携可能な位置から始まる。

 イチカは逆手のまま斬り付けて、接近中の敵に先制攻撃を仕掛けた。

 出鼻を挫(くじ)かれたとはいえ、相手の動きも悪くない。

 イチカの斬空刀(ざんくうとう)を自身の忍者刀で防ぎ、バックステップで手裏剣を打つ。


(この動き、師匠の特訓の時と同じだ。このタイミングで、後(うし)ろからも投げてくる!)


 イチカは正面からの手裏剣を弾くと、真横に小さく跳んで、樹上からの狙撃に

備える。

 だが、敵からの攻撃はない。

 手裏剣の代わりに飛んできたのは、相手忍者のく(・)ぐ(・)も(・)っ(・)た(・)悲鳴であった。

 新条(しんじょう)百(もも)恵(え)が地面に転落すると、判定員の土(つち)御(み)門(かど)ひなたが、フェンス上にいきなり現れる。


「坂(・)本(・)愛(・)里(・)、一本っ!」


 その声に弾かれて、正面の幸崎(こうざき)久美香(くみか)が注意をそらした。


「百(もも)恵(え)!」


 隙を逃(のが)さず、幸崎(こうざき)の左肩から右脇腹へ、イチカの斬空刀が必殺の一閃を刻んだ。

 本当にイ(・)チ(・)カ(・)が(・)や(・)れ(・)る(・)とは思わなかった。

 ひなたの声が、今度は驚きの色を乗せて校庭に響く。


「藤森(ふじもり)イチカ、一本……」


 一瞬、校庭中からザワついた空気が流れる。

 遠方(えんぽう)、第2体育倉庫からも驚愕の叫びが漏れた。


「なにぃ!?」


 聞き覚えのある声に、イチカも警戒の声を上げる。


「今の声は、委員長さん!?」


 イチカはすぐ近くの斜面板(しゃめんばん)に身を寄せて、声が聞こえた方向を索敵する。

 一瞬、空中で何かがキラリと光った!

 反射的に身(み)を翻(ひるがえ)すと、顔の真横を『投げ苦無』がかすめる。

 昇降遊具から第2倉庫までの距離は、およそ40メートル。

 位置と方向は間違ってない。

 だが、あまりにも遠すぎる。


「どうして、あんな距離から狙えるの……?」


 明らかに生身の技ではないと考えると、すぐに答えが浮かび上がった。

 彼女の特技は練丹術(れんたんじゅつ)。

 その特徴は生理作用の強化で、攻撃に転用すれば、異常命中や筋使用の限界(リミッター)を

外せる。

 調整された強化練薬(きょうかれんやく)で、身体機能を一時的に強化してるのだ。


「天狗どのいわく、正面対決での勝機は皆(かい)無(む)……。ここはひとまず、逃げの一手です」


 イチカの頭に、校舎北西、緑地帯(りょくちたい)の選択肢が瞬時に浮かぶ。

 段々畑(だんだんばたけ)と樹木の多い彼処(あそこ)であれば、直線射撃から容易に身を隠せる。

 イチカは校庭遊具を盾にしながら、愛(あい)里(り)の放つ遠距離攻撃をかわして北に進む。

 途中、正門前の鳴(なる)子(こ)が行く手を遮(さえぎ)るのをもどかしく感じながら、足早に校舎裏へと身(み)を潜(ひそ)めた。



 敵が有効射程から逃(のが)れると、坂本愛里は手にした苦(く)無(ない)をマント裏に留め直した。

 シャッターの開いた第2倉庫内、愛里の舌打ちが冷たく響く。


「藤森さんは逃げたみたいね……。それなら此方(こっち)は、それを最大限に利用させてもらうわ」


 イチカを追い立てて経路上の敵を炙(あぶ)り出(だ)せば、移動と狙撃に専念できる。

――校庭をまっすぐ突っ切ると、周囲の敵から袋叩きに遭(あ)う。

 愛里は体育倉庫を出ると、すぐ右側のフェンス沿いを走って、逃げるイチカを

追跡する。

 正門(せいもん)横を通り抜けて、校舎裏に到達。

 すると、焼却炉の手前で違和感を覚えた愛(あい)里(り)は、その場をすばやく飛(と)び退(の)いた。

 直後、頭上から吹き下ろす小竜巻に行(ゆ)く手(て)を阻まれる。


「へっへ~ん。さっすが、委員ちょ(いいんちょ)。今のをよく避(よ)けられたね♪」


 ブワッと布を広げる音と同時に、挑発的な声が屋上から降りてきた。


「まさか、柳沼(やぎぬま)さん!?」


 空中の理乃(りの)は、飛行翼を巧みに操り、愛里の前へと緩(ゆる)やかに降り立つ。

 すばやい手付きで、翼の軸柄(ストック)を腿(もも)の側面へと折り畳み、左手を突き出して旋風を放った。


「そぉらっ!」


「ぐううぅぅぅぅっ……!!」


 突然、愛里の全身に猛烈(もうれつ)な虚脱感が広がる。

 木属性(もくぞくせい)は土属性(つちぞくせい)を相剋(そうこく)する。

 神通力によって生じた風圧が、練丹術の薬効成分(やっこうせいぶん)を無効化しているのだ。

 片膝(かたひざ)立ちに姿勢が崩れた愛(あい)里(り)は、焦燥感に顔を歪める。


「いきなり強敵とぶつかるなんて、私って、本当にツイてないわね……」


 臨組(りんぐみ)筆頭(ひっとう)実力者のうち、愛里と理乃の相性は最悪だ。

 しかも理乃が異常なのは、本来ならば相剋(そうこく)している、神通力と氣術(きじゅつ)の二つを使える万能性にある。

 それに比べて愛(あい)里(り)の強みは、練丹術にとびきり優秀な専門性だけだ。

 氣術と法術(ほうじゅつ)の両者が使えない以上、陽忍術(ようにんじゅつ)戦闘では、愛里の勝ち目は薄い。

 理乃は、出(で)会(あ)い頭(がしら)に愛里の戦闘力を低下させると、鎖鎌(くさりがま)を旋回させて氣術を練った。


「いざ尋常に勝負だよ、委員ちょ(いいんちょ)!」


「お断りよ。あなたの相手は、あきえと合流してからにするわ!」


 返事の直後、掌(てのひら)から勢いよく閃く理乃の鎖鎌(くさりがま)。

 しかし愛里は、右後方へ跳(と)ぶと同時に、心臓(しんぞう)前の布地から煙玉をむしり取り、

前方に軽く投射(トス)する。

 ほどなく、鎌(かま)の先端が煙玉の真(ま)芯(しん)を捉え、校舎裏は白い煙に包まれた。

・忍ヶ丘の構成

忍ヶ丘は1つの巨大な都市ではなく、陽忍術に関わる複数の町や組織によって形成された連合体・群(ぐん)である。

そのため陽忍組織は盤石な一枚岩ではなく、忍ヶ丘の地形と相(あい)俟(ま)って、3つの派閥に分かれている。

南東(外交)・南西(生活)・北(実務と生産)。

3つの地域は忍ヶ丘を維持する重要な役目をそれぞれ果たしており、東部・南部・北部と大まかに呼び分けられている。

このため3者の意見の相(そう)違(い)は、自分たちの役割分業から生じた意識の違いに根差している。

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