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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
3章 忍術伝承
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覚醒の兆候

 惨劇の発見者は、なにもその五人だけではなかった。

 室内(わき)で一部始終を観察していた金曜授業の教師・石川残月(いしかわざんげつ)が、右手の湯飲みを口から離して、迷惑そうにムッツリと口を開く。


「コラコラ……。お前たち、疲れて眠ってる生徒がいるのに、なにをそんなに騒いでいる。もう少し静かにしてやらんか」


 呆れた様子で、すぐ近くの診察台へと湯飲みを置くと、獅堂このえが、余裕の剣豪(けんごう)先生へと距離を詰める。


「先生、なにを呑気にタンポポ茶なんか飲んでおりますの! 眠ってはいても永眠ですし、疲れより、もっと他に気付くべき点がありますでしょう!?」


 死体発見の最中、第三者の飲み物を特定するとは、あなどれない観察力である。

 東雲(しののめ)保健医は所用しょようで席を外しているのか、診療机の定位置には綾平(あやひら)担任が座っていた。

 彼女はひとゆびを唇の前に立てて、(おど)けた笑みで生徒達を注意する。


「皆さん、もう少ししずかにしてあげて下さい。藤森さんは、本当に疲れて眠ってるだけなんですから♪ 疲労回復に救命丹(きゅうめいたん)を飲ませたあと、東雲(しののめ)先生にマッサージを掛けてもらったうえに、強制的に身体が休まるよう、簡単に関節を外しただけなんです」


「や、休んでるだけぇ……?」


 愛里が恐る恐る、イチカの鼻先へとてのひらを近付ける。

 手の甲へ、(かす)かに呼気が当たるのを感じた。

 イチカの完全休眠モードを確認して、愛里は心の底から安堵する。


「良かった……。いくら忍びの世界だからって、競争相手の命が奪われるとか、

(しゃ)()にも訓練にもならないもの」


 愛里が一歩、二歩と、(うし)ろによろけてホッと胸を撫で下ろすと、残月(ざんげつ)女史が椅子の上で()んぞり(かえ)って腕を組み、偉そうに説教を垂れる。


「お前たち、忍術学園の()()()()だというのに、なにを情けないことを言っている。だいいち、これしきの事で動揺するなど、修行が足りていない証拠だ」


 五人の痛い所を突く残月(ざんげつ)だが、その残月の痛い所を、綾平(あやひら)担任が生徒達の前で

指摘する。


「とかなんとか言って、石川先生も保健室に入って来るなりみだして、『手人しゅにんは何処だ~!!』って、真剣を振り回してたじゃないですか」


 残月の顔に、羞恥しゅうちの炎が激しく(とも)る。


「ち、違う! 私はそんなことで惑乱わくらんしたりなどしない!! あれは…………、そう! この教室にれいが居たのだ。それでつい、驚いて退治しようと剣を振ったまでだ!!」


