覚醒の兆候
惨劇の発見者は、なにもその五人だけではなかった。
室内脇で一部始終を観察していた金曜授業の教師・石川残月が、右手の湯飲みを口から離して、迷惑そうにムッツリと口を開く。
「コラコラ……。お前たち、疲れて眠ってる生徒がいるのに、なにをそんなに騒いでいる。もう少し静かにしてやらんか」
呆れた様子で、すぐ近くの診察台へと湯飲みを置くと、獅堂このえが、余裕の剣豪先生へと距離を詰める。
「先生、なにを呑気にタンポポ茶なんか飲んでおりますの! 眠ってはいても永眠ですし、疲れより、もっと他に気付くべき点がありますでしょう!?」
死体発見の最中、第三者の飲み物を特定するとは、侮れない観察力である。
東雲保健医は所用で席を外しているのか、診療机の定位置には綾平担任が座っていた。
彼女は人差し指を唇の前に立てて、戯けた笑みで生徒達を注意する。
「皆さん、もう少し静かにしてあげて下さい。藤森さんは、本当に疲れて眠ってるだけなんですから♪ 疲労回復に救命丹を飲ませたあと、東雲先生にマッサージを掛けてもらったうえに、強制的に身体が休まるよう、簡単に関節を外しただけなんです」
「や、休んでるだけぇ……?」
愛里が恐る恐る、イチカの鼻先へと掌を近付ける。
手の甲へ、微かに呼気が当たるのを感じた。
イチカの完全休眠モードを確認して、愛里は心の底から安堵する。
「良かった……。いくら忍びの世界だからって、競争相手の命が奪われるとか、
洒落にも訓練にもならないもの」
愛里が一歩、二歩と、後ろによろけてホッと胸を撫で下ろすと、残月女史が椅子の上で踏んぞり返って腕を組み、偉そうに説教を垂れる。
「お前たち、忍術学園のくのいちだというのに、なにを情けないことを言っている。だいいち、これしきの事で動揺するなど、修行が足りていない証拠だ」
五人の痛い所を突く残月だが、その残月の痛い所を、綾平担任が生徒達の前で
指摘する。
「とかなんとか言って、石川先生も保健室に入って来るなり取り乱して、『下手人は何処だ~!!』って、真剣を振り回してたじゃないですか」
残月の顔に、羞恥の炎が激しく点る。
「ち、違う! 私はそんなことで惑乱したりなどしない!! あれは…………、そう! この教室に霊が居たのだ。それでつい、驚いて退治しようと剣を振ったまでだ!!」
強気で否定すればするほど、疑惑の深みへと落ちてゆく残月女史。
残念な性格の剣豪先生に、華隠が不名誉な渾名を提供する。
「意地を張るために、今まで隠してた苦手な物を告白するとは、とんだ『慌てん坊教師』だわさ」
「違うと言っている! ただ今日も、詰まらぬ物を斬ってしまっただけだ!」
口喧嘩を始める横をすり抜けて、ベッドの前へと回った理乃が、珍しく抑え役に回った。
「も~う。斬った張ったの話は好いから、今はイチカのことだよ。ホラホラ、見なって。イチカの奴、だらしなく涎を垂らして完全に眠ってるよ♪」
理乃が面白がってほっぺたを突くと、それに合わせてイチカが、『ほえ……』と間抜けな寝言を漏らした。
愛里とこのえも、その様子を注意ぶかく観察するが、安らぎを通り越して、気の抜けてゆく彼女の寝顔に、警戒心がどんどん失せてゆく。
「なんか、心配してた此方が、バカみたいに思えて来たわ」
「ですわね……」
二人の脱力する様子から、残月が五人の用件に探りを入れる。
「ん? なんだ、お前たち。もしかして、藤森のことで、何か心配でもあるのか?」
下手に勘繰られると、最弱候補のイチカを刺激し兼ねない。
あきえが片手でヒラヒラと宙を掻き混ぜ、愛想笑いでその場を凌ぐ。
「あ~。良いの良いの。なんでもないんです……。最近、イチカが疲れてるっていうか、眠そうだな~って、気に掛かっただけだから!」
実のところ、教師二人は、五人の来訪理由をとっくに気付いていた。
あきえが咄嗟に描いた筋書きに合わせて、残月女史と綾平担任が、何食わぬ様子で繋げる。
「まぁ、無理もあるまい。藤森は、この学園の訓練に慣れてないからな。むしろ今まで、よく授業についてこれている」
「しかも藤森さんは、三週間目のちょうど今が、疲労がピークになる瞬間ですからね」
と憐れみ深い視線を、疲れて眠りこけるイチカへと注いだ。
教師二人の意見を参考にして、愛里たち5人は、保健室の隅で一塊になって
作戦会議に乗り出す。
第一声、五人の中で唯一ペアのいない獅堂このえが、司会進行役を務める。
「これで一応、我々と先生方の意見が揃いましたけど……。皆さんはどう思いますの?」
まず、あきえ・愛里の慎重ペアでは、意外にも意見が分かれた。
「アタシはどっちかって言うと、もう少し警戒して置きたいかな……。愛里は?」
「あきえの気持ちは分かるけど、現状で気に掛けるのなら、やっぱり水野さんの方じゃないかしら?」
まったく同じ理由で、理乃と華隠が、愛里の意見に同調する。
「ボクも委員ちょに賛成だな。真面目に訓練した所で、すぐに上達するなんてムリだもん」
「右に同じく……。同じ努力をするにしても、経験のある希更の方が、断然、危険に決まってるだわさ」
保留1,放置3で、優先目標は希更に決まった。
こうして密談するのは良いが、教師の目が届く範囲のうえ、皆伝者には声が筒抜けである。
現段階で、イチカの猛特訓を知られるのは都合が悪い。
残月女史は普段の注意癖を装って、生徒達に遠回しな脅しを仕掛ける。
「あ~、お前たち。世間話をするほど暇なら、今からちょっと、私と走りにでも……」
不吉な滑り出しを妨害して、華隠がいちはやく撤退の意思を表明する。
「ぬおおっ! 秩父山岳だけは懲り懲りだわさっ!」
シュピ! と華隠が一番に抜けて、このえと理乃も慌てて続く。
「ああ! ボクも面倒いのは勘弁だよ~」
「私も、研究中の術が完成間近なので、これで失礼させて頂きます!」
「………………」
愛里が隠行術で『ボヤ~……』と姿を消す中、何故かあきえだけは、
「その手があったか……」
と、やる気を見せてフラフラと出て行った。
五人が保健室から姿を消すと、綾平担任は、同僚の気配りに柔らかく微笑む。
「優しいんですね、随分と……」
韜晦などと無粋なことはせず、残月女史は湯飲みを口に近付けて、苦笑と共に
目を閉じた。
「才能の有無は別として、運命選定法に選ばれただけの事はある。生徒達は変わりつつあるよ。良くも悪くも、な……」
二人の視線の先で、『フガッ……?』と、イチカが覚醒の兆候を示した。
悪巧みと驚きの連続ですが、彼女たちにとっては、よくある日常の一コマです。




