反撃
聞き覚えのある声に、イチカと希更は無言で首を旋回させる。
その正体を、同世代の朧月が誰よりも早く見破った。
「おっ、五部学長。アンタがこんな所に来るなんて、珍しいじゃねえか」
滝の上部に注目すると、白髪眼鏡の上品な老婆、五部紫彩が優雅に緑茶を啜っていた。
まるで、カラクリ仕掛けを思わせる動作で湯呑みを口から離し、落ち着いた口調で答える。
「なに、試験を間近に控えたこの時期、あの臥龍先生が奥義をもって訓練に当たると聞いて、気になって来てみたまでです」
「へえぇ、そいつは御苦労なこった。でも、それだけじゃねぇんだろ?」
「勿論です。なにせその訓練相手が、試験不合格で今後の進退を左右する二人となれば、少々、荷が勝ち過ぎるというもの。いくらか教えを施すつもりです」
助太刀してくれるのは有り難いが、相手は忍ヶ丘最強の剣士である。
難易度なんかお構いなしに助勢を口にする学園長へ、希更が苦しげな声を絞りだす。
「ですが学園長。私達の腕では、臥龍先生の守りを打ち破るのは困難です」
希更は辛うじて、不可能の弱音だけは飲み込んだ。
五部学長は、生徒の重圧を読み取って無表情に返す。
「それは貴方たちの動きが、一対一の切り替えに終わっているからです。己の実力が足りないならば、単純計算で戦力の増強を図る。すなわち、二人同時の『捨て身戦法』です」
イチカは朧月の動きを警戒したまま、言葉通りの戦況を脳裡に描く。
「でも、それだと互いの剣がぶつかって、同士討ちになってしまいますよ?」
「仲間同士が邪魔になるのは、横並びが原因でしょう。忍具を控えて前後に挟むか、横並びでも、敵の手足や頭部を狙った末端部の攻撃なら、それも防げるはずです。いかに臥龍先生といえど、腕は二本で脚は二つ。一度に捌ける攻撃量には、おのずと限度があります……。二人とも、やってご覧なさい」
五部学長が言外のプレッシャーを放って、イチカ達を急き立てる。
半信半疑の二人は、朧月の前方左右へ展開すると、精彩を欠いた動きのまま、
手裏剣での牽制射撃を試みる。
これを朧月が難なく弾くが、直角方向からの攻撃に動きを封じられて、左右からの挟み撃ちを容易に許してしまう。
意外にもすんなりと攻勢に移れたことで、二人の表情から焦りが消えた。
「へっ、忍具抜きの接近戦なら望む所だ!」
朧月は、左前方に身を翻してイチカへと駆け寄る。
剣術勝負は、剣士の独壇場だ。
両者の接近が済む前に、学園長の指示が飛ぶ。
「藤森さんは後退しつつ、足下めがけて牽制射撃。水野さんは前進です」
直線軌道が足下ならば、味方への誤射は心配ない。
詰めると空けられ、時折、狙い澄ましたように手裏剣が脹ら脛と脛をかすめる。
これには若き仁斎も、前後の対応に苦慮して舌を鳴らした。
「チッ……。婆さんめ、どうにも人使いがうまい」
「婆さんではありません、学園長です」
八つ当たりの愚痴にしれっと対応する片手間、優勢に立つ二人へ、更なる采配を揮う。
「二人は臥龍先生に、絶対に攻めの選択権を与えてはなりません。動きを止めず、最大範囲から一気に距離を詰めて、同時に仕掛けて下さい」
「ハイ!」 & 「承知!」
今度は二人の口から、ハッキリとした応答が返ってきた。
朧月が脇差しを抜き、順手の太刀と逆手の脇差しという、変則型の二刀流で迎え撃つ。
二刀流では豪剣を使えない。
好機とばかりにイチカが斬り込み、それに合わせて希更も跳ぶ。
筋力だけでは、長刀身の片手制御は困難だ。
朧月が体内で氣を練ると、全身から白銀の闘気が立ち昇り、宙に揺らめく。
氣術解放の兆候である。
運動強化を施した朧月は、左右両面から襲い来る弟子に直角方向へと後退し、二人の攻撃を前方視界内へと封じる。
「ぬおりゃあぁぁぁぁ!!」
朧月が豪快な雄叫びを上げて、三本の剣閃を流れるように跳ね返す。
激しい連打への対応で手一杯なのか、剣圧はどれも『受け流し』の軽い手応えばかりだ。
対する二人も、連撃に夢中で互いの距離が狭まり、剣閃範囲の重なりで攻撃パターンが単調になる。
これなら返せる……、と密かに緊張を緩める朧月に対して、五部学長が意地悪く立ち回る。
「水野さんは手数を減らして回り込み、藤森さんは遮二無二攻め立てる連撃へ。二人一組では、しばしば本来の役割が逆転するものです」
それを機に、急所狙いの希更の攻撃が弱まり、イチカの斬撃に重みが増す。
両手持ちなら簡単に衝き返せたが、希更の一撃必殺を警戒して、無闇に脇差しを手放せない。
「くっそ。こいつはマズイ……」
朧月は本心から毒突くが、相対するイチカはもっと必死である。
全身の力で斬空刀を打つが、力を込め、腕を速く振るほどに疲労は祟る。
イチカ等の斬撃によって、朧月の注意が少しずつ、胴から上へと集中してゆく。
(罠かも知れない……。でもっ!!)
イチカは意を決して、朧月の膝裏を引っ掛けるように足払いを繰りだした。
斬撃集中と脚の疲労から勢いは全くないが、それだけで充分だった。
希更対策に仰け反り気味の身体が、ガクッと崩れて横に流れる。
正面から頭上へと移り変わる視界に、朧月が短く叫んだ。
「体術!?」
瞬間、イチカの喉から気合の声が漏れた。
「ううぅぅああぁ!」
順手の刀を斜めに倒し、自身も倒れ込んで、重力頼みの突きを打ち込む。
肩を走る転倒の痛打に合わせて、左手に固く乾いた手応えを感じた。
すると次の瞬間、白い煙幕が周囲に立ちこめ、相手の姿が掻き消えた。
イチカは煙に咽せながら目を凝らすと、そこには戦人形が転がっており、木製の寸胴ボディで模造刀を跳ね返していた。
「コレはまさか、変わり身の術! それじゃあ、師匠の本体はいったい何処に……」
平面上を見回すが、周囲に自分以外の姿は見当たらない。
「まさか、上……?」
仰ぎ見ると、いつかの飯綱落としのように、頭上に敵の姿を発見した。
敵の攻撃から遙か上空へと逃れた朧月は、掌を額に翳して地面を見下ろす。
「ひいいぃぃ、危ねえ危ねえ……。あんなん喰らったら、模造刀とはいえ、痛てぇからな」
上昇も終わり、観察には持って来いの静止地点で下方を窺う。
「ったくよ……。こっちは忍術抜きの積もりだったってのに。あの二人と来たら、学園長の助言にキッチリ従いやがって。まったく飛んでもねぇ……」
言葉の途中、朧月は視界の異常に気が付いた。
「違う、一人足りない! 水野希更が何処にも居やがらねぇ!!」
朧月は、すばやく下方全域を見回してから正解を導きだす。
「まさか、俺より上かっ!」
見上げると、希更は霊術による水柱の噴出で跳躍距離を延ばし、頭上に先回りしていた。
「上下に挟むのも、同時攻撃の一つです!」
希更は小太刀を納めた状態で腕を伸ばし、水の壁を頭上に形成。
凝結水分の支えを両手で押し返して、落下の初速度を上乗せする。
「くそっ、陽光で目がっ!!」
逆光で視界を奪われた朧月は、腕を交差してダメージを最小限に抑える。
地上を目指して斜めに落ちる朧月の身体が、神通力の作用で減速を始めた。
・五部紫彩(彩)[1]
徳川家に仕えていた戦闘忍者。捨て子であったためハッキリとした名字はなく、
衣服に刺繍されていた『彩』をもじって彩と名付けられた。
陽忍集団『五部』の代表者になってからは、何かと無茶をする朧月の尻ぬぐいや
敵中突破など損な役回りが多く、かつ最も雪風と行動を共にする時間が多かった。
天空決戦では、朧月と共に最後まで雪風に付き従って戦い、彼女の投げた苦無によって、天空を封じ込める隙を作りだした。
五部の双璧、竜虎のうちの虎の方。苛烈な攻めと手数により『猛虎』と恐れられたが、何処をどう捻じ曲げられたかは知らないが、女性たちの間では『男性であった』と間違って伝わり、『竜虎の交わり』なる耽美あふれる書物が里で密かに出回っている。




