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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
3章 忍術伝承
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近代泳法

 それから(さら)に一週間後。

 特訓とっくん二週目の水曜日、水虎(すいこ)先生によるプールでの水練(すいれん)が始まった。

 水着姿の女子高生に混じって『河童(かっぱ)がいる』という、現代日本ではおよそ有り得ない光景だが、授業を受ける側もさずける側も、平然と訓練に従事する。


「はい。ではこの僕、水虎先生が、金剛先生に代わって水練(すいれん)の授業を行います」


 水虎先生は水面から上半身を出して、生徒に向かって丁寧にお辞儀をする。

 物腰ものごし柔らか、温和で素朴な妖怪先生に、イチカは挙手きょしゅを忘れて不思議そうに質問する。


「金剛先生の代わりって……。本来だったら、水虎先生の担当じゃなかったんですか? むしろ私には、打って付けって気がするんですけど」


 水虎先生は民間伝承の姿とは少し違って、寸胴でパッチリと(つぶ)らな瞳の、(みず)()きが生えているデフォルメタッチな(なり)である。

 水虎先生は、純情()ぼくな両目をニコッとアーチ状にほほ()み曲げ、口元に手を添えて笑いを(こら)える。


「ああ! それは金剛先生が、名前の通り()()()()だからだよ。それにみんなは、忍術伝法の儀がまだだよね? だから滝業はなるべく控えて、暑さが近付く今の

時期に、早めに水中訓練をしておこうという訳なんだ」


「なるほど……。先週は人工湖『赤壁(せきへき)』の自然学習とランニングだけで、(みず)垢離(ごり)とかは一切なかったですね。ようやくその意味が理解できました」


 イチカがわざとらしく呟くと、近くで弱々しい反応があった。

 疑惑の人物は、身体をブルブルと高速で震わせ、水面を揺らしながら神経質な

口調で指摘する。


「だ、誰に向かって、先週の授業を説明してるの()()()……。藤森さん……」


「なんでもありませんよ、希更ちゃん。単なる(ひと)(ごと)です、独り言♪」


 と言い終えて、イチカが言葉づかいの微妙な差異に気付く。


「あれっ!? 語尾が弱いと思ったのに、希更ちゃんじゃなくて、委員長さん!?」


 プールの水と同色(どうしょく)の蒼白な顔で、坂本愛里がイチカの足元を指差す。


「み、水野さんは水練(すいれん)が得意だから、五分ほど前から、底の方でずっと潜水してるわ……」


『プクプク……?(希更)』


 口かられる気泡で返事をする希更からは、余裕が強く感じられる。

 こうなると心配なのは、友人よりも、さっきから挙動がおかしい愛里の方である。


「あの……。大丈夫ですか、委員長さん。さっきからずっと、あきえさんの腕を(つか)んだまま、()(さお)な顔で震えて……。もしかして、体調でも悪いんですか?」


 するとあきえが、本人に代わって呑気に答える。


「ああ、好いの好いの。気にしないで……。愛里ってば、子供の頃からまったく泳げないんだよ」


 若干、鼻であしらう軽薄な態度に、愛里がムキになって小さく暴れる。


「勝手なこと言わないでよ! 私は泳げないんじゃなくて、水に浮かないだけなんだから!」


「それってどちらにしろ、行き着く先は『土左衛(どざえ)(もん)』ですよね……」


 水死体のことを、ちょっぴり(なつ)かしい表現で指摘するイチカ。

 三人が授業から僅かに気を()らすと、水虎先生は、水掻きの生えた手を鳴らして注意を呼び戻す。


「ほらほら、其処(そこ)。私語を慎まないとダメだよ~。ちゃんと手足の動きを憶えないと、姿勢が崩れて、水の中に倒れちゃうんだからね~」


「ヒイィ! す、済みません!」


 直立不動で萎縮(いしゅく)する愛里。

 その姿勢が一層、水に対して浮力を失ってゆくのである。

 三人の私語が止むのを待って、水虎先生が説明を再開した。


「さて、今回こんかい教えるのは(しき)泳法の一つで、頭の上に武具を()せたまま、荷物を濡らさず、静かに前へと進む隠密泳法だよ。みんな、まずは僕の真似をしてみて~」


