試験内容
翌日、朝のホームルームを前に、希更が隣りの席から興味顔を近付ける。
「藤森さん、昨日の特訓はどうでした?」
教室内では全員が登校を済ませ、皆、思い思いに談笑を繰り返している。
この喧噪なら、声を落とす必要もない。
イチカは霊場での特訓風景を思い出して、小さく眉を寄せた。
「それが……。授業の復習はバッチリなんですけど、後半の戦闘訓練では遠慮してるのか、息が切れるギリギリの所で、必ず短い休憩を入れるんです。その時にしてみればありがたいんですけど、あとになって思い返すと、正直、アレで大丈夫なのかなぁと、ちょっと心配で……」
すると希更は、それに心当たりがあるようで、瞳が揺らぎ、真剣な表情で理由を語る。
「藤森さん。それは私達の時と同じで、藤森さんの師匠は、一ヶ月掛けてゆっくりと肉体改造を施す積もりなんだと思うわ」
「ってことは、希更ちゃん達の修業も、初めはゆったりとしてたんですか?」
安心感から聞き返すのを、いいえ……、と希更は首を横に振る。
「と言うより、まだ出来るのに、舐められてるとすら感じるくらい……。でも、それで二週目に張り切りすぎて、三週間目に必ず思い知らされるの」
「まさか、噂に聞く『新人いびり』みたいに、急にメニューを過酷にするとか……」
イチカの脳内で、お爺ちゃん先生が竹刀を片手に、サングラスを掛けて邪悪に笑う光景が流れる。
竹刀も何も、腰に真剣を提げているので、普段の方が何倍も怖いのだが、まだ素人風の抜けないイチカは、それに気が付かない。
「そうじゃなくて、問題なのは運動できる『充実期』と、疲労のサインが現れる『回復期』のリズムなの。一週目は身体に負荷を掛けて、二週目では、運動と回復の波を身体に憶えさせる。そうすると、三週間目に疲労の深い回復期が始まって、四週目には充実期が来る。疲労直前に休憩を挟むのは、このリズムを教えるための刺激だと思うわ」
希更たちの失敗の原因は、二週目に飛ばし過ぎたこと。
身体は新たなリズムを刻もうとしているのに、本人達はそれを無視した運動を繰り返したため、回復リズムに狂いが生じて疲労が蓄積したのだ。
「でも藤森さん、その疲れやすい『回復期』こそが成長の証なの。普段の訓練で
持久力が養われた分、疲労回復に時間が経かるのは当然なんだから。とにかく油断せず、三週目を見据えて訓練すれば、あとは修業効率が最も高まる『充実期』に入るわ」
意義を知らない受動感と、知った上での能動感では、訓練の質に大きな差が出る。
イチカは小さくガッツポーズを決め、清々しく顔を綻ばせた。
「ハイ! 希更ちゃんの御陰で、早くも修業の全貌が見えてきました♪」
話は一段落したのだが、綾平担任は何かに手間取ってるのか、なかなか教室に現れない。
その遅さに、クラス内では『ついに試験内容が公示されるのだ』という気運が高まってゆく。
「希更ちゃん……。なんだか皆さん、ソワソワしてますね」
三十センチほど離して小さく耳打ちするイチカへ、希更は食傷気味に同意する。
「それも仕方ないと思うわ。試験の話が出たのは、三日前の先週末のこと。昨日の時点で発表されなかったせいで、肩透かしを食らった人が多いくらいだもの」
とその時、満を持して、担任の綾平雫が教室にやってきた。
彼女は両手に抱えたプリントを教卓の上へと乱暴に積み、時間の遅れを気にしてるのか、号令を待たずに切りだす。
「皆さ~ん。職員会議が長引いちゃって、すっかり遅れちゃいました~。でもその代わり、みんなが待ちに待ってた進級試験の内容が決まりましたよ~♪」
まったく悪びれのない明朗快活な声は、生徒達のどよめきによって掻き消された。
綾平担任は、先頭の娘に一列分のプリントを配布し、生徒達の意識を釘付けにしてゆく。
自然と私語は減り、小さなザワつきに落ち着いた隙を見計らって詳細に触れた。
「今度の試験は、二人一組のツーマンセル。会場は学園の敷地全体で、他のクラスとは時間をずらしての開始となります。今からササッとペアを組んで、お昼までには、先生のところに報告に来て下さい」
イチカの席にも、ようやくプリントが回ってきた。
紙面に注意を走らせると、下部には試験会場の上空見取り図、上部には、箇条書きで注意事項が記されていた。
こうした重大事項は、職員室前の木造掲示板・高札にも掲げられているので、今すぐ頭に入れる必要はない。
イチカは配布物の上部、太字で強調された幾つかの条文を流し読みした。
・試験方法:二人一組の衝突戦
・採点基準:遂行点 生存順位に応じて個別に判定
技術点 ペアの平均値を単位数に加算
・使用武具:授業で使用する模造刀、忍具。
及び、事前に申請許可を受けた自作忍具
※尚、爆薬は人体と周囲の環境に配慮し、材質、量を安全範囲内で遵守
その際の物的損害は已むを得ぬ被害として、減点対象として計算されず
・禁則事項:威嚇効果を逸脱した致命の一撃を禁止とし、
目や顔面などの急所攻撃は寸止めに終える事
その他、期末試験の領分を超えた行為は、全て反則行為と見なす
・追記 :重傷者は強制的に退場させられ、東雲保健医の治療を受ける事
即日、単位集計と合否判定を行うため、単位認定証を持参されたし
イチカがこれらの項目を読み終えるのと同時に、綾平担任が教卓前へと位置を戻した。
「プリントは行き渡りましたね~♪ それじゃ、ちょっと駆け足ですけど、一時限目が迫ってるので、以上でホームルームはお終いで~す」
まったく緊張感のない声で、生徒達の最優先事項をつらつらと語り、綾平担任はさっさと教室を離れて行った。
その途端、誰が安全で誰が危険か、教室内で激しい睨み合いが始まる。
この際、イチカと希更は蚊帳の外だった。
一人は素人、もう一人は喘息持ちの足手まとい。
いっそ、自分達の獲物に残して置きたい意図すら、彼女達の警戒心から読み取れた。
やがて次々にペアが教室を離れ、臨組内に残ったのは、わずか7人のメンバーである。
その内の一人、くすんだ金髪を二つに結い流した焰薙華隠が、気後れもなく沈黙を破る。
「まっ、当たり前の話、この7人が順当に残っただわさなぁ」
藤森イチカ、水野希更、焰薙華隠、金岡あきえ、坂本愛里、柳沼理乃、獅堂このえ。
気付けば、イチカが初日に顔を合わせた面々である。
そんな中、教室最後部のあきえが戸惑いながら席を立ち、希更へ遠慮がちに声をかける。
「あのさ、水野っち。アタシで好かったら、その…………。一緒に組んであげよっか?」
思わぬ提案に、希更の声が裏返る。
「えっ、私と!?」
続く台詞も、希更への侮りが含まれてる事もあり、さっきと同じくおずおずとしている。
「あっ、うん……。だって今度の試験は、水野っちには多分、キツイだろうし……」
幼い頃に学園長に命を救われた、自己犠牲心の強い彼女ならではの行動と言える。
これは、まったくの予想外であった。
判断に迷う希更の目が、イチカの視線と重なる。
組んでもらいなよ……、という意志を込めてイチカが頷くが、あきえと希更、
両者の合意が果たされる前に、事務的な響きの声がそれを遮る。
あきえの机から斜め前。
右から二列、後ろから二番目の席、坂本愛里である。
「駄目よ、あきえ。あなたに、そんな余裕はない筈だもの」
「えっ、ちょっ……」
あきえは一瞬、どちらを相手にすべきか迷ったが、すぐに幼馴染みへと視線を定める。
「愛里……。なんで、アタシと水野っちが組むのを邪魔するのさ」
露骨に不満を訴えるが、親友の的確な指摘に、敢えなく反対意識を落とされる。
「貴方……。土御門先生の授業で爆睡したうえ、苦手科目の月曜と火曜で、単位が遅れてるでしょ」
「あっ、ヤバッ……」
溜め息まじりの説明に、片目を閉じて顔を顰めるあきえ。
授業態度にムラっ気のある彼女は、頭脳労働の忍具系授業で、単位数を見事に割っていた。
他にも、希更達の受けた『三週目の洗礼』以来、各教科での評価点獲得に何度も失敗している。
反対に、猫みたいに自侭な性格の理乃は、意外にも全教科、要領よくこなしている。
余裕の表れか、彼女はニシシと片手を口に当てて、容赦ない一言で場の空気を
掻き乱した。
「あきえは得意科目に全力を注いで、パワー配分しないからね~♪」
「言ったな……」
理乃は後頭部に手を当てて、ジトッ……と険の籠もったあきえの視線を背中で受け流す。
上向き加減に椅子の脚をガタガタ鳴らすと、右前方、獅堂このえの心配顔が目に留まった。
「副委員ちょはど~すんの? ここに残ってるって事は、イチカか希更んのどっちかと組んであげる積もり?」
二人への気遣いはあるものの、このえの返事は、重たく途切れ途切れであった。
「その……。確かに水野さん達が気掛かりで残りましたけど……。私はすでに、
昨日のうちに別の娘に誘われておりますの」
女帝の相貌に暗い影が差す。
ペアが決まっているとは聞こえは良いが、自分がフリーであっても、里の治安を守る『守り部』の家柄として、試験での敗退は避けたいのが本音だ。
実質、あきえとペアになる愛里も抜けて、残る望みは華隠と理乃に絞られた。
ここに来て、イチカの境遇が足を引っぱる。
戦闘狂を自認する華隠は、イチカと時村教頭の密約を噂伝いで知っているだけに、ペアを組んでやるつもりは更々ない。
椅子の上で横掛けに脚を組み、頬杖を突いて机に寄り掛かる華隠。
着物がはだけ、小麦色の脚線美が覗けるのも構わず淡泊に突き放した。
「当然あちしも理乃も、退学志望のイチカとは組む気ナシで、自動的にペアは成立。希更は悪く思わないで、学期末の中忍試験で、ついでに忍術伝法の儀を受けるのが吉だわさ」
イチカは『あっ……』と短く呟いて、するどく席から立ち上がる。
自分のやる気が回復した件はともかく、五人は、希更が父親と交わした約束までは知らないのだ。
だが希更は、事情を明かそうとするイチカを片手で制すと、落ち着いた口調で
全員に告げた。
「なんだか、私のせいで心配を掛けてしまって御免なさい。でも、大丈夫……。
今度の試験では、もともと藤森さんと組もうと思ってたから」
希更本人に助太刀無用を宣言されて、あきえも愛里も気不味そうに言葉を返す。
「ゴメンね、水野っち。今度必ず、埋め合わせするから」
「私も別に、水野さんのことが気にならない訳じゃないの。ただ私にだって、もっと力になりたい人がいるから……」
あきえと愛里の二人が教室を出ると、華隠・理乃の二人組がマイペースに言い放つ。
「まっ、必ずあちし等と当たるとは限らないし、イチカが足を引っぱらなければ、なんとか成るっしょ」
「とはいえ、当たったらコッチも負ける気はないから、悪しからず~♪」
理乃がウインクを浮かべて消え去り、最後にこのえがありきたりな助言を残す。
「今回ばかりは、私も力になれそうもありませんわ。その……、口喧しいかも知れませんけど、今からでも修業に専念して、腕を磨いては如何かしら」
後ろ髪を引かれる想いで、このえも教室から姿を消した。
そうして室内には、イチカと希更だけが取り残される。
イチカは二人きりになったのを確かめて、希更をやんわりと問いつめた。
「ねえ、希更ちゃん。なんで皆さんに、本当のことを言わなかったんですか? お父さんとの約束を話せば、あきえさんじゃなくても、他の四人が組んでくれたかも知れないんですよ?」
すると希更は、机の上で両手の指を組んで前へと伸ばし、柔軟体操でもするような姿勢で晴れやかに告げる。
「良いんです……。さっき、委員長さんがあきえさんを止めてくれて、実はホッとしてるくらいなんだから」
「でも、他の人と組んだ方が、私と組むより勝率がグッと上がるじゃないですか」
正論ではあるが、友情に悖る判断でもある。
その言葉は、今の希更には寧ろ残酷に響いた。
今度ばかりは哀しげに首を振り、自分の意志をハッキリと告げる。
「それはもう好いの。だって、私の今の目標は、藤森さんを立派なくのいちにする事だもの……。藤森さんが私のために戦ってくれるなら、代わりに私が、藤森さんのために戦いたいの」
「希更ちゃん……」
イチカは喜びに胸が詰まり、声を失って立ち尽くす。
希更は、呆けた友人を置いて戦道具を手に取り、颯爽とした動きで席を離れた。
それから、教室扉の向こう側で振り返り、理乃の真似をして片目を閉じる。
「藤森さん。私の了解もなしに、くのいちを辞めたりなんて許しませんからね♪」
馴れない仕種に照れが加わり、微笑みも何処かぎこちない。
同世代の女の子に可愛らしさを見出したのは、さよに続いてこれが二度目だ。
イチカは、小さく吹きだして頬を緩める。
こちらは本物の笑みだ。
「ハイ! 今度の試験、ぜったい一緒に合格しましょう!!」
イチカも戦道具を携えて、希更のあとを何の迷いもなく追いかけた。
・鉈厳撞雷
五忍将には珍しく、特定の部門に所属しない生粋の武人。金属性。
一点突破を得意とする、帯電能力と二振りの湾曲大刀『鉈輪画刀』の使い手。
二つの鉈輪画刀を円環状に連結し、脚を屈めて柄を握り回転、雷をまとった車輪として暴れ回り、日陽厳之進・近宮しずるの市街守備隊に壊滅的な打撃を与えた。
しかし、武器の便利さに頼るあまり、刃毀れや軸の歪みを見抜かれて、誇り共々、非戦闘員の鍛冶屋・郷河鉄槌に鉈輪画刀を砕かれて封印される。




