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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
4章 選ばれし者
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朧月の剣鬼

 朧月(ろうげつ)は筋力のみの爆発的な加速で、希更との距離を一気に詰める。


「しまっ……!」


 まさか、碌(ろく)な合図もなしに仕掛けてくるとは思わず、希更の防御が出遅れた。


「危ない!」


 側面のイチカが、横から反射的に斬空刀(ざんくうとう)で斬り払う。

 余裕の朧月(ろうげつ)が長刀身(ちょうとうしん)を軽く振り上げ、イチカの斬撃を弾き返した。

 たったそれだけで、逆手のイチカは利(き)き手(て)から独楽(コマ)状に姿勢が崩れる。

(打ち返しの勢いを殺さなくちゃ!)

 イチカが後ろにステップするのを、朧月(ろうげつ)は身体を捻(ひね)って方向転換し、上体を前に傾ける。

 希更はその間(かん)、片手の小太刀を納(おさ)めて大きく後退し、追撃(ついげき)直前の朧月(ろうげつ)に手裏剣を投じた。

 朧月(ろうげつ)が1つ2つと手裏剣を弾くあいだに、イチカが後ろに飛んで形成(けいせい)を整える。

 仕切り直しを迫(せま)られた朧月は、互いの距離が開(ひら)いた分(ぶん)だけ警戒を緩めて、軽口を叩く。


「おおっと、危ねえ危ねえ……。藤森(ふじもり)の反射速度も上がってやがるが、水野の連続投射もヤバかった。同じ箇所を素早く狙われると、防(ふせ)ぎ辛(づれ)えからな」


 この、愚痴とも取れるヒントと態(わざ)とらしい解説の時間が、朧月(ろうげつ)の剣(けん)鬼(き)となった

仁斎の言う、手加減というヤツである。

――個別の動きで仕掛けていては、各個撃破で一気に倒される。

 イチカは視線を朧月(ろうげつ)に固定したまま、希更の方へと、互いにカバーできる距離まで摺(す)り足(あし)を取った。


「希更ちゃん、大丈夫ですか?」


 希更は早くも額(ひたい)にうっすらと汗を浮かべて、差(さ)し迫(せま)った表情で頷いた。


「ええ、藤森さんの御陰でね……。でも、臥龍(がりゅう)先生を相手に今みたいな事は、そう何度も通用しないわ。勿論(もちろん)、一対一の基(き)本的(ほんてき)な戦術もね」


「今までの特訓技が効かないとなると、どうすれば……」


「この場合、波状攻撃で行くしかないわ。少なくとも、一人では絶対に無理よ!」


 朧月は切(き)っ先(さき)を地面に向けたまま、自信たっぷりに口端を歪める。


「んで、相談はまとまったか? そんじゃ、もういっちょ行くぜ!」


 交戦前の宣言通り、初めは踏(ふ)み込(こ)みと斬撃だけの単純行動を繰(く)り返(かえ)して来るようだ。

 しかし、技も工夫もないだけに、戦闘技術に劣る二人には、最も早く仕留(しと)められる恐れがある。


「せえぇいやあぁぁぁ!!」


 順手のイチカが、朧月の袈裟(けさ)斬(ぎ)りを打ち落としに掛かる。

 棍棒を叩き付けるように、膂力(りょりょく)を乗せて斬空刀を振り抜くイチカ。

 上下の歯を食(く)い縛(しば)り、夜叉の如(ごと)く形相を歪めて朧月(ろうげつ)と打ち合う。

 剣(けん)打(だ)の衝撃が関節をバウンドし、肘の外側骨格(がいそくこっかく)に不自然な摩(ま)擦(さつ)熱(ねつ)を発生させる。

 両者の剣が滑(すべ)り合(あ)い、軌道がすれ違った!

 戦局が、二人に『二(に)の太刀(たち)』を要求する。

 先(さき)に剣を作ったのは朧月(ろうげつ)であった。

 右下から上方(じょうほう)へ掛けて、するどい光迅(こうじん)が走る。

 遅れてイチカが斬空刀を引き戻し、相手の斬り上げを身体(からだ)の前(まえ)で防いだ。

 剣は鈍(にぶ)い悲鳴と共に頭上へ跳ね上げられ、上体が完全に伸びあがる。


(マズイ、やられる!!)


