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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
3章 忍術伝承
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結晶化媒体

 暗い気持ちを僅(わず)かに残して、イチカは俯(うつむ)いた顔を黒板前のひなたへと戻した。


「ところで高純度の結晶って、どういった物なんですか?」


 するとひなたは、目の前の長机を迂回して、ゆっくりと近くへ歩み寄る。

 仁斎の隣り、イチカの正面に廻(まわ)って腰を落とすと、袂(たもと)を小さくまさぐった。


「これの事よ。この輪っかに嵌(は)め込んである、小さな宝石のほう」


 差し出されたソレは、表面の幅が3センチ程(ほど)の薄い金属腕輪。

 光をこばむ黒色の外縁(がいえん)に、五色の玉石(ぎょくせき)が等間隔に並んでいる。

 青・赤・黄・白・黒。

 陰陽(いんよう)五行の木(もく)を風に喩(たと)えて青とするなら、黒は水を表す。

 これは陽忍術における重要な概念、五行(ごぎょう)の宝輪(ほうりん)を指している。

 五行(ごぎょう)宝輪(ほうりん)は、かつては忍術媒体の高純度結晶のみを意味したが、今では五行属性にそれぞれの色を当てはめた、陽忍術の抽象概念としても理解されている。

 五色の珠(たま)を円環状に配列し、それが高速で回ってるイメージほど、陽忍術の力が効果的に機能している状態である。

 普段から髪(かみ)留(ど)め一つでお洒落を済ませるイチカは、滅多に見ない宝飾品に目を奪われる。


「へえぇぇぇ……。これが今(いま)言ってた、高純度の忍術媒体ですかぁ」


 眩(まばゆ)い光を放つ宝石というより、光を透過する琥(こ)珀(はく)に近い。

 驚くべきは、水の力を封じた透(す)き通(とお)った黒い石。

 太陽光線をまっすぐに受け流す光は、自然界には本来(ほんらい)存在しない黒。

 黒い光線が調合室の煌(きら)めきをまっすぐに切り裂き、視界をボンヤリとした闇で彩(いろど)る。

 興味ぶかい透(とう)過(か)現象に気を取られている間(あいだ)に、ひなたがイチカの疑問に答える。


「結晶化した状態で見付かるのはごく稀(まれ)で、ほとんどの場合は、植物や鉱物に混じった形で採取されるの。だからわざわざ、購買とかで結晶化してるのよ。あとで

購買に寄って、結晶器具を注文して置くといいわ。腕輪以外にも、色んな形状があるみたいだから」


「本当ですか!? だったら私、普段から使ってる髪(かみ)留(ど)めにしようかなぁ……」


 腕輪の意匠をしげしげと眺め、望みの形を思い描くイチカ。

 その視線が、光沢に乏しい金属腕輪から外れると、再び五色の結晶体に魅了される。

 結晶化(けっしょうか)媒体。

 話から察するに、よほど高価で強い力を秘めているに違いない。

 ふと単純な使用方法を思い浮かんで、仁斎に聞いてみた。


「でもこの結晶って、凄い力を持ってるんですよね。なら、直接(ちょくせつ)使ったらどうなるんですか?」


 すると仁斎は、少しの希望も見せない様子で、片手をヒラヒラと翻(ひるがえ)す。


「それが、てんで駄目でのぅ……。純粋な力は火属性と同じで、簡単には制御を

受け付けん。爆発や暴走が関(せき)の山(やま)じゃて」


 他人の持ち物を、長い間(あいだ)いじり回すのは気が退(ひ)ける。

 イチカが腕輪を持(も)ち主(ぬし)のひなたに返すと、斜め前の仁斎(じんさい)が解説の続きを語った。


「問題は、力の反発なんじゃ。水と油のように性質が合わぬ場合の反発もあるが、この場合は磁石と同じ反応で、まったく同質の力が打(ぶ)つかり合(あ)って斥力が生じておる。それで等間隔に隙間を空けて、土(ど)台(だい)となる金属に定着させてあるんじゃよ」


「だったら人間が直接(ちょくせつ)触ったら、どうなっちゃうんですか?」


「短時間であれば問題はない。しかし、長期にかけて素手で触わっておれば、所有者の術力が不自然に偏(かたよ)り、身体の方が参ってしまう。もしも、そんな状況に耐えられる者が居(お)るとしたら、里の一大事になるじゃろうて」


