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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
3章 忍術伝承
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不可視の存在

 翌日(よくじつ)の木曜授業。

 この時期、忍術伝法の儀を受けていない、通称、『術ナシ』の一年生は、罠の

仕掛けと、陽忍術を控えた隠行(おんぎょう)技術を重点的に仕込まれる。

 愚(ぐ)民(みん)の森(もり)表層。

 先週の罠(わな)授業と入れ替わりで、索敵(さくてき)役と隠行(おんぎょう)側を定期的に変えた、一言(ひとこと)で言うと高度な『隠れんぼ』が行われていた。


「えぇええ! また私が鬼ですかぁ~!?」


 ほかの級友に先じて、一番(いちばん)最初に見付かるイチカ。

 本日(ほんじつ)3度目の偵察役である。

 恨(うら)みのこもったイチカの嘆きを、発見者の理乃(りの)が意地悪く突き放した。


「ヘッヘ~ン♪ そりゃあ勿論、イチカが先(さき)に見付かったからねぇ~」


 そんな事はとっくに分かっている。

 問題なのは、最初の餌(え)食(じき)が、なぜ必(・)ず(・)自分なのかだ。

 こちらの意図を知ったうえでの惚(とぼ)けた返しに、イチカは身体の横で拳(こぶし)を揺らして悔しがる。


「も~う……。どうして理乃さんは、私ばっかり見付けるんですか! 少しは手加減して下さい」


「や~だよ~。悔しかったら、ボクを捕まえてごら~ん♪」


 相手の抗議を受け流し、両手を頭の後(うし)ろに組んで、交代までの時間を上機嫌に

潰(つぶ)す理乃。



 ややあって、午後の特訓。

 授業の会場と同じく愚(ぐ)民(みん)の森(もり)で、天狗どのが、数時間前のあらましを淡々と語り終える。


「……ということが先(さき)の授業であったのを、藤森(ふじもり)殿は憶えておいでかな?」


 普段から嫌味や虚飾(きょしょく)を嫌う彼のことだから、イチカも、自分が怒られてはいないと分かっているのだが、あまりにも無(む)惨(ざん)な記憶なので、どうにも顔向けできない。


「ううっ、面目(めんぼく)次(し)第(だい)もありません。憶えてはいても、なぜそうなったのかはサッパリ……」


 深い反省から、顔を落として妙(みょう)に時代がかった弁解を垂れるイチカ。

 弟子の練(れん)度(ど)と相手の力量を鑑(かんが)みて、師匠の仁斎(じんさい)も降参とばかりに渋面を作る。


「こればかりは仕方あるまい。柳沼(やぎぬま)さんは、学年一の隠行(おんぎょう)の使い手じゃ。術ナシ

下忍でありながら、その技能は中忍(ちゅうにん)に届かんとする勢い。彼女が相手では、ほかの誰でも結果は一緒じゃろうて」


「でも、どうして私ばっかり先(さき)に見付かるんですか? 実力の差は分かりますけど、基本的な条件だったら、ほかの人も一緒じゃないですか」


 すると天狗どのは、岩の台座の上で小さく喉(のど)を鳴らし、イチカの泣(な)き言(ごと)へ明快に答える。


「ふむ……。それは恐らく、藤森(ふじもり)殿から発せられる匂(・)い(・)が原因なのだろう」


 その包み隠しのない表現は、年頃の乙女には、強烈な破壊力を伴(ともな)って聞こえた。

 イチカは激しいショックにビクンと伸び上がると、涙目になって、腕・肩・脇(わき)へと、鼻をスンスンと鳴らして近付ける。


「えぇ~、臭(・)い(・)ですかぁ!? 私、汗とか変(へん)な臭(にお)いがしないように、服も身体も、『毎日しっかり』綺麗にしてるのに」


 毎日しっかり、という部分を強調する辺り、彼女がこの点にどれだけ気を配っているのかがよく分かる。

 嗅覚(きゅうかく)を刺激する表現だけでも、大きく分けて三つある。

 臭(にお)いと匂(にお)い。

 今回の場合、人の心を魅了(みりょう)する香(・)り(・)である。

 天狗どのもこの点に逸(いち)早(はや)く気付いて、自分の言葉足らずを補った。


「否(いや)、藤森殿……。今回に限っては、その心掛けこそが仇(あだ)となっているのだ。忍者服から漂(ただよ)う洗濯剤の香り。森や竹林でそんな匂いがしては、忍者でなくとも気(き)に掛(か)かるのは当然の事」


