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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
4章 選ばれし者
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どうして彼女は選ばれたのか

 戦闘の空気が霧散すると、(おも)()や樹木などの障害物から、ガサッと不審な物音が鳴る。

 イチカは突然とつぜん湧き上がった異音に注意を尖らせて、あわてて周囲を見回した。


「えっ!? い、今のはなんですか! もしかして、幽霊とか!?」


 五部(いつつべ)学長は、イチカの安易かつ珍妙ちんみょうな発想を聞いて、上品な笑いを奏でる。


「ほっほっほっ……。今のはすべて、中忍の()らが、あなた達の戦いぶりを盗み見ていただけですよ」


「えっ、上級生の方達がまわりに居たんですか? 私、ぜんぜん気が付きませんでした」


(みな)、忍術伝法の儀を済ませた実力者ばかり。それに貴方(あなた)達は、目の前の戦いに

心血を注いで居たのですから、気付かないのも無理はありません」


「そうですかぁ……。エヘヘ♪ 幽霊だなんて、私、場所が場所だけに、つい不吉なことを考えちゃいました。幽霊なんて非科学的な存在、居る訳ありませんよね?」


 すると五部学長は、ふうぅむ……と()らぬ(ほう)へと視線をそらし、かたくなに無言を

貫く。


「が、学園長先生……。どうして其処(そこ)で無反応なんですか? 忍びに加えて幽霊が実在するなんて重たい現実、私の常識には耐えられません!」


 イチカが強い口調で訴えると、疲労を深く残したさらが、抑揚に乏しい声で口を挟んだ。


「私は霊術が使えるから、幽霊はあまり怖くはないのだけれど……」


「私は希更ちゃん達と違って、一個も陽忍術を使えないんです!」


 希更が冗談半分に主張するのを、イチカが阿吽の呼吸で反発する。

 仲の良いいで、その場に打ち解けた空気が一気に広がるが、叫ぶイチカの勢いに押されて、希更の(そで)から『ストッ……』と何かが()り落ちた。


「あっ……。希更ちゃん、なにか落ちましたよ?」


「ああっ! それ……は……」


 希更はあわてて手を伸ばすが、まだ身体にうまく力が入らず、途中から()()()()と地面に崩れ落ちた。

 代わりにイチカが足下の雑誌を拾い上げると、反射的に、()()()()()()響きのする題名を読み上げる。


「竜虎の(まじ)わり……? なんですか、希更ちゃん。この薄っぺらい本は?」


 なんですか、と言われても、すぐには答えられない。

 正直に白状したが最後、性的な意味で『両刀使い』を公言するあきえと同様に

分類されてしまう。

 希更はのう味噌みそをフル回転させた挙げ句、極力、ひかな表現技法を駆使して答えた。


「きょ、教科書みたいな物です。返して下さい」


 教科書と言っても、科目で言えば間違いなく()()()だ。

 いまだかつて、これほどまでに日本語を過剰かじょう包装した憶えはない。

 うまく立ち回ったつもりだが、唇の震えが止まらず、冷や汗がなく流れた。

(なんだろう? なんだか、希更ちゃんの様子がおかしい気がする……)

 一瞬、中を覗いてみようと思ったが()めておいた。

 他人の持ち物を勝手に検閲けんえつするのは良くない事だし、自分の好きな忍者雑誌も、『虎の巻』やら『龍の章』と言った名前が多く使われている。

――おそらく、そういった(たぐい)のものだろう。

 サブカルチャーに疎いイチカが、不自然な動揺を見せる希更に、『腐女子の教科書』を返却する。


「こんな所にまで持ち歩くって事は、図解の兵法書か何かですね? ハイ、希更ちゃん」


「あ、ありがとうございます、藤森さん」


 安心感からホッと息を吐き、『龍様(りゅうさま)』の秘密を袖内(そでうち)へと隠す希更。

 親友の反応に『ハテナ』としながらも、イチカは特訓成果が気になって、前のめりの姿勢で仁斎(じんさい)に尋ねた。


「それで師匠、さっきは降参とか言ってましたけど、私達の実力はどうでしたか?」


 分かり切った答えと女の子らしい催促の仕方に、仁斎(じんさい)の顔が思わず緩んだ。


「無論のこと、特訓は成功じゃ。正確には、(わし)に『変わり身の術』を使わせた時点で充分だったんじゃが、まさか水野さんが、あんな大技を使(つこ)うてくるとは思わなんだ」


「だったら私、余計な事をしたんでしょうか……」


 落ち込んだ様子で呟く希更へ、仁斎は(てのひら)を気さくに振って返した。


否々(いやいや)……、見事なダメ押しの一撃じゃ。アレが決まれば、格上忍者とてひとまりもあるまい」


 仁斎(じんさい)は、予想を上回る結果へ満足そうに頷くと、納得の笑みで二人に告げる。


「これにて、秘密特訓の全課程を修了とする。とはいえ、個人練度に劣る()(ぬし)らは、試験では正面対決を()け、隠密状態からの奇襲を心掛けるべきじゃ。それと、残る二日間は前にも言った通り、忍具の手入れと休息きゅうそくに専念して、試験当日に向けて万全の準備を整えるのじゃぞ」


