集結
翌日の午後6時半、期末試験の時がやってきた。
同学年、兵組、闘組の試験は、午前と午後一番に別れて終了し、試験は残す所、イチカ達の臨組だけである。
空は快晴。
夕方といっても、この時期は陽が長く、校庭はまだ視界が利いている。
集合時間までは校内の立ち入りを禁止されているため、イチカと希更は、準備運動代わりの軽い訓練と作戦会議を済ませ、集合場所の体育館へと移動する。
入り口前の下足置き場から板張りの運動場を見渡すと、わずか20人強の級友たちが、本番仕様の戦闘服に身を包み、互いのペアを牽制するように散っていた。
「うわあ……。みんな、もう集まってる。しかも早速、殺気みたいな物を撒き散らしてるし」
余裕の表れか、まるで他人事みたいな口調で呟くイチカに、希更は信頼の色を深める。
「でも、それが分かるのなら、藤森さんもみんなの気配が読めるようになったみたいね。あとは、その気配をどれだけ敏感に感じ取れるかで、隠行破りの精度が決まるわ」
場内に渦巻く剣呑な空気が、ネットリとした湖泥のように押し寄せる。
自然と、二人の身も緊張に引き締まった。
イチカは、わずか5メートル先の敷居を越えただけで、同一空間の攻撃的な空気を感じ取ってピタリと停止した。
「急に立ち止まってどうしたの、藤森さん?」
「この気配……。副委員長の獅堂さんです。体育館の奥の方に居ます」
イチカに続いて、希更も講堂内へと足を踏み入れる。
殺気に似た緊張。その最大の発信源が、壇上前の右側、校歌が彫られた木版の下で、こちらに挑戦的な眼差しを送っていた。
「そういえば獅堂さんは、この前、藤森さんに決闘を申し込んでいましたね」
「微動だにしない様子からして、戦う前に言葉は不要って感じですね。でも、教頭先生を焚き付けたとして、一体どうやって、一対一に持ち込むつもりなんでしょうか?」
その場で小さく相談していると、後ろの出入り口から、殺気とは無縁の四人が現れた。
委員長の坂本愛里と金岡あきえ。
そして、焰薙華隠と柳沼理乃のWペアである。
筆頭実力者たちの登場に、イチカの注意がこのえから外れた。
「あっ。委員長さん達も、今から集まる所だったんですね」
自然とイチカの目が、四人の装備に留まる。
全員、初日に見た時と服装は一緒だが、装備品の数と細部の意匠が明らかに異なる。
特に華隠と理乃は、大艦巨砲主義を地で行く重装備だ。
華隠の場合、金糸の刺繍が鮮やかな戦着物に、大太刀を二振り、背中へたすき掛けに差し、その上から胴回りほどもある手筒を斜めに背負っている。
ペアの理乃は普段通りの格好で、暗器を多数仕込んでいる忍者服。
その左肩から右下の腰裏へと湾曲した太い革筒に、忍術媒体を含んだ細い鎖を
収納し、先端部分の鎌だけを、接続金具の金属ボタンで腰ベルトの右側に留めている。
鎖の長さは、推定でおよそ15メートル。
収納体積と引き替えの細さを補う特殊合金は、伝導させる氣術の精度で硬度を変えられるため、生身の力では容易に引き千切れない。
それ以上に気懸かりなのは、常識外れに長い鎖を、一本の皮筒にどうやって絡ませずに蔵っているかだ。
この点、忍ヶ丘での経験が浅いイチカには、皆目、見当がつかなかった。
加えて彼女の最大の特徴は、条件次第では両太腿の飛行翼を展開して空を飛べることだ。
校庭での夜間移動と広域偵察において、理乃には圧倒的な優位性がある。
一方、愛里とあきえの装備は、軽装・暗殺に特化したもの。
練丹術の得意な愛里は、黒の忍者服に、忍具を忍ばせる弛みを持たせた改造制服。
色は全て黒一色に統一し、杖無し帽子無しのローブに、隠れ蓑の耐刃マントを肩の後ろに装着している。
反対にあきえは、分厚い金属爪が甲から突き出た手甲に加え、軽金属の圧砕脚甲に鉢金と、基本装備が断トツに薄い。
ヘソ出しのタンクトップ一枚とショートパンツ。
スピード重視の軽装に、忍具ベルトを腰から斜めに二巻き、スタイリッシュに
着崩している。
隠し忍具は一切ない。
衣服の中に仕込んでいると、取り出す際に手甲の爪で自分を傷付けてしまうからだ。
ちなみにイチカの格好は、いつもの忍者服に、忍具ベルトを腰に一巻き。
肋骨周りには、手裏剣を納めたコルセットを装着し、狐面を頭に横掛けして、首には厚手のマフラーを巻いている。
希更に至っては、小太刀以外の忍具全てを和服の下に隠した、普段と同じ格好であった。
イチカに名前を呼ばれた事もあり、四人の先頭に立つ愛里が最初に口を開いた。
「戦闘前に囲まれるのは良い気がしないし、一応、学級委員の務めとして、綾平先生に試験続行か延期か、あと、なにかトラブルが無いか、確かめる必要があったもの」
