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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
4章 選ばれし者
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皆伝奥義

 金曜日の午後、イチカは()平等院鳳凰堂の前で、上級生が門を通過するのをながしながら、師匠の到着を落ち着きなく待つ。

 自分は今、どのくらい忍びの腕が上達したろうか。

 寄り掛かった壁を背中でトントンと叩いていると、希更の横顔が目に映った。


「ねえねえ、希更ちゃん。私達わたしたち、以前と比べて、だいぶ戦えるようになったと思いませんか?」


 強くなった言うよりは、知識が経験として馴染んだことで、戦闘中の細かい局面に、余裕と確信を持って対処できるようになったのだろう。

 イチカと同じ心境のさらは、初夏の爽やかな陽射しに()()()()()()笑みを浮かべた。


「ええ、そうね……。自信が付いた御蔭で、『結果を残してみせる』って使命感が湧いてきて、前よりも粘りづよい戦いができるようになったかしら」


 そう口にする彼女自身は分からないだろうが、同じときを過ごしたイチカだけは知っている。

 希更は二週、三週と特訓を越えるたびに、以前の(はかな)げな印象は退(しりぞ)き、若さを

味方に付けた(もの)特有の輝きを放っている。

 特訓を心待ちにしているのか、ソワソワと落ち着きなくかたを揺らす動作にさえ、健全かつ瑞々(みずみず)しい精気が宿っていた。

 イチカは爽快な気分で両手りょうてゆびを組み、腕をまっすぐ頭上へと伸ばす。


「あとは今日の特訓をやり遂げて、試験に備えるだけですね。あ~、今日は何するんだろう」


 う~んとうなって身体を左右に揺らすと、全身の強張りが(ほぐ)れて、程よい緊張感だけが残る。

 ただ、左へ倒れた拍子に、隣りのさらへ当たりそうになった。

 無造作に迫りくる直線エルボーを、呆れた感じで『ハシッ!』と受け止める

さら

 イチカが苦笑いで謝ろうとした時、裏門側の通りから、師匠の歩く姿が見えた。

 スッタカ、スッタカと草鞋(わらじ)の裏を()り鳴らせて歩く仁斎は、挨拶代わりに、イチカ達へと大きく片手を振る。


「お~う。二人とも、待たせたの~う。最終訓練、始めるぞ~い♪」


 明らかな喜色に釣られて、イチカも(ほほ)を上気させた。


「あっ、師匠。なにやら今日はゴキゲンみたいですね。なにか良いことでもあったんですか?」


 ものの見事に鼻息(はないき)を読まれた仁斎は、照れくさそうに、真っ白な顎髭(あごひげ)を捏ね回した。


「なぁに……。儂も、今日の特訓がすこし楽しみでの。ちと浮かれ気味なんじゃ」


 三人一緒に門を抜けて、特訓で慣れ親しんだ池の(ほとり)を目指す。

 歩みの途中、希更が待ちきれないおもいで仁斎に尋ねた。


「それで臥龍(がりゅう)先生、今日はどういった特訓なのでしょうか?」


 すると先頭せんとうの仁斎は、一瞬、顔の筋肉をピクリと動かしてほがらかに答える。


「うむ。これまでは一対一ばかりじゃったが、試験は二人一組のうえ、自分よりも格上(かくうえ)の相手とぶつかる事も考えられよう。よって本日は、対一たいいちの連携戦をやってもらう」


 特訓とっくん最終日にして新しい練習メニューだが、さっきまでの雑談にもあるように、慣れない条件が組み合わさろうとも、大きく心を揺さぶられる事はない。

 師匠の手前、イチカは浮付いた心境を、殊勝(しゅしょう)な言動で取りつくろう。


格上(かくうえ)相手となると、中忍(ちゅうにん)以上の先輩との模擬戦ですね。なんだか緊張するなぁ……」


 ところが、池のすぐ(そば)まで来るも、そこには誰の姿もない。

 先頭を歩く仁斎(じんさい)が、池の手前で歩調(ほちょう)を緩める。

 ただそれだけで、(いくさ)(のぞ)む覚悟に、慢心(まんしん)が生まれ始めた二人には充分だった。


「まさか、格上忍者との模擬戦って……」


 希更が、顔に緊張を張り付かせて(うめ)くと、仁斎じんさいは静かに振り返り、声に(すご)みを()かせて告げる。


()(よう)……。本日はこの儂、臥龍仁斎(がりゅうじんさい)がお相手(つかまつ)る」


 決闘を()した声色と物静かな空気に、口の中が一気にパサついた。


「師匠が相手って、いつもの特訓みたいな感じじゃなくて、なかば本気って事ですよね?」


 イチカが試しに聞いてみるも、二人の正面に立つ仁斎(じんさい)は、小さくも険しい頷きを見せる。

 返す言葉も、普段の(なが)(ばなし)とは違って、必要ひつよう最小限のものに留まった。


「無論、手加減は致そう。しかし、こちらから仕掛けるのは言うに及ばず、時が()つに連れて、技の危険度も高まる。それを二人、いっ団結だんけつして対応し、実戦さながらの厳しさを体感してもらう」