「そう言えば姉上も、シャンプーとかは無香性に拘(こだわ)るのに、洗濯粉だけは普通でした!」


 ハッと息を飲んで心当たりを口にすると、仁斎がゆっくりと頷いて理由を語る。


「ウム……。常(つね)に忍者服でない者は、普段はそんなものじゃ。必要な時に限り、

軽く行水(ぎょうずい)して身体の残(のこ)り香(が)を落としてから、無香性の戦闘服を着れば良いのじゃからな」


 問題点の指摘が終わると、印象深い光景が記憶を掠(かす)めて、天狗どのが瞼(まぶた)を細めた。


「匂いの件は別にしても、潜伏技術と相手を探す勘(かん)に掛けては、中々(なかなか)に光る物がある。特に、勇気をもって隠れ場所を移動し、一度は確認された場所へ戻る件(くだり)は痛快であった」


「ハイ。私、小さい頃は隠れんぼが得意でしたから!」


「なるほど。術を使わぬ隠行(おんぎょう)を隠れんぼとは、言い得て妙(みょう)ですな……。とはいえ、このままでは柳沼(やぎぬま)殿と相対(そうたい)した場合、やや分(ぶ)が悪かろう」


「じゃあ、理乃さんが相手の場合は、広くて隠れられない場所で、相手が出てくるのを待つしかないんですか?」


 術ナシ下忍のイチカでは、忍術持ちとの正面決戦が一番危険である。

 仙人好みの幅広扇(はばひろおうぎ)を弄(もてあそ)びながら、天狗どのが否定的な意見を加えた。


「否(いや)。今(こ)度(たび)の試験が二人一組である以上、忍具で狙撃されるなり、二人掛かりで

襲われては、敗北は必定(ひつじょう)。ここは順当に、敵の弱点を突くのが宜(よろ)しかろう」


「理乃さんにも弱点があるんですか? でしたら是非、私にソレを伝授して下さい!」


 真っ正直に教えを乞(こ)うと、仁斎が近場の岩へと腰を下ろして、弟子の横着(おうちゃく)を窘(たしな)める。


「否々(いやいや)……。教え子の弱点を埋めるのはともかく、第三者に他人(ひと)の弱みをペラペラ喋るのは、教師として公平ではあるまい。第一(だいいち)、ヒントとなる事柄は、すべて授業の中に隠れておる。それを見抜く洞察力を磨(みが)くのも、一流の忍びになるための修業じゃて」


 せっかくのチャンスをフイにされて、イチカが幼稚に口を尖らせる。


「ええぇ~。少しくらい、教えてくれても好いじゃないですか。師匠のケチ……」


 甘えた調子が可愛らしくもあり、少し憎らしくも感じる。

 自然とお茶目心(ちゃめごころ)が芽生えてきて、仁斎はわざとらしく、納得した小(こ)芝居(しばい)を打った。


「ふむ……。そこまで言うなら仕方ない。柳沼(やぎぬま)さんの弱点を教える代わりに、公平さを考慮して、御(お)主(ぬし)の新忍具の性能を、学年全員に公表しておくかの」


 そんな事をされたら、万(まん)に一(ひと)つの勝ち目もなくなる。

 イチカは両手をすばやく振って、不(ふ)用(よう)意(い)な自分の発言を瞬時に取り消した。


「ああっ!! 嘘ですよ、うそうそ……。自分の力で見付けてみせます!」


 天狗どのは、イチカの必死な様子に笑いを噛(か)み殺(ころ)して、修業開始の講義へと移った。


「結構、結構……。さらば、弱点探しは藤森(ふじもり)殿の課題にするとして、今日は先週の続き、擬(ぎ)装(そう)罠の設置と対処に移ると致そう。一口(ひとくち)に擬装と言っても、隠れて見えない物ばかりではなく、囮(おとり)の罠と本命(ほんめい)の罠を使い分ける手法もあるのだ」


 こうして天狗どのの解説を皮切りに、愚(ぐ)民(みん)の森(もり)で、イチカの悪戦苦闘が今日も始まった。

忍ヶ丘のクリーニング屋さんは、顧客忍者のために、無香洗濯のサービスをやっています。

木下(きのした)文房具店から路地を1本挟んで、すぐ隣り。(第6部分、冒頭参照)

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