愛里が喋り終えると、四人の中で最も心配性のあきえが、最弱候補の二人を気に掛ける。
「そんな事より、イチカに水野っち、ちゃんと訓練はして来たのかい? なんでもあの後、どの霊場にも顔を出さなかったっていうじゃないか」
こうして6人は会話をしながら、級友たちの敵対視線を裂いて、体育館の中央を突っ切ってゆく。
その道行きに、およそ一ヶ月前はズブの素人だったイチカが、敵意に怯まずついて来ている。
委員長の愛里は、またしても其処に、一週間前の危惧を蘇らせた。
そうとは知らずに、イチカはあきえの質問へ快活に答える。
「ハイ! 秘密特訓でみっちり鍛えてきました。そう簡単にやられたりはしません」
「へへっ、イイ返事だね。でも、訓練して来たのはコッチも同じだからね。条件が一緒なら、アタシ達の方が有利だよ」
自信満々に力こぶを作り、爽快な笑みを向けるあきえ。
確かに彼女の言う通りなのだが、イチカの言う秘密特訓とは、あきえ達のこなしてきた自主訓練のことではない。
その点に疑問を抱かせないのは、なんと言っても、イチカの用意してきた二つの脱力アイテムにある。
目に見える罠に誘導されて、呆れ顔の華隠が、後ろから憎まれ口を叩いた。
「隠れて修業してた割には、頭に狐のお面だなんて、祭りにでも行くような格好だわさ」
条件反射で縁日の景色を思い浮かべた希更は、イチカの左隣りで微笑を作った。
「これで綿菓子にリンゴ飴もあれば、完全装備の仮装ですね。もっとも、変化の術は関係ないから、技術点は入らないんですけど」
あれだけ試験内容を危惧していた希更からも、悲壮感がまるで感じられない。
みずから冗談に加わり、他のメンバーと談笑している。
今度はお調子者の理乃が前に出て、鼻をスンスン鳴らしながら、イチカの周囲を執拗に歩き回った。
「でも、なんだか安心したよ~♪ だってあのイチカが、お爺ちゃん先生に特訓を受けてたって言うんだもん。裏庭での一件以来、ボク達の霊場封鎖も成功してたみたいだし、これでイチカ達の勝利は絶対ないね」
不平等院鳳凰堂を使ったとは言えず、イチカはわざと、ありきたりな台詞を返す。
「あっ、その言い方って非道いです。こう見えても私だって、あれから更に成長したんですから。秘策の一つや二つだって、用意してるんですからね!」
強がりを言えば言うほど洗濯剤の香りに気を良くして、理乃がニヘラ顔を加速させる。
「ど~だかね~♪ イチカはやっぱり、いつものイチカだからね~」
理乃の能天気な認識に、あきえも然り、華隠も右に同じで同時に頷く。
しかし、練丹術に詳しい愛里だけは、匂いの発信源に工夫があるのを察知した。
(違う……。この匂いは、忍者服からじゃない!)
愛里の歩みが、イチカ達から一人だけ遅れる。
長い付き合いのなせる業か、あきえは、自分達から離れて絶句する愛里に気が付いた。
たった一目で彼女の心配を見抜いて、さり気なく列を外れる。
「そんなに深刻ぶった顔をしちゃって、どうしたのさ。ひょっとして、今度の試験でイチカが学校を辞めるかもって、気が咎めんのかい?」
一行の歩みは、体育館の三分の一まで来ている。
壇の下までは、あと少しだ。
その距離が、まるで自分達の危機を暗示しているようで、愛里の心臓は早鐘の如く高鳴る。
四人から充分、距離が開いたのを確認して、愛里は小声で警告した。
「違うの、あきえ! あの藤森さんを甘く見ては……」
愛里が忠告を終えるより先に、ステージ脇のスピーカーから、五部学長の放送が流れる。
「一年臨組の皆さん、長らくお待たせしました。これより、期末試験の説明を始めます」
それを機に、クラス全員が二列横隊で壇上前に集合する。
こうなると、一切の私語は厳禁である。
やむなく愛里は、あきえの説得を打ち切って、ルール説明の聞き取りに専念した。
・忍術学園、開校の由来
新政府軍が旧幕残党の対処に当たっていた頃、陽忍たちは雪風と篠崎洞仙の遺言、そして封印直前に呪術師・天空が残した不吉な警句を参考にして、忍ヶ丘の各地に対・侵略措置を施した。
まず、天空封印の地である泰岳富山を明治政府、または、後の新たな中央政権の手から紫水晶を守るべく星ヶ山城を建築し、天海衆を含む外敵の襲来に備えた。
また、武器庫を兼ねた防衛拠点として陽炎城を建てる一方、忍ヶ丘の最前線基地と修練場を兼ねた不平等院鳳凰堂を建立。
そして後進の育成のために、それまで雪風が担当していた忍術訓練道場を改め、忍ヶ丘独自の人材養成機関・忍ヶ丘忍術学園を開く。
後に、男女の戦闘力や陽忍術の目覚めの違いから、忍ヶ丘くのいち忍術学園へと
形を変えて現在に至る。