 間を置かず、仁斎は体側(たいそく)から頭上へと大きくうでを旋回し、胸の前へと両手を向かい合わせに()ろして息吹(いぶき)を練る。


「では最初に、この臥龍(がりゅう)仁斎(じんさい)の奥義をお目に掛けよう!」


 臥龍仁斎の中に眠る闘志、『五行(ごぎょう)宝輪(ほうりん)』が激しく回転し始める。

 ムウゥゥ……と低く地鳴りのようにいきを吐き出すと、仁斎の顔に走る(しわ)一筋(ひとすじ)二筋(ふたすじ)と消えてゆく。

 もういち深く息を吸い、静かに吐き出す。

 すると今度は、白髪(はくはつ)の根元から毛先へ、黒銀(こくぎん)(つや)やかな色合いが生じ、停滞する()いの空気が体外へと発散される。

――下手(へた)に騒ぐと、相手の敵意を刺激しかねない。

 希更は、息を吐くのも()しみ、小さくもハッキリとした驚愕を唱える。


「あれが臥龍(がりゅう)先生の皆伝奥義、『身体活殺の法』の究極形……」


 椎間板(ついかんばん)の修復で背筋はまっすぐに伸び、肩を揺らして呼吸する動作に(なめ)らかさが加わる。

 やがて、老人から若者への逆再生が完了し、若き日の臥龍(がりゅう)仁斎(じんさい)、『朧月(ろうげつ)(けん)()』が誕生した。

 外見だけではない。

 その声と口調にも、年相応の豪快ごうかいさが表れていた。


「ふうぅ……。この姿に戻るのもひさりだな。なにせこの状態に戻ると、寿命が縮むからな」


 若き仁斎(じんさい)は大きく伸びをして、手足をブラブラと身体の調子を確かめる。


「あ、あの……。ひょっとして、本当に師匠なんですか?」


 唖然とするイチカが、相手の顔を恐る恐るうかがう。

 すると、長身細面(ほそおもて)麗人(れいじん)剣士は、イチカの問いに、ニカッと笑って答えた。


「ああ、そうさ。俺がさっきまでのジーさん、朧月(ろうげつ)(けん)()と呼ばれた臥龍(がりゅう)仁斎(じんさい)だ。もっとも、仁斎の方を名乗ったのは、年を食ってからの事だけどな」


 ほえ……と呆けるイチカの横で、希更が弾かれたように抜刀し、三者の間合いを広く(たも)つ。


龍様(りゅうさま)…………じゃなかった。臥龍(がりゅう)先生の昔の名は、朧月(ろうげつ)。その名の由来となる、丸みを帯びた『(えん)()(ほう)』と『縫円剣(ほうえんけん)』による反撃こそ、先生の特技と聞くわ。藤森ふじもりさん、油断しないで!」


 希更の刺すような警告は、仲間への助言と言うより、自身に対する(しっ)()に近い。

 ()()の顔が好戦的に輝いた。


「へええぇぇ……。若いのに、よく俺のことを知ってるな。感心感心……。んじゃ、まっ、説明は()らないよな? 行くぜ!」

・臥龍仁斎(朧月)[1]

陽忍集団『五部』の語源となった傑士の一人。

幕末期、旅の途中で強盗の一味や辻斬りにくわすことも多く、多人数から逃げるのを意識した実践剣術により、円の歩法と縫円剣ほうえんけんを編み出した。

五部いつつべ結成の際、代表者の座を競ってさいと戦うも、忍び特有の高低差を利用した

立体戦術に苦戦し、消耗したところを突かれて敗れる。

半蔵門での戦いでは、神具・五行宝輪を求めて五部いつつべを誘き出した牛鬼と善戦し、

雪風と示し合わせて片角を切り落とした。

陽忍集団『五部』の双璧、竜虎のうちの竜の方。

雪風のことを「雪ちゃん」とおちょくるように呼び続けた命知らずでもある。

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