「「ハイ! 御指導、ありがとうございました!」」


 異口同音に礼を述べると、五部学長からも(ねぎら)いの言葉が掛けられる。


「御二人とも、よくぞ臥龍(がりゅう)先生に(ひと)太刀(たち)報いました。とりわけ、これまで未経験者であった藤森さんは、この短期間でよく成長しましたね」


「エヘヘ♪ それはまぁ、先生方の御指導の賜物(たまもの)です」


 謙虚さからではなく、本心からそう思った。

 これまで真面(まとも)に刀を握ったことのない自分が、今では、戦闘訓練でそれなりの

成果を上げている。

 これがもし一般社会での武術訓練なら、半年()けても、この域に到達するとは

思えなかった。

 自然と、転入初期の教師陣の苦労が(しの)ばれる。


「でも、学園長先生がどうに出て来られるなんて珍しいですね。私、初めて見ました」


 イチカがなになく指摘すると、五部学長は、苦笑(くしょう)気味に眉を寄せて理由を明かした。


「本来ならば、各生徒との公平を期すために参加を控えているのですが、あなたのクラス担任である綾平(あやひら)先生からも、どうか宜しく、と頼まれたものですから」


綾平(あやひら)先生がですか!? そうだったんだぁ……。いつもマイペースな性格にしか見えないけれど、やっぱり先生も、私のことを気に掛けてくれてたんですね」


 喜びに胸を馳せるイチカは、どう感謝すべきか悩んで、すぐに答えが出た。

 まずは、試験に合格してからが良いに決まってる。

 その方が苦労も報われて、ありがたみも一入(ひとしお)なのだから。

 胸一杯の温かさを慈しむように、イチカは大人(おとな)びた顔で立ち尽くす。

 そうした彼女の落ち着いた風貌は、見る者に、一人の人間としての成長を感じさせた。

 五部(いつつべ)学長が()()()()と近くへ歩み寄り、イチカの肩に右手を添える。


「運命選定法が貴方(あなた)を選んだからには、そこには何かしら、特別な意味がある(はず)です。これからも期待してますよ、藤森さん」


 イチカの瞳が感激に(うる)む。

 これから先、テストの結果がどうなろうとも頑張ってみせるとか、誰かの願いを背負ったさきに、自分の望む未来が待っているような気がするとか、深い感謝と使命感がいずみのように湧いてくる。

 だが、それをうまく表現できず、どれも言葉足らずの嘘になってしまいそうで、イチカは思わず、ほんの短い返事に想いを託した。


「ハイ!」


 身体を小さくはずませて返すと、肩に(かぶ)さる五部学長の右手が軽く離れる。

 やがて、さり()なくイチカの腕に接触した瞬間、学園長は素早くその手をめた。


「これはっ……!!」


 掌から発した練丹術(れんたんじゅつ)の波動が、いつまで()っても帰ってこない。

 通常、忍ヶ丘(しのびがおか)で生活していれば、食事や呼吸を通して、(わず)かずつだが忍術媒体を摂取している。

 こんな反応は、普通ならば有り得ないことだ。

 少し離れて(うし)ろに立つ仁斎(じんさい)が、学園長の意図を察して耳元で(ささや)いた。


「どうした。なにを感じた……?」


――触診検査法(しょくしんけんさほう)

 診察などの際、患者に接触して病状を(さぐ)る医療系の忍術だ。

 この技ならば、試験前に、イチカの体調と練習量を正確に調べることが出来る。


 しかし、結果は皆無であった……。


 イチカの身体から、陽忍術の波動が検知できなかったということは、彼女には、一般人が体内に隠し持っているべき()()()()()()()()()のだ!!

 これでは、いくら陽忍術の修練を積んだ所で、技がまったく発動しないことになる。

(だとしたら、どうして運命選定法は、藤森ふじもりさんを……)

 押し黙る学園長を、希更がひかな口調で気づかう。


「あの、大丈夫ですか? なんだか、お加減が優れないようですけど……」


 四度の霊術行使で半病人と化した彼女に言われるのだから、よほどの事である。

 五部(いつつべ)学長はぎこちない笑みを浮かべると、無難な口実こうじつを挙げて疑問をかわした。


「いえ、私も臥龍(がりゅう)先生と同じく、身体活殺しんたいかっさつほうで老化を抑える者の一人。先程の術で、少し疲れただけです。訓練も終わったことですし、すぐに戻って休ませてもらいます」


 そう言われると、原因を作った希更としては、これ以上は踏み込めない。

 監督者である仁斎(じんさい)も、五部学長の強引な退()がり文句に賛成の構えである。

 ()(おり)仕様の忍者服に手を這わせると、着衣の乱れを整えてから解散を促した。


「それじゃ、これにて(わし)らは帰るとするかな?」


 確認するように告げると、五部(いつつべ)学長は軽く頷き、不図(ふと)、重要な案件を思い出して付け加える。


「そうそう……。二人に、我が校の暗黙の了解を言い忘れてました。先程、身体活殺の法で臥龍(がりゅう)先生が若返りましたが、その事を、金曜授業の石川(いしかわ)残月(ざんげつ)先生に話してはなりません」


 イチカと希更が、不思議そうに顔を見合わせる。

 なんとも奇妙な禁則事項だ。

 (いわ)因縁(いんねん)・秘密の多い忍術学園だが、こればかりはおかしい。

 教師が里の秘密を生徒達に隠すのではなく、両者が一丸(いちがん)となって、皆伝者の一人を()(もの)にしようと言うのだから。


「どうして石川先生には内緒なんですか? 若返りなら、下忍の私達でも知ってるくらいなのに」


 イチカが不思議そうに尋ねるも、忍術学園の首脳(しゅのう)二人は滑舌が悪い。


(いや)、技のことは()えんじゃが、儂の正体が()()()()()である事だけは、秘密にして欲しいんじゃよ。あの()はまだ若くもあるし、真実を知るのは、ちとこくじゃろうて」


「ちなみに、口外こうがいすれば厳しい罰が待っていますので、その御積(おつ)もりで……」


 不吉な忠告を残して、二人の実像がユワ~ンと宙に()き消えた。

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