 諦め半分に漏らしたのを、横に座るひなたがチクリと刺す。


「臥龍(がりゅう)先生……」


「済まん済まん。ちと、話が先走ったわい。今の話は、機会があればまた今度にしよう」


 仁斎は同僚の非難を戯(おど)けて躱(かわ)すと、さり気なく話題を切り替える。


「それなら藤森さんや、他になにか聞きたい事はあるかな?」


 最近(さいきん)頭を悩ませてる事と言えば、なんと言っても柳沼(やぎぬま)理乃の弱点探しだ。

 これには、一応の推測(あたり)は付けてある。

 潜伏は得意でも、索敵が大(だい)の苦(にが)手(て)という線だ。

 子供遊びを超越した隠行(おんぎょう)訓練では、神通力の要素が深く関(かか)わる。

 潜伏技能は随一(ずいいち)でも、捜索にかけては一般人のソレと同じだとすれば、そうした荒唐無稽な説は充分(じゅうぶん)成り立つ。


 しかし、確証がなかった。

 今年の一年生は、一部の陽忍術が使えるとは言っても、どれか一つの属性に秀(ひい)でているか、複数の技を中途半端に使用できるかで、状況は大きく変わってくる。

 前者ならば奇襲成功に期待が持てるが、後者ならば、痛烈な反撃を受けることになる。

 なにより試験は、二人一組の衝突戦だ。

 理乃と当たる確率もたったの14分の1で、執着しても実入りが少ない。

 イチカは短く迷ってから、意外な問いを口にする。


「えっと……。それじゃあ、匂いを取る方法を知りませんか?」


 話の向きから、同性のひなたが敏感に反応した。


「匂いを取る方法? 確かに知ってるけど、また、やけに女の子らしい事を聞くのね」


「あっ、違うんです。体臭の事じゃなくて、服や忍具に関する事なんです。私、

先週あった隠行(おんぎょう)訓練の最中、洗濯粉の匂いが原因で、クラスの人に追跡されてしまったんです。だから今度はそれを逆に利用して、相手を罠(わな)に掛けられないかと考えてるんです」


 イチカの意図を直ちに察して、感心する仁斎(じんさい)が横から口を挟んだ。


「ほほぅ……。自分の弱点を囮(おとり)に相手の意表を突こうとは、中々(なかなか)どうして、逞(たくま)しい考え方じゃわい。しかし、具体的にはどうする積もりなんじゃ?」


 方法としては単純だ。

 試験前の集合場所では、匂(にお)いの付いた忍者服でわざと行動し、対戦直前に服(ふく)を着替(きが)えて、相手を罠へと誘導するのだ。

 だがその方法では、どうしても身体の何処(どこ)かに匂いが染み付いてしまう。

 ひなたはイチカの計画を聞き終えると、わずか数秒のあいだに知恵を絞る。


「以前の経験を踏まえるのは良いけど、服に拘(こだわ)る必要はないと思うわ。どうせ匂いは拡散する存在(もの)なんだし、ハンカチに洗剤(せんざい)を染み込ませるだけでも充分なんじゃないかしら」


「そっか! ハンカチだったらビニール袋で保管できるし、罠としての設置も

容易。匂いを消すのだって、ポケットの中だけで充分ですからね」


 話が一区切りすると、仁斎が真面目くさった空気を解(と)いて立ち上がった。


「さて、藤森さんの体調が万全ではない事じゃし、今回はこんな物(モン)じゃろ。今日のところは家(うち)に帰って、ゆっくりと休むがよい」


「でも、今日(きょう)明日(あす)と二日続けて休んだら、腕が少し鈍(なま)っちゃいそうですし、日曜日に軽く自(じ)主(しゅ)訓練(トレ)しても良いですか?」


 イチカの殊勝(しゅしょう)な心掛けに、仁斎は眉を寄せて暫(しば)し悩んだ。

 人によって生理の症状は重く、下手をすると、一日(いちにち)二日(ふつか)と尾を引く場合もある。

 これには同じ悩みを抱(かか)えるだけあって、ひなたが妥協案を示した。


「まぁ、本当に軽くなら良いけど、訓練の三週間目で、身体のリズムが試験用に切り替わる前でもあるもの。もしもの負担を考えて、帰りがけに試験会場の校庭を

下見するのはどうかしら? 一種の保険ってやつよ」

・天空決戦

富士山から関東地方へと向かう山脈の氣・龍脈の暴走によって天変地異を起こし、関東一円を回復不能な状態にまで破壊することを目的とした天海衆の最終作戦。

呪術師・天空が、富士山に見立てた泰岳(たいがく)富(ふ)山(ざん)で祈祷を行い、火炎隆景(ひえんりゅうけい)が江戸を攻撃。鉈(し)厳(げん)撞雷(どうらい)と蕩暈(とううん)氷花(ひょうか)が、封印された2将を解放するかのように二手に分かれて陽忍戦力の分断を図るも、最後は雪風と彩(後の五部学長)、朧月(仁斎)の奮闘により野望は潰(つい)える。

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