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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
3章 忍術伝承
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水中隠行

 そして、その日の水曜特訓。

 イチカは本格霊場の一つ、人工湖・赤壁(せきへき)で、授業よりもかなり高難度(ハード)な水中特訓を受けていた。


「ほらほら……。君の得意な近代きんだい泳法で、僕をしっかり捕まえてごら~ん♪」


 イチカは必死に相手を追うが、水虎先生はアメンボのように水を()き分け、長時間に渡って相手を翻弄する。

 せっかく相手をみずうみ外周に追い詰めたと思ったら、今度は深く潜って(かわ)されてしまった。


「どうしよう……。これじゃ、まるで歯が立たない」


 すると、焦るイチカの耳が、360度のサラウンド方式で師匠の助言を(ひろ)う。


「藤森さん、水虎先生の挑発に乗ってはイカン! ぬしが無闇に追いかければ、

基礎体力の向上を(はか)って逃げ回り、冷静になれば、水中隠行の修練に切り替えるつもりじゃ。人外の技に()(こう)から向かっても無駄と知れぃ」


 不思議に思って動きを止めると、赤壁せきへき水上を、臥龍がりゅう仁斎が休みなく走り回っていた。

 特殊能力を一切(いっさい)持たないイチカは、()現実的な光景に動揺して大声を出す。


「私から言わせれば、師匠も充分、人として規格外の存在です。どうして水の上を走れるんですか!」


「なにを言う。これも、陽忍ならば誰でも習得する技、『水走(みずばし)りの術』じゃ。もし陽忍術が使えても、今回は使ってはならんぞ」


 仁斎が()らない忠告を加えていると、水虎先生が、遠くから余裕の挑発をかます。


「ハッハッハッ~♪ 藤森さ~ん。クロールって、ダイナミックなフォームだね~」


「ああっ! 私がノンビリしてるあいだに、水虎先生がクロールと英語をマスターしてる!」


 続けて仁斎も、湖面を()りなしにダッシュしながら衝撃を憶えた。


「こりゃイカン! 水虎先生、(わし)を差し置いて、ナウいヤングになっておる(死語)!!」


 これ以上、ボヤボヤとしてはいられない。

 彼我(ひが)の圧倒的な実力差を前にして、イチカが素直に助言を求める。


「師匠、一体どうすれば、水虎先生を捕まえられるんですか!」


「案ずるな、藤森さんや。所詮は、(にわ)か仕立ての新泳法。速度と練度なら、()(ぬし)の方がずっと上じゃ。どうせ特訓後半は、赤壁(せきへき)周辺の素材集めとヌルイ内容(もの)。本気を出して構わん。下から静かに迫る水中隠行で接近し、動きがバレた瞬間、シャチのごとく襲い掛かれぃ!」


「分かりました。水中隠行と体力訓練、見事に果たして見せます!」


 イチカが水中へと潜り、静かに水虎先生へと接近する。

 イチカの気配と、心を乱す(なみ)飛沫(しぶき)の音が、赤壁水上から不意に途絶えた。

 水虎先生は違和感を感じてピタリと停止し、()(しき)泳法の立ち泳ぎで周囲を警戒する。

(静かになった? でも、臥龍先生は陸に上がってジッとしたままだ……。だとすると、藤森さんが溺れた訳じゃなさそうだね)

 思考を打ち切り、心を(しず)めて水に()かす。

 突如、水虎先生ののうに危機感の電流が閃く。


「むっ、殺気? (うし)ろからかっ!」


 水虎先生が、水中深くへと潜る。

 それとはタッチの差で、イチカが水面から顔を出した。


「アレ!? 水虎先生がいない? さっきまで此処(ここ)に居たのに……」


 心地よい波の音が、湖畔の空気を静かに揺らす。

 完全に敵を見失ったイチカの耳が、シュババババババ、と()()()()()()()を捉えた。

 瓢箪ひょうたん型の湖を囲む芝生から、師匠の臥龍がりゅう仁斎が切迫した表情で駆けつける。


「気を付けよ、藤森さんや。水虎先生は、その名の通りみずとら。いま()(ぬし)がやった事を、ソックリそのままお返しする積もりじゃ!」


 仁斎が周囲を駆け回るせいで、すい上層の水は不規則に()き混ぜられて気配が

読めない。

 それを知ってか、仁斎は早口はやくちに要点を伝える。


「藤森さん、水は空気よりも密度が濃い。水の流れを身体に感じるのじゃ。さすれば、相手の動きも事前に読める。こちらから近付くよりも、よほど理に(かな)った忍びの技じゃ」


 それだけ言い残すと、定位置のしばへと一目散に離れていった。

 次第に乱雑な波はれて静寂が戻り、甲高い耳鳴りが、イチカの聴覚を支配する。

(水の流れ……。流体の流れ……)

 目を(つむ)り、足裏・太腿(ふともも)(でん)()に背中、目の届かない部分へと神経を集中させる。

 膝裏から(でん)()に掛けて、湖水がゆるやかに自分の身体を持ち上げる。


(そこか!!)


