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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
3章 忍術伝承
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女子高生の柔軟発想

 翌日(よくじつ)の土曜日午後。

 一階廊下の分岐点に最も近い調合室(ちょうごうしつ)で、イチカは難しい顔で固まっていた。

 この部屋は練丹術(れんたんじゅつ)や素材の調合に利用される、一般高校でいう所の理科室にあたる。

 四人掛けの縦長テーブル。

 机の天板の横に、陶(とう)器(き)製の流し台と二つの蛇口。

 些(さ)細(さい)な接触事故から薬品(やくひん)汚(お)染(せん)が連鎖する危険を憂慮して、木製の椅子には背(せ)凭(もた)れがなく、四本脚に真四(まし)角(かく)の分厚い板を打ち付けただけのシンプルなデザインを採用している。

 暗くヒンヤリとした空気が忍術媒体(にんじゅつばいたい)の劣化を防ぎ、生徒たちの眠気を不思議と

吹き消してくれる。

 一階購買(こうばい)もすぐ近くのため、不足品の調達にも都合が良かった。

 それにも関わらず、この日、どうしてイチカが浮かない様子かというと、原因は師匠のこんな一言だった。


「なんでも聞いた話じゃと、藤森さんは、今日の戦術訓練を見学(けんがく)したそうじゃないか。なんぞ、都合の悪い事でもあったのかな?」


 そう。イチカは、二限目の戦闘訓練を休んだのだ。

 それに就(つ)いては、今朝(けさ)の起き抜けの基礎体温が、事前にムリだと申告している。

 いずれ、機(き)を見(み)て打ち明けようとは思っていたのだが……。

(なんでこんな時に限って、土(つち)御(み)門(かど)先生より先(さき)に、師匠がソレを口にするのぉ~)

 土曜日授業の教官・土御門ひなたも、黒板前でイチカの返答を待っている。

 二人に、頭(あたま)ごなしに説教をする空気はない。

 自分への信頼は凄(すご)くありがたいが、今はそれ以上に、気恥ずかしさを強く感じる。

 どうして、同性のひなたが勘(かん)付(づ)いてくれないのか!

 イチカは完全に追い込まれて、体裁の悪さからし(・)ど(・)ろ(・)も(・)ど(・)ろ(・)に答える。


「私、今日はダメって言うか、健康的にアレっていうか……。とにかく、すっごく動けない日なんです」


 せっかく明言を避(さ)けたのに、土御門ひなたは、教師用の長机の向こうでアッサリと、


「ああ、生(せい)理(り)ね」


 言ってしまった……。

 それも、これ以上にないくらい明(あ)け透(す)けにである。

 続く仁斎も、明確な理由に探求心が失せて、デリカシーもなく吐き捨てる。


「なんじゃ、月経(げっけい)か……」


 二人はそれで安心したのだろうが、聞き手のイチカは穏やかではない。

 特に、男性の仁斎(じんさい)に生々しい表現を使われて、腹立たしいやら恥ずかしいやら、顔中が火の海となる。


「師匠! あと、土(つち)御(み)門(かど)先生も!! 女の子に向かって、そんなにハッキリと言わないで下さい」


 直視を避(さ)けて目をつむり、声高に非難するイチカ。

 それをひなたは、両手を前に重ねた慎ましい挙措で、クスクスと上品に面白がる。


「何をムキになってるの。ウチは女子校なんだし、陽忍術の世界では、割と重要なことなのよ」


 女性だらけの環境的な慣れもあって、公共の場での性的発言に抵抗がない。

 若手の男性教員ならこうは行かないが、若さがとっくに萎(しな)びた仁斎も、容赦する勢いがまるでなかった。


「保健体育の授業で習っとるとは思うが、月経(アレ)は、内臓の一部を損傷しとるような物(もの)なんじゃ。女性の藤森さんなら、それが大袈裟ではない事くらい、身をもって知っとるじゃろう」


 ためらいがちに頷くイチカへ、仁斎は両肘を机上(きじょう)に預けて前のめりに警告する。


「勘違いをしてはならんのが、そうした内臓出血や深(ふか)手(で)を負った際、絶対に陽忍術を使ってはイカン事じゃ」


「どうしてですか? 陽忍術や身体活殺の法って、確か、肉体の機能を活性化させるんでしたよね? だったら傷(きず)の治りも早そうなのに」


 イチカの想像とは逆の事実を、土御門ひなたが分かりやすく解説する。


「割れた風船に一生懸命、息を吹き込むようなものかしら。激しく膨(ふく)らまそうとした分、空気が大量に出て行っちゃうでしょ? それとおんなじで、力を使おうとすればするほど激しく出血し、衰弱してしまうのよ」


 結局は陽忍術の有無に関わらず、病気や怪我のときは安静にしていろ、と言うことである。

 これは練丹術にも言える事で、服用や味(あじ)見(み)を控えるとなると、特訓効果は半減してしまう。


「でも、そうなると困ったわね……。実験ができないんじゃ、せめて、試験に役立つ内容でも講義しようかしら」


 どうせ知るなら、一つでも多くの技を覚えて試験に臨(のぞ)みたい。

 途方に暮れるひなたへ、イチカが積極的に提案する。


「なら、私に符術(ふじゅつ)を教えて下さい。それなら術の才能とは無関係に、私にも使えますから」


 クラスメイトに先じて未知の戦法を導入すれば、労せずして相手の優位に立てる。

 そうしたイチカの淡い期待に、斜(はす)向(む)かいに座る仁斎(じんさい)が残念そうに首を振った。


「そうしたいのは山々(やまやま)なのじゃが、符術は呪文を書き記し、念を込めるために一ヶ月(ひとつき)くらいの術式理解が必要なんじゃ。そのうえ、陽忍術の力が込められた高純度(こうじゅんど)媒体も、自分で揃えねばならん。学園側で全員分の忍術媒体を集めるのは骨が折れるし、時間も経(か)かるでの……。それで毎年、高純度(こうじゅんど)媒体の収集を夏休みの課題にして、二学期の最初(あたま)からやり始めるんじゃ」


 細かい事情を聞いたイチカは、自信のなさから、机の上へとだらしなく崩れ落ちる。


「うへえぇぇ……。高純度の媒体(ばいたい)集めだなんて、そう簡単に行く訳(わけ)が……」


 否定の言葉を繋げる直前、イチカは宿題の逃げ道をすぐさま見付けて、勢いよく身を起こす。


「あっ! 評価点の獲得でもらえる単位認定証を使えばすぐなんだ!!」


 自分の高校時代を思い出したひなたは、若者な(・)ら(・)で(・)は(・)の狡猾(こうかつ)な発想に苦笑を浮かべた。


「だから皆(みんな)、期末試験の勝ち負けに血眼なのよ。せっかくの夏休みが懸かってるんだもの」


 忍びの世界は、厳しいものと決まっている。

 以前、華隠が口にしていた一節(いっせつ)を反芻して、イチカは苦い顔となった。

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