 水虎先生は両腕を水面にピタリと()わせて、水の中で静止する。

 上半身は()()()()動かないが、脚は()えず水中で旋回し、足裏で水を蹴っている。

 陸上ならばみっともない動きを、イチカは恥ずかしげもなく挑戦する。


「えっと……。包みを頭の上に()せて、がに股で水を蹴り上げ、手は水面に伸ばすべし……」


 水虎先生ほどではないが、イチカは上半身を小さく揺らして、危うげなくバランスを保つ。

 それを見ていた余裕の水虎先生は、水面の上で片手を横に振り、動きの良さをめる。


「好いね、藤森さん。なかなか(さま)になってるよ……。ひょっとして、どこかで泳ぎ方でも習ったのかい?」


 忍者ファンで動きだけは知っていたが、実践(じっせん)経験は皆無である。

 う~ん……、とイチカは短く悩んで、その理由に思い当たった。


「いいえ。なんだかこの足運びって、近代きんだい泳法の平泳ぎと、自転車を()ぐ動きに似てるんです!」


「へえぇ、近代泳法かぁ。ちょっと興味があるなぁ……。いったい、どんな泳ぎ方なんだい?」


「速さを()りにした水中移動術です。見てて下さい!」


 イチカは平泳ぎの動作(フォーム)でプールサイドに近付くと、頭の包みを床面に置いて、

バタ足クロールを披露する。

「隠密性は別にしても、航行(こうこう)速度はずっと上です! 現代教育を()めるなぁ~!!」


 女だてらに雄々しく叫び、水の壁を切り裂くイチカ。

 クロール泳法はバシャ~ン、バシャ~ンと(みず)飛沫(しぶき)が激しく、愛里の平常心も、みな()に合わせて大きく時化(しけ)る。


「ああっ、ちょっと……。そんなに波を立てないで!」


 悲鳴の最中、一度、大きく波に(さら)われ、気付けば愛用あいようの装飾品が顔から消えていた。


「ウソッ、眼鏡(メガネ)が流された!? 私のメガネぇぇぇ~!!」


「ちょっと愛里! そんなにパニくると、また溺れるよ!」


 あきえが愛里の肩を支えると、希更がナイスタイミングで、水中から『何か』を差し出した。


「委員長さん、コレ……」


 眼鏡の(つる)がハッキリ見えた!

 愛里はそれを(しゃ)()()()受け取り、礼を述べる。


「ありがとう、水野さん。これが無いと、私……」


 装着する前に気が付いた。

 ヒゲメガネである。


()るか、こんな物!(ピョイ~ン♪) なにが楽しくて、私があんなパーティーグッ……」


 言ってる(あいだ)に、水面からSOSの片手を突き出して、ガボガボと沈んで行く

愛里。

 彼女の惨状を見かねた華隠が、接近中のイチカへと手を伸ばして、水着の肩紐(かたひも)を無造作に引っぱる。


「うわあぁ!! いきなり何するんですか。離して下さい、華隠さん!」


「アレをよく見るだわさ。イチカの蛮行のせいで、今にも委員長が、名誉の戦死で二階級にかいきゅう特進する(さま)を……」


 はだけた胸元を(おお)い隠すイチカに、染み染みとした口調で言い聞かせる華隠。

 あれほど浮かないと自認していた愛里の身体は、死の恐怖で全身が()(かん)し、見事に水面へと浮上している。


「しっかりしな、愛里。傷は浅いよ!」


 あきえは必死に励ますが、心の傷はそうでもない。

 獲れたて鮮魚の(ごと)くプールサイドに水揚げされる愛里の様子を、イチカは不明瞭に(あえ)ぎ、苦笑いで見送るしかなかった……。

土属性は水を相剋するのに、愛里は泳ぎが苦手です。

人間って、難しい……。

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