 イチカは大きく前へと水中へ飛び込み、身体を丸めて、水虎先生の浮上をやり過ごした!

 (いき)()ぎ早々、水虎先生が大きく目を見開く。


「まさか、今のを(かわ)すだなんて!!」


 言い終えてすぐ、こめかみに攻撃性の警告音が走る。


「ハッ、いけない!!」


 水虎先生は両手で水面をいきおいよく叩き、水中から下半身を抜いて空中高くへと飛翔。

 入れ違いに、イチカが水面から飛びだした。

 その手はあと一歩の所で相手を(のが)すが、隠行術の目覚めを実感じっかんするイチカに悔いはない。


「エヘヘ……。どうでした、私の隠行おんぎょう破りは?」


 水虎先生が陽忍術を行使して、()()()()()()華麗に降り立つ。

 腕を組み、湖面の上で直立するさまは、皆伝者としての威厳があった。

 彼の目はするどく尖り、声と口調に凛々(りり)しさが募る。


(じつ)にお見事……。気配とは、()(もく)の届かぬ背部や肌で感じる存在(もの)。その働き、

たん一点に相当します!」


 男前に宣言すると、仁斎が腰に()げた単位の証、密封(みっぷう)小瓶が(まばゆ)い光を放つ!


「あっ……。師匠が預かってくれてる(ビン)が、少しだけ大きくなった!」


 水辺に立つ仁斎(じんさい)が、イチカに向かってビンを掲げて声援を送った。


「見事な活躍じゃったぞ、藤森さん。この調子で評価点を貯めて、今より上位の証、妖精(さじ)の付いた小瓶を目指すのじゃ!」


 仁斎の激励のあと、水虎先生がひとゆびと中指で(いん)を刻み、垂直に天を()いて

闘気を放つ!


「本気ではなかったにせよ、まさか素人同然の()に後れを取るなんて……。それなら此処(ここ)からは、少しだけ本気を出させてもらうよ。ヌェェエリャッ!」


 突然、赤壁(せきへき)湖水が激流と化し、水中から幾つもの水柱が()り出した。

 イチカはその(うち)の一つに身を(さら)われて、水柱の頂上でうろたえる。


「うわあぁぁあ! 一体なんですか、コレ!」


 怒りが少し収まったのか、水虎先生はもとの温和な口調へと戻り、頭上の生徒に呼びかける。


「藤森さ~ん。それは、霊術によって作られた水柱だよ~。水の流れが分かりづらくなるうえ、障害物にもなるからね~。さっきと同じ要領で、僕を捕まえてごら~ん♪」


 激流の中、『気配を読め』とは無茶な要求である。

 しかし、闘争心に火が点いたイチカは、自身の強みである発想はっそう柔軟じゅうなんさで勝負に出た。


「よぅ~し。先生がその気なら、私だって!」


 水柱は、出現位置によって高さが違う。

 強気のイチカは、背の低い水柱へと次々に飛び移り、安全高度から水中へ飛び込む。

 イチカの身が隠れると、水虎先生は口元に手を添えて、自身の短慮に苦笑した。


「ふふふ……。我ながら、ちょっと大人げなかったかな? この技は、同じ霊術を使わないと、水柱を制御できないのに」


 だがその余裕は、仁斎の警告によって(もろ)くも打ち砕かれた。

 キラリと陽光を照り返す頭部の皿をヒントに、臥龍がりゅう仁斎は、危機感を(たた)えた顔で振り仰ぐ。


「今日の藤森さんは一味(ひとあじ)違うぞ……。水虎先生、頭の皿が目印めじるしになっておる。来るぞっ!」


 それに遅れて、水虎先生が再びドスの利いた声で空を見上げた。


「まさか、太陽を背にしたのかっ!!」


 青空を背景(バック)に、頭上に両腕を伸ばしたイチカの勇姿が迫り来る。

 彼女に、水柱を突破する気は更々(さらさら)ない。

 水中から巻き上がる水柱の勢いを利用して跳躍し、水中(した)からではなく、(うえ)からの奇襲を試みる。


「てやあぁぁぁ!!」


 油断していた水虎先生に、空中落下蹴りを()ける(すべ)はない。

 水虎先生の面子(メンツ)を守るべく、訓練指導に専念していた仁斎(じんさい)が迎撃に動いた。


「我が弟子ながら、()()るわ。ならば此処からは、この(わし)が相手じゃ。でやあぁぁぁ!!」


 師弟の蹴りが、空中で交錯した。

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