 強気で否定すればするほど、疑惑の深みへと落ちてゆく残月(ざんげつ)女史。

 残念な性格の剣豪先生に、華隠が不名誉な(あだ)()を提供する。


「意地を()()ために、今まで隠してた苦手な物を告白するとは、とんだ『あわてんぼう教師』だわさ」


「違うと言っている! ただ今日も、まらぬもの()()()しまっただけだ!」


 (くち)(げん)()を始める横をすり抜けて、ベッドの前へと回った理乃が、珍しくおさやくに回った。


「も~う。()()()()()()の話は好いから、今はイチカのことだよ。ホラホラ、見なって。イチカの奴、だらしなくよだれを垂らして完全に眠ってるよ♪」


 理乃が面白がってほっぺたを(つつ)くと、それに合わせてイチカが、『ほえ……』と間抜まぬけな寝言を漏らした。

 愛里とこのえも、その様子を注意ぶかく観察するが、安らぎを通り越して、気の抜けてゆく彼女の寝顔に、警戒心がどんどん失せてゆく。


「なんか、心配してた此方(こっち)が、バカみたいに思えて来たわ」


「ですわね……」


 二人の脱力する様子から、残月が五人の用件に探りを入れる。


「ん? なんだ、お前たち。もしかして、藤森のことで、何か心配でもあるのか?」


 下手に(かん)()られると、最弱候補のイチカを刺激しねない。

 あきえが片手でヒラヒラと宙を()き混ぜ、愛想笑いでその場を(しの)ぐ。


「あ~。良いの良いの。なんでもないんです……。最近、イチカが疲れてるっていうか、眠そうだな~って、気に掛かっただけだから!」


 実のところ、教師二人は、五人の来訪理由をとっくに気付いていた。

 あきえが(とっ)()に描いた筋書き(シナリオ)に合わせて、残月女史と綾平担任が、何食わぬ様子で繋げる。


「まぁ、無理もあるまい。藤森ふじもりは、この学園の訓練に慣れてないからな。むしろいままで、よく授業についてこれている」


「しかも藤森さんは、三週間目のちょうど今が、疲労がピークになる瞬間ですからね」


 と(あわ)れみ深い視線を、疲れて眠りこけるイチカへと注いだ。

 教師二人の意見を参考にして、愛里たち5人は、保健室のすみ一塊ひとかたまりになって

作戦会議に乗り出す。

 第一声(だいいっせい)、五人の中で唯一ゆいいつペアのいない獅堂このえが、かい進行役を務める。


「これで一応、我々と先生方せんせいがたの意見が揃いましたけど……。皆さんはどう思いますの?」


 まず、あきえ・愛里の慎重ペアでは、意外にも意見が分かれた。


「アタシはどっちかって言うと、もう少し警戒して置きたいかな……。愛里は?」


「あきえの気持ちは分かるけど、現状で気に掛けるのなら、やっぱり水野さんの方じゃないかしら?」


 まったく同じ理由で、理乃と華隠が、愛里の意見に同調する。


「ボクもいんちょ(ちょ)に賛成だな。真面目に訓練した所で、すぐに上達するなんてムリだもん」


「右に同じく……。同じ努力をするにしても、経験のある希更の方が、断然、危険に決まってるだわさ」


 保留1,放置3で、優先目標はさらに決まった。

 こうして密談するのは良いが、教師の目が届く範囲のうえ、皆伝者かいでんしゃには声が筒抜けである。

 現段階で、イチカの猛特訓を知られるのは都合が悪い。

 残月女史はだんの注意癖を装って、生徒達に遠回しな(おど)しを仕掛ける。


「あ~、お前たち。世間話をするほどヒマなら、今からちょっと、私と()()にでも……」


 不吉な(すべ)しを妨害(カット)して、華隠がいちはやく撤退てったいの意思を表明する。


「ぬおおっ! ちち山岳だけは()()りだわさっ!」


 シュピ! とのんが一番に抜けて、このえと理乃もあわてて続く。


「ああ! ボクも面倒メンドいのは勘弁だよ~」


(わたくし)も、研究中の術が完成かんせいぢかなので、これで失礼させて頂きます!」


「………………」


 愛里が隠行術で『ボヤ~……』と姿を消す中、何故(なぜ)かあきえだけは、

「その手があったか……」

 と、やる気を見せてフラフラと出て行った。

 五人が保健室から姿を消すと、綾平担任は、同僚の気配りに柔らかく微笑む。


「優しいんですね、随分(ずいぶん)と……」


 韜晦(とうかい)などと無粋なことはせず、残月女史は湯飲みを口に近付けて、苦笑と共に

目を閉じた。


「才能の有無は別として、運命選定法に選ばれただけの事はある。生徒達は変わりつつあるよ。良くも悪くも、な……」


 二人の視線のさきで、『フガッ……?』と、イチカが覚醒めざめの兆候を示した。

悪巧みと驚きの連続ですが、彼女たちにとっては、よくある日常の一コマです。

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