 思った瞬間、自分の体側(たいそく)を一陣の風がすり抜けた。

 希更が、右・左と小太刀(こだち)を振るって入れ替わり、不意討ち気味の攻撃で朧月(ろうげつ)を押し返す。

 長刀身では零(ゼロ)距(きょ)離(り)近傍で力が乗らず、連撃では小太刀に著(いちじる)しく劣る。

 朧月はバックステップで守りに徹し、忌々(いまいま)しく舌を鳴らした。


「ったく……。良い所を狙って来るぜ!」


 しばらく守勢に回った朧月(ろうげつ)だが、三合(さんごう)、四合(よんごう)と斬り結ぶに連れて剣(けん)に勢いを取り戻し、彼我(ひが)の制空圏(せいくうけん)を最適化してゆく。

 模造刀は刃(は)を潰(つぶ)してある分、とにかく頑丈にできている。

 これが真剣(しんけん)であれば、とっくに芯が歪んでいる所だ。

 代わりに、小太刀を打つ希(き)更(さら)の手が、なまくら刃(やいば)の噛み合う衝撃に痺(しび)れ始める。

(そろそろ弾(はじ)かれる……)

 予想に違(たが)わず、利き手の小太刀(こだち)が打ち払われて、身体が大きく外(そと)へと開いた。


(また、この構(こう)図(ず)だ!)


 希更の胸中に、慚(ざん)愧(き)の亀裂が走る。

 自分と小太刀は、つくづく敵の豪剣(ごうけん)には耐えられない。

 あとは一閃、希更の胴(どう)に決定的な一撃を加えるだけだ。

 朧月(ろうげつ)の握力が、柄(つか)の握りに込められる。


「もらっ……、どぅわああ!?」


 イチカの放った手裏剣を察知して、あわてて朧月がその場を飛(と)び退(の)く。

 まっすぐ飛び抜ける飛(ひ)来物(らいぶつ)をやり過ごすと、朧月(ろうげつ)は挑発的な笑みで批評を始めた。


「へへっ……。今の動きは悪くなかった。一人が囮(おとり)で、もう一人が本命の波状攻撃。まさに教科書通りの、二人(ふたり)一組(ひとくみ)の基本形だ。だがそいつも、俺みたいな格上(かくうえ)相手じゃ、一対一の高速(こうそく)組手みたいな物(モン)で通用しないな。それに……」


 朧月(ろうげつ)は、イチカと希更が一直線上に並ぶよう、立ち位置を調節する。


「単純だけど、こうすりゃ味方が邪魔になって、さっきみたいな攻撃ができないからな」


 小太刀を構え直す希(き)更(さら)の顔に、どす黒い緊迫感が宿る。

 小(こ)細(ざい)工(く)程度では、まるで突破口が読めない。

 噴(ふ)き出(だ)した汗は、戦慄によって5秒と保(も)たずに熱を失った。


「こうも早く対策を読まれるなんて……。さすがは臥龍(がりゅう)先生、いくつもの修羅場を潜(くぐ)って来ただけの事はある」


 このままでは、朧月(ろうげつ)の力押しに飲み込まれる。

 攻めあぐねる二人へ、何処からか、新たな声で助言が齎(もたら)された。


『でしたら此処(ここ)は、一対一の波状攻撃ではなく、同時攻撃しかないでしょう……』

・臥龍仁斎(朧月)[2]

名を臥龍仁斎(がりゅうじんさい)と変えた後、里の古老として後進(こうしん)の育成に力を入れる。

交友関係がとても広く、木下文房具店の木下伝吾、鬼(き)頭(とう)古美術店の鬼頭幸一など、年齢違いの知人と新たな試みに打って出ては、よく失敗をやらかす。

忍術学園の創設に関わったことから、忍ヶ丘東部の古老に属し、予(かね)てから権力集中に憂(うれ)いていたところ、緋(ひ)群尚武(むらまさたけ)の乱が起こったため、已(や)むなくこれを斬り伏せた。

これをキッカケに、忍ヶ丘北部の重鎮・緋(ひ)群一刀(むらいっとう)に恨まれてしまい、古老の座を自(みずか)ら辞(じ)して権力の集中を緩和。正式に忍術学園の教師として所属し、普段は学園併設の職員寮で寝泊